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日記:4月の「小さな恋のうた」(2024/04/12(金))

昼休みは、朝でも夜でもない特別な時間が流れている。

太陽であたためられた空気が、ポンと置かれたようにただそこにある。
人や車の動きでむやみにかき乱されることもなく、風が吹いたら流れ、吹かなければそこに留まる。もったりとした、形をかろうじて保った生クリームのような空気。
その中を自転車でゆっくり進むのが好きだ。

昼休みに仕事場へ向かって自転車を漕いでいると、聞き慣れない低音が耳に飛び込んできた。
(あれ、車?)と意識を集中させた瞬間に、それが車でないことに気づく。

楽器だ。
トロンボーン。チューバ。サックスも。

懐かしい音を一つ一つ分解し、確かめるように名前を当てはめる。我が家から仕事場への道には学校がある。きっと吹奏楽部が練習をしているのだ。

学校へ近づくにつれて、耳に飛び込む音が増えていく。

トランペット、フルート、クラリネット……。あっ。

ある瞬間から、たくさんの楽器の音は「曲」という大きな一つの流れになった。
一枚の布を織る糸一本いっぽんを見るのが難しいように、曲として聴き始めると特定の楽器の音を聴くのは難しくなる。

なんだっけ、この曲。

ふふふふふふふん、ふふふふふふふん、ふふふんふふふん……

メロディーは知っているが、歌詞が出て来ない。
自転車のスピードを落とし「ふふふん」でメロディーを追いかける。サビよ来い、来い。

ふふふん…
ほーら、あなたにとって……
ふふふんふふん、
そばにいるの……
ほーら、ふふふんふふん…こーいのうーた……

そうだ!「小さな恋のうた」だ。

メロディーに呼ばれたようにタイトルが出た。
そうか、恋のうたかぁ。

春で、
太陽がポカポカで、
学生が吹く「小さな恋のうた」。

ただの通勤に、こんなに幸せな景色があっていいんだろうか。
ゆっくりと、空気を切り分けながら進む。

ペダルを漕ぐたびに曲は再びたくさんの音となり、響きが少しずつ遠くなった。

午後からまたもう一歩、暖かくなりそうな気配だった。


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