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右肩上がりじゃなくたって

うちに来て二年目のエバーフレッシュがちいさな新芽を出した。腐った胡麻のような大きさと色のそれが新芽だと気づけたのは、くちゃくちゃっと集まった葉一枚一枚がすでにきちんとエバーフレッシュ特有の形をしていたからだ。

「あ、大きくなり始めた」と思ってからはあっという間だった。くちゃくちゃの新芽は両手を広げて大きくなり、葉は誰かがアイロンをかけたのかと思うほどまっすぐに並ぶ。そうして新芽が一本の枝に変わる頃には、新しい新芽が見えていた。

この調子なら、半年で枝があと3本は増えるんじゃなかろうか。高さも膝まで届くかもしれない。そしたらソファの横へ移動させよう、植木鉢を買い足そう。
そんな期待を膨らませたのに。二つ目の新芽は顔を出したところで成長を止めてしまった。もう半年も動きがない。


新芽が眠っている間に、わたしは半年に一回の査定を二回受けた。査定は会社員にとっての通知表であり、次の半年に向けた決意表明でもある。

「この半年間の目標に対するあなたの行動と成果について書いてください」
「次の半年で身につけたいスキルや挑戦したいことはありますか?」

文字を眺めている間にスクリーンセーバーが起動してしまった。数年前には尻尾を振って飛びついていた「スキル」「挑戦」の文字に、今は大してそそられない。おやおや、たった半年でスキルだの成果だの。大げさな。

そう達観したフリをしているが、勝手にペースダウンして仕事への態度を変えたのは自分だ。それくらいは分かっていて、分かっているから「おやおや」くらいしか言えない。

本音を言えば、次の半年間はもう何もしたくないのだ。
昨年の後半は、仕事・家事・睡眠を無心で繰り返しながら土日を待ちわびる日々だった。22時には布団に入り、9時過ぎに這い上がるように起きる(遅刻ではない)。それでなんとか仕事へ行けた。

寝ている方が楽だった。仕事のことを考えずに済むし、起きていると「明日のために、今は寝る前の時間を楽しまなければ」という自分へのプレッシャーで一秒一秒がつらい。睡眠時間が激増したのは、起きている限り何らかの形で仕事がまとわり続けたからだ。


次の半年は仕事以外にもっと時間と心を注ぎたい。
そう思っているのに。これができたら次はあっち。半年で達成したなら次は三ヶ月で。そうやって、成長!挑戦!成長!挑戦!とせき立てる。会社の言う通りにしていると、八時間で知力と体力と精神力を限界まで使い倒されてしまいそうだ。

その点エバーフレッシュはえらい。生きてるのか枯れているのか。育つ気があるのかないのか。分からないまま新芽をぶら下げて、日当たりが抜群の階段で毎日ぬくぬくと太陽を浴びている。枝が伸びなくとも「ま、今の葉っぱの維持もありますんでね」という顔でいつの間にか土をカラカラにして、水やりを待っている。

「次はいつ枝を増やすんですか」
「一年後にはどれくらい伸びている予定なんですか」

そんなことを植物に聞く人はいない。聞いたところで答えなんて返ってこないが、何より「まあ、自然のものだからね」とすんなり受け入れているのが実情じゃないだろうか。

人間だってそれくらいドーンと構えていいはずなのだ。
「あ〜。いま、そういう時期じゃないんですよ」
「ここだ!ってタイミングが来たら伸びますよ。きっとね」
そうして堂々と成長を止めて、現状維持でいっぱいいっぱいな期間があったっていい。なんならそこで止まってしまったって別にいいのかもしれない。

来期の目標は、素直に今期の査定をベースに書くことにした。とはいえ全力では応えない。「そう言ってくれるなら、まぁこれくらいはやろうかと……」と出力60%で書いてみる。

面談日。上司はわたしの書いた目標をサッと眺めて「xxと〇〇の観点でも、なんかやれないかな」と欲張りなことを言いだした。げっ。目標の数を増やしたくなくて、あえて拾わなかった点だ。

「うーん。じゃあ、△△とかどうでしょう!」
数が増えるなら、一つあたりに割く労力はますます下げたい。弱気な感じは出さず、これまた出力60%くらいの目標を堂々と提案する。
「まぁ、半年間ならそんなもんですかね。いいんじゃないですか」

ふー、やれやれ。

あなたならできる。きっと成長できる。そう期待してもらえるのは嬉しいが、いつだって右肩上がりで進みたいわけじゃない。グングンと伸び続けられなくたっていい、まずは枯れずにいたいのだ。


そういえば、観葉植物には明確に「伸びる時期」と「伸びない時期」が決まっている。伸びない時期に人間ができることはほとんどなく、ただ次の時期を待つだけだ。無理に「伸びろ、伸びろ」と水や肥料を注ぎ込むとどうなるかご存知だろうか。
植物が受け止めきれずに枯れるのだ。

本当に植物は生き物として正しくできている。


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