neighbor

誰もがおとなりさんをケアできる社会をつくりたい。ケアのスキルと哲学を学びあう「neig…

neighbor

誰もがおとなりさんをケアできる社会をつくりたい。ケアのスキルと哲学を学びあう「neighbor」です。 https://neighbors-neighbor.com/ 訪問看護師と介護家族が発起人。ここではオープンダイアローグ実施中。コメント、お問い合わせ歓迎です!

マガジン

  • ビジネスケアラーたちよ!資本主義の中心でケアを語ろう。

    neighbor主催の飲み会。2023年10月から月1回、神楽坂nodinoで楽しんでいます。 告知はHPで!https://neighbors-neighbor.com/

  • neighborワークショップ

    誰もがケアしケアされ得る社会をつくるために、みんなで深々わいわい勉強しています。

  • コーヒーと血圧計

    「コーヒーいかがですか?血圧測定もしています」とナゾの声がけをしながらまちの健康寿命をのばす屋台をしています。

  • 「ゆっくりつながる」連載

    neibhbor「ゆっくりつながる」連載です。ケアすることもされることも楽しみ、学びあうコミュティをちょっとずつ育てながら、その試行錯誤の軌跡をありのまま発信します。

  • 井戸端会議

    neighbors(neighbor会員)がつながりあう場のできごとです。

    • ビジネスケアラーたちよ!資本主義の中心でケアを語ろう。

    • neighborワークショップ

    • コーヒーと血圧計

    • 「ゆっくりつながる」連載

    • 井戸端会議

最近の記事

「ビジネスケアラーたちよ!資本主義の中心でケアを語ろう」3回目。

12月13日に開催した第3回目のテーマは「サービスや介護拒否とブラッディメアリー🍅」でした。 介護サービス? 大丈夫必要ない。 施設?? 行くもんか! と親に言われたらどうすりゃいいのか分からない介護世代の悩みを愚痴りながら、美味しいお酒をいただきました🥂 今回は医療関係者、介護関係者、施設関係者も参加していました。といっても専門家に教えを乞うんじゃなくて、みんながフラットに視線を合わせて喋るのが飲み会のいいところだなあと、改めて思いました。 立場立場での本音を言い

    • 「ビジネスケアラーたちよ!資本主義の中心でケアを語ろう」2回目。

      資本主義の中心でケアを語る飲み会。 2回目は「誰が親の面倒を見るんだとジントニック🌱」。楽しかった……なんだこれは。 人の数だけ悩みがありますが、解決方法も人の数だけあるんですね。 知恵の泉のような時間でした。 「誰が親の面倒をみるんだ」問題、直面するとやっかいです。相続のゴタゴタにも発展しかねない。 今回よく分かったのは、介護の協力者がいるとのいないのとでは精神的負担感が全然違う!ということでした。なんなら実働の大変さより「誰も一緒に向き合ってくれない辛さ」が上回るこ

      • 「ビジネスケアラーたちよ!資本主義の中心でケアを語ろう」1回目。

        ビジネスパーソンも仕事のことだけ考えて生きてるわけじゃない、いろいろあるんだよ、そろそろ隠すのやめてみんなで話して学ぼうよ、いうことでneighborで飲み会をすることにしました。 今回は1回目、 「親のお金の管理とモヒート」 を開催。 参加してくださったみなさま、おつかれさまでした! 不動産コンサルタントの田中歩さんが「ビジネス一筋・順風満帆・無問題」風の殻をぶち破って語り出してくれたことで、全員ぶち破ってあっという間の3時間でした。 今回は「親のお金の管理」とい

        • コーヒーと血圧計と、落花生と、こどもたち

          中秋の名月の前の日。 7回目の「コーヒーと血圧計」でした。 ちょっとずつ尾山台のまちのひとに覚えてもらってきています。 毎月1回、夕方2時間だけあらわれるヘンな屋台。 まちのみなさん、受け入れてくれてありがとうという気持ちです。 今回は、ナマ落花生「おおまさり」の量り売りコーナーもありました。塩ゆでしたナマ落花生はビールに合うんですよね!落花生は血圧と血糖値を下げるとのことですが、ビール飲んでたらむしろ血圧上がるよねという声がありました。 ちなみにこれ、たまたま前々日に

