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「あなたはどんな仕事をした人だと思われたいですか?」

ときどき「面接官」の仕事がある。

わたしの働く会社では、中途採用者を同じ職種の社員が面接するのだ。

ペアで面接官を担当するのはいつも同じ人だ。

アメリカのバスケ小僧が来ていそうなズルズルの古着を着て、飄々と仕事をする男性である。


「あー。ちょっと変な質問なんですけどぉ、林さんが定年を迎えるとき、どんな仕事をした人だと周囲に思われたいですか?」

「思われたいですかぁ?」に関西の響きを残しながら、いたずらっぽく微笑む。
鼻の下のヒゲが、一緒にくいっと上がった。

うーわ。
彼はこうやって、いつも一つはイジワルな質問を入れる。

候補者は「えっ……、そうですねぇ」と数秒黙った後に、美しい回答を始めた。

社会的に意義があり、多くの人を幸せにして……

わたしは黙々とその回答を議事録に打ち込んだ。



どんな仕事をしたいか、ではない。
どんな仕事をした人だと思われたいか、ってところが難しい。

格好いいことはいくらでも言えてしまう。

誰でも使う商品の立ち上げに関わった人。
光の当たらなかった商品を復活させた人。
ヒットを連発させる人。

スポットライトの当たる壇上で、「◯◯した人」のタスキを掛けては脱ぎ捨てる自分を想像する。

どれも居心地が悪い。
「いいです、いいです、そういうのは……」と言いながら、壇上から転がり落ちるように逃げていく自分が見えた。

そもそも、自分がどうなりたいなんて考える余裕も無かった。ここ数年は目の前の仕事で、心も時間もいっぱいいっぱいだったのだ。

「だから思ったんですよ。自分がどうとかじゃなくて、色んな人の『あ〜、あの仕事楽しかったわ〜』『良い転機になったなぁ』って場面にわたしが居るんです。で、『あそこに鮎川がいて良かった!』って思ってもらうんです。どうですかね? そういうの」

質問に対する答えになっとらんやないか! と言われるかと思ったら、彼はガハハと笑った。

「ええなぁ。それ言っとったら、あの人も受かったかもなぁ」



わたしは月に一度あるかないかの、彼との仕事が好きである。

「こういうキャリアもいいかもしれない」とヒントを得た日、そこには色褪せた赤いトレーナーを着た彼がいた。

彼みたいになるのは、悪くないかもしれない。

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