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夏に狂気のスパイスを

私は夏が嫌いです。
昔から暑いのが苦手ですぐにへばってしまうし、日差しは強くて日焼けするし虫は多いし、好きなところが全然見当たらないくらい夏が嫌いです。
でも、毎年夏になると毎年思い出す、ある曲があります。

谷川俊太郎作詞、鈴木輝昭作曲の「あなた」
という曲。

合唱曲です。
YouTubeの演奏音源のリンクを貼っておくので、よろしければ一度聞いてみてください。

私は以前、この曲を演奏したことがあります。
練習していた当時から大好きで、毎年夏か始まると必ず思い出す曲になりました。
ああ、「あなた」の季節が来たな、と。

夏の曲なんて世の中にありふれていて、同じ合唱曲という括りでも沢山の曲があります。
その中でなぜこの曲が好きなのか、もちろん当時練習にかけていた思いや時間の蓄積もあると思うけれど、この曲に潜む狂気が私は大好きなんだと思っています。


この曲は「私」が好きな「あなた」と過ごした、ある夏の日を描いたものです。
季節が春から夏になり、「私」は「あなた」と美術館に行く約束をします。
当日、「私」は「あなた」の着る服が変わって夏が来ていることに気が付く。うだるような暑さでも、照りつく日差しでもなく、「あなた」の服装を見て、それでようやく夏に気が付く。
それほど、「私」が見ている世界は「私」と「あなた」の2人だけで構成されている。
この時点で、若干の狂気を感じます。

ボカリゼも、基本的には穏やかな和音で進むのですが、ところどころにある不穏な和音が、行き過ぎた「あなた」への思いを表現している気がします。
また、この序盤の曲のテンポや和音の進行は、頭がぼんやりして視界がかすむような夏の暑さを感じます。思考が曖昧になるような、じめじめした日本の夏がずしりと重くのしかかってくるイメージ。

ボカリゼが明けると、テンポが上がって「私」と「あなた」が美術館を訪れる場面になります。
頭の中には、カンカン照りで白飛びしたうだるような暑さの外の世界(白)と、薄暗く静かでひんやりとした美術館(黒)のコントラストがくっきりと浮かび上がります。
古いインドの細密画を見に行こうと、はやる気持ちを抑え、美術館の中を進みます。
そして美術館の奥へ進むと、白と黒の世界から一気に鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。
インドの細密画が現れます。
この絵を見て「私」はこう思うのです。

菩提樹の下で抱き合う恋人たちはきっと
私たちと同じくらい幸福で不幸だ

この「不幸」という詩。曲が明るく楽しく盛り上がりを見せる中で、突き刺さる不穏な単語。
ただの「あなた」との楽しいお出かけではない。私たちは「幸福」で「不幸」なのだと、「私」は悟ります。
私自身、この部分に明確な解釈があるわけでは無いのですが、「私」は細密画を見て何かを悟り、「あなた」と一緒にいられるこの時間に幸せを感じつつ同時に絶望しているのだと思います。
なにか終わりを迎えるのだという予感かもしれません。

その後、再度冒頭のメロディが繰り返されますが、冒頭のような穏やかさは無く、どこか暗く憂いの響きがあります。そしてこう続くのです。

あなたは私の好きなひと
死ぬまで私はあなたが好きだろう

ここでもまた「死ぬ」という不穏な単語が入ってきます。
「死ぬまであなたが好き」という、もはや呪いのような詩。
「私」は「あなた」のことが死ぬまで好きだと、そんなにも「あなた」を思っているけれど、でも「あなた」は「私」を好きなんだろうか。
そして、こう続きます。

愛とちがって好きということには
どんな誓いの言葉も要らないから

一生を誓う「愛」と違って、「好き」は何の制約も無く誰にもとがめられることは無い。

この曲の文脈からは逸れる気がしますが、ここには一抹の救いがあるように感じます。
個人的な話になってしまいますが、私は自分が一生結婚できないと思っていて、それはこの曲を歌っていた当時から頭の片隅にありました。
私は誰かと愛を誓うことは一生無いのだろうなと思いつつ、でも人を好きになることは許されるのだと、この詩を読んでそう感じた記憶があります。

「私」も同様で、この恋が叶おうとも叶わなくとも、「私」は「あなた」を好きでいることは自由であると、そんな許しがある気がするのです。それこそ「死ぬまで」好きでいようとも、それは構わないわけです。

そして曲はクライマックスへ向かいます。

美術館を出て冷たい紅茶で渇きをいやそう

これはこの曲の解釈を話し合っていたときに人から聞いた意見ですが、ここで二人は別れることになる。「私」の恋は叶わなかったと。
その渇きを癒やすため、喫茶店で頼んだ紅茶を流し入れる。

この部分の、クライマックスまで上り詰めて叩き落されるような不穏さがまたたまらないのです。
高揚感が最高潮の中、頭を後ろから鈍器で殴られたような、そんな衝撃。
そして「渇きをいやそう」の部分、和音進行がとんでもないことになっています。まるでめちゃくちゃな情緒を表現しているかのような。

そして最後はぼボカリゼに戻り、静かに終わっていきます。


この曲は「狂愛」を歌ったのもだと私は思っています。
「あなた」への異常な愛。「あなた」以外が見えなくて、「あなた」以外の全てがどうでもいいような、そんな思い。
ぐったりとした夏の空気に、狂気というスパイスが加えられて、なんとも不穏な、それでいて美しい曲に仕上げられています。

夏の暑さ、ひんやりとした美術館、白と黒のコントラストに鮮やかな細密画、強い日差しと冷たい紅茶。「私」の思いと「あなた」の思い。
様々な場景が鮮明に描き出される中で、「私」と「あなた」の思いの違いさえも浮き彫りになっているような、そんな残酷な夏の日の曲なのです。


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