        「ビジネスケアラーたちよ!資本主義の中心でケアを語ろう」3回目。

        • 「ビジネスケアラーたちよ!資本主義の中心でケアを語ろう」2回目。

        • 「ビジネスケアラーたちよ!資本主義の中心でケアを語ろう」1回目。

        • コーヒーと血圧計と、落花生と、こどもたち

        マガジン

        マガジンをすべて見る すべて見る
        • ビジネスケアラーたちよ!資本主義の中心でケアを語ろう。
          neighbor
        • neighborワークショップ
          neighbor
        • コーヒーと血圧計
          neighbor
        • 「ゆっくりつながる」連載
          neighbor
        • 井戸端会議
          neighbor

        記事

        記事をすべて見る すべて見る

          なぜ「コーヒーと血圧計」なのか。

          残暑にしては厳しすぎる暑さですね。お元気ですか? この夏最後の日は、尾山台タタタハウスでの「コーヒーと血圧計」でした。 「無料のコーヒーをお配りしています」「イチジクジュースもあります!」「血圧測定もしています!」「冷たいもの、ひとくちいかがですか?」という自分たちでもちょっと笑っちゃうような呼びかけをしながらまちに繰り出すこと、今回で6回目です。 怪しすぎて絶対誰も寄らなさそうですが、思ったよりも「コーヒーもらおうかな」「血圧測ってみようかな」と立ち寄ってくださる方が

          なぜ「コーヒーと血圧計」なのか。

          コーヒーと血圧計と、犬。

          暑い!暑い暑い!言っても仕方ないけど言いたくもなる季節ですね。いかがお過ごしですか? 8月3日、無料コーヒーと血圧測定をまちでふるまう「コーヒーと血圧計」を尾山台にて出店しました。ほぼ月1開催、今回で5回目です。 開催時間は尾山台のホコ天時間になっている16時-18時。おじいちゃんおばあちゃんの姿は少なく、かわりに今回は親子連れがたくさん。のどの乾いた小学生も寄ってってくれました。 乳児健診についての質問をしている方も。今回は子育て中の看護師スタッフが多くて、医療的な話

          コーヒーと血圧計と、犬。

          neighborディベートで考える、おばあちゃんの骨折。

          neighborワークショップ。誰もがケアしケアされ得る社会をつくるための学びの場として連続開催し、先月3回目が行われました。 場所はいつもの尾山台タタタハウスです。 前回同様ディベートをしたのですが、今回のお題は、 『認知症の超高齢の同居家族が転倒、足を骨折。手術すべきである』 テーマを発表後に配られたトランプで偶数:肯定派と奇数:否定派に分かれました。 肯定派になったひとりが「ちょっとー、、わたしカンペキ否定派なのになんでこっちなの、、、」とぼやいていましたがディベ

          neighborディベートで考える、おばあちゃんの骨折。

          コーヒーと血圧計、4回目、雨でしたけど

          今年は梅雨にしてはそんなに雨降らないですね。 でも当日は雨😀 誰も来なかったらコーヒー飲みながらチルしてようと思ってましたが、結果的にたくさんの方々が足を止めてくださって「天候はあんまり関係ないね」となりました。 だんだん認知されてきたみたい。初めての方も「前もやってましたよね」と。 血圧測定しながら話すのは健康のこととも限らず。よく分からないけど互いにおしゃべりが弾み、親しくなっていく時間です。 血圧測定は健康を気遣うきっかけであり、話の(良質な)肴であるように感じてい

          コーヒーと血圧計、4回目、雨でしたけど

          リアル井戸端会議

          neighborの「リアル井戸端会議」。 高齢の親のこと、自分の将来のこと、こどもの大変なことなど「誰に相談すればいいのやら」という話題をお互い口に出せる場がneighbors(会員)の井戸端会議。話すってすごく大事、聞くのもとっても大事だと、昨日はみんなが口々に伝えてくれました。 エラい誰かの話じゃなくても、おとなりにいる人の人生から学び合えることがたくさんあります。しかもいろいろ話しているうちに「誰かの役に立てたら」という思考になっていくのが不思議で、何とも嬉しかった

          リアル井戸端会議

          ディベートで、深くつながる。

          neighborワークショップ。誰もがケアしケアされ得る社会をつくるための学びの場として連続開催中です。 第2回目の昨日は、尾山台タタタハウスにて「ディベート」をおこないました。ディベートとは、自分の意見とは関係なく1つのテーマについて肯定派と否定派に分かれて討論するゲームです。 介護やケアについて考える時はとくに「わたしはこうやってきた」「うちの場合はこうだった」と個人的な経験の範囲から出られないことが多いものです。そこをあえて脱して、物事を俯瞰して考えられるようになる

