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土地に立って、耳をすませば(東京⇄岐阜の遠距離婚夫婦、家を買う#8)

話は#7から少しさかのぼる。
まだハウスメーカー(以下HM)との打ち合わせも始まっていない頃、わたしはある大切な用事のために東京から岐阜に来ていた。

土地の下見だ。

HMと土地。この二つをほぼ同時に決めなければいけないのは、注文住宅の地味〜に辛いところだ。

マイホームを考えるまで知らなかったのだけれど、なんと土地を購入したら◯ヶ月以内に家を建て始めなければいけない、というお約束があるらしい。土地だけ抑えてHMはゆっくり悩めばいいんじゃない?という素人の企みは、口に出す間もなく消えていた。

そんなわけで土地探しはHM検討と同時にスタートしたけれど、一ヶ月も経たないうちにほぼ理想の土地が見つかり、かえって困ってしまったのは前に書いたとおり。

売れてしまったらどうしよう。毎日のように土地情報サイトをチェックし「販売中」の文字を確認する日々は一ヶ月続いていた。

何かしていないと気が休まらない。この下見は、HMが決まったら即座に申し込めるよう「本当にこの土地を買ってもいいよね?」という最終確認だった。


ネット上では100点に見えても、足を運ばないと分からないことはある。
新婚時代に4年間住んだ町なので、交通の便や生活のしやすさに不安はない。気になるのは、もっと土地に密着した情報。つまり周囲の家の雰囲気や騒音だった。

土地の周りを10分ほどかけてぶらぶらと歩く。向こう三軒両隣は、まだ新しい家と更地だ。

お向いの玄関先には、子ども用の座席がついた自転車が置いてある。ということは小さい子どもがいる夫婦だろうか。駐車場の一番車が停めやすいスペースが空いており、奥にもう一台停まっているので、おそらく一人は出勤して一人は家に居るのだろう。

ふむふむ。玄関や庭を見るだけで分かってしまうものだなぁ。

わたしの実家の分譲マンションは、ベランダを謎の草で埋めつくして巨大ゴキ◯リを発生させるおじさんに悩まされていた(我が家では大麻を栽培してるんじゃないかと噂だった)。
そんなこともあり、ご近所さんはほどほどに仕事で忙しく、過度なガーデニングやBBQの趣味もなく、ご近所付き合いには興味が薄そうな同年代だといいな〜と思っていたわたし。ホッとする。



でも、まだだ。
一番大切で、場合によっては一発アウトなチェック事項がまだ残っていた。
土地の前にたたずみ、北風に吹かれて待つこと数分で「それ」はやってきた。

ウウウ…シュウウウウウウウウンンン…

数十メートルしか離れていない線路を、電車が走り抜けていく。

「どう?」

旦那にそう問いかけられて、わたしはうーーん、と首を傾げる。心配していたのは、電車の音だった。

時刻表によると数種類の電車が10分に一回間隔で走るらしい。しかし、それがどれくらい辛いのかが分からない私たちは、現地に突っ立ってしばらく電車の音をただ聞くことにした。

最寄り駅に止まらない電車が走り抜けるときは、まぁうるさい。
おままごとのように「そこらへんにテレビ、こっちにキッチン」とイメージして(土地には入ってないですよ)家の中で過ごすときの距離感で会話してみる。やっぱり聞こえづらい。
屋根や壁がついたらマシになるものだろうか。

ハウスメーカーに続き、どうやら騒音もこだわっているのはわたしだけのようだ。
そうだ。旦那は交差点沿いのアパートに住み、夜は信号機で室内が赤や緑に照らされる部屋でも平気な人だった。

ダン、ダダン、ダダン、ダン、ガシャン(キ、イイイーー) 

先ほどとは違う列車が走り抜ける。
貨物列車は、線路と電車がぶつかる音だけでなく、謎のキィーという高音がしんどい。

この音はどっから来るんだ、と錆色の貨物列車をにらむように眺めると、そこに書いてあるのは地元の運送会社の名前だった。
そうか。わたしがポチポチAmazonで頼んだ荷物も、こうやって周りの人に受け入れられながら運ばれてくるのか。
そう思うと憎むに憎めない貨物列車である。

普通の列車と、特急は受け入れられそうなんだけど。貨物列車がやっぱり悩ましい。何が悲しいって、更地に突っ立って悩んでも、家を建てたときにどれだけ騒音がするかなんて誰も分からないのだ。

花粉症のわたしが窓を開けられるのは、長くても1年のうち4ヶ月くらいだろうか?
電車の音に悩まされる(かもしれない)生活と、それ以外ではほぼ100点の立地で、心がゆらゆらと揺れる。
揺れるのは当然だ。こんなの賭けなんだから!

もはやひとりでは判断できない。
保険をかけるように旦那に聞いてみる。

「どうしても辛かったらさ、二重窓をつけてもいい?」
「いいよいいよ」
「ノイズキャンセリングのイヤホンを買っちゃおうかな〜」
「いいんじゃない?」

よーし、それなら。
「この場所を第1候補にしようか」
そう言って、無事東京への帰路に着いたのだった。

運転が苦手すぎて「どうして食品を買うためだけに、人を殺すリスクを背負わないといけないんだ」と悪態をつくわたし。やっぱり駅徒歩10分以内の立地は外せなかった。

もちろん新幹線の中では「二重窓 電車 騒音」で検索し始めていたのだけれど……。


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