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迷子の迷子の 【#シロクマ文芸部 】

「消えた鍵」とは、恐らく僕のことなのでしょう。

僕のご主人様は突然、僕の前からいなくなってしまいました。
いや、ご主人様からするといなくなったのは僕の方…
なのでしょうね。
ご主人様は道端に僕を落としていってしまったのです。
すぐに大声で呼びましたが、僕の声は届きません。
追いかけようとしましたが、それも無理な話です。
僕はご主人様と離れ離れになってしまいました。

ご主人様には僕がいないとダメなんです。
すごくすごく困るんです。
だって、お家に入れませんから。
けれど僕にはどうすることもできません。
え?家の前で待ってればいい?
それはいいアイデアです。
でも実は僕、自分の家までの道がわかりません。
僕にはいつも外の景色が何一つ見えませんでしたから。
僕はすっかりご主人様に頼りきっていました。

ご主人様は今まで一度たりとも僕を忘れたことはありません。
ですから恐らく今とても動揺していることでしょう。
僕はそんなご主人様のことが何より心配です。

そうだ、交番へ行ってみましょうか。
交番なら迷子にも優しくして下さるでしょうし。
落とし物?うーん、そうですね。
本来ならそれが正しいのかもしれません。
ですがここはぜひ「迷子」でいかせてください。
僕にもプライドがありますから。

僕は交番で事情を説明しました。
すると紙に何か記入しているのが見えました。
そこには「落とし物」の文字がありました。
あぁ、そうなのですね。
結局僕は迷子ではなく「落とし物」なのですね。
いえ、いいんです。
ただちょっと悲しかっただけです。

僕はご主人様の帰りを待ちます。
今の僕にはそれくらいしかできないのですから。

落とし物は三ヶ月経っても落とし主が現れない場合
拾った人が落とし物の所有権を得ることができると聞きました。
だからもし三ヶ月経ってもご主人様が現れない場合
僕はご主人様から「独立」することになります。
僕は僕自身を拾いました。
そして自分自ら交番へ行きました。
迷子とはっきり言いましたが、落とし物扱いにされました。

ご主人様は僕を迎えに来てくれるでしょうか。
もしご主人様が現れなかった場合
僕は一人で生きていくことになります。
まさかこんな形で一人暮らし生活が始まるだなんて。
一人になるというのは、とても覚悟がいるものなのですね。

ご主人様、僕はここです。
ここにいます。

タイムリミットは今日から三ヶ月です。
その間僕はここで一人静かにご主人様を待つことにします。

皆さんはくれぐれも迷…
落とし物などなさらぬようお願い致します。

僕ら、淋しがりますゆえ。


【おしまい】

***

今週のシロクマ文芸部でした🐨


ではまた。

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