          ディベートで、深くつながる。

          尾山台と、ゆっくりつながる「認知症に歩み寄ろう」ワークショップ

          先日、neighbor初のワークショップを尾山台タタタハウスにて開催しました。参加者は医療、介護、素人まぜこぜ。アルツハイマーになった福島のおばあちゃんを引き取って介護する孫・中野結衣さんの話を伺い、全員でディスカッションを重ねました。 介護のハウツーではなく、わたしたち(親だけでなく、自分や、まちの高齢者みんな)の辿る道のりを俯瞰し、どんなことが起こり得るのか把握し、選択肢を柔軟に増やしていく学びがあったと思います。 こんなに人間が生きて死んでを繰り返しているのだから、

          尾山台と、ゆっくりつながる「認知症に歩み寄ろう」ワークショップ

          尾山台のまちと、ゆっくりつながる「コーヒーと血圧計」。

          東急東横線尾山台駅からのびる尾山台商店街は、毎日夕方ホコ天になります。お買い物、お散歩、会社帰りの人達が行き交うこの時間、neighborで「コーヒーと血圧計」という屋台を出しました。 道ばたでフリーコーヒーと血圧測定を提供するというもの。 尾山台のまちづくりをしている「おやまちプロジェクト」の拠点となっているタタタハウスの店先での出店です。 neighborは「みんながカジュアルにケアしあえる社会」と「ケアについて学び合うつながり」をつくりたいと始めた、ケアのプラットフ

          尾山台のまちと、ゆっくりつながる「コーヒーと血圧計」。

          「宮城准さんと、ゆっくりつながる。」のご感想やご本人へのメッセージをお寄せください。

          宮城さんの連載をお読みいただき、ありがとうございました! 第1話でお伝えしたとおり、この連載は編集は最小限、ほどんどそのまま彼の言葉です。深く思考してきた長い道のりが見えるようでした。 宮城さんに感謝の気持ちを込めて、読者のみなさまの感想をお届けしたいと思っています。よろしければぜひ以下のフォームにてメッセージをお寄せください。 第1話を読む 第2話を読む 第3話を読む 第4話を読む

          「宮城准さんと、ゆっくりつながる。」のご感想やご本人へのメッセージをお寄せください。

          宮城准さんと、ゆっくりつながる。#04「違う形でまた僕の母親になった」

          (前回記事の記事はこちら↓) 母が他人に被害を与えかねない未来 ――(𠮷)その当時は、5か月がんばったら解放されると分かっているわけじゃなかったでしょ。世の中には何年もそんな暮らしを続けている人もいるわけで。出口を想像できないでひたすら頑張っている時って、どんな精神状態にある? その時は、焦りでしたね。これ以上放置したら、他人に被害が出る。犬が放し飼いになったり、徘徊して家に帰ってこられなくなりました、となる可能性だってある。それで家族がショックで何もできなくなるんじゃ

          宮城准さんと、ゆっくりつながる。#04「違う形でまた僕の母親になった」

          宮城准さんと、ゆっくりつながる。#03「プツン、となにかが切れた日」

          (前回はこちら) 犬を抱いて「犬の散歩」をする母 そこからですかね。 母のごはんをつくりに、1日3回実家に通うようになりました。1人暮らしの自宅から実家まで、車で20分くらいなんです。 朝7時に朝ごはんをつくってあげて。 仕事に行って、昼も帰って昼ご飯をつくって。 また仕事に行き、夜も自宅に戻る前に実家に寄り、ご飯をつくる。 ――(馬)そんな過酷な…1人暮らしながら1日3回も実家に戻る生活って。26歳という時期に、他に何もできないということですよね? そうですね。そ

          宮城准さんと、ゆっくりつながる。#03「プツン、となにかが切れた日」

          宮城准さんと、ゆっくりつながる。#02「母が母じゃなくなっていく」

          (前回はこちら) 思春期は、母親との空白の時間 ――(𠮷)何派と何派? 僕は自分の家にひきとる派です。 親父としては、預けた方がいいかな、という派。お前の人生もあるし、お前はまだそんなに人を見る余裕はないだろ、と言っていました。 ――(𠮷)どっちも正論じゃん。宮城君もそういうケースをいっぱい見て、施設入っても幸せだなという部分も知ってるだろうから、アンビバレントな感情があるんだろうけど。親父の言うことも一理あるな、みたいにも思わない? 何となく分かっているんですが。

          宮城准さんと、ゆっくりつながる。#02「母が母じゃなくなっていく」