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まずは社内で宇宙を使い倒す。三井物産流・新産業の創出法とは〜宇宙は社会課題を解決するのか#2〜

気候変動や自然災害、少子高齢化……。
私たちが直面している社会課題の解決策のひとつとして「宇宙空間」の活用が注目されています。

このシリーズでは、グローバルに活躍する様々な業界・業種の皆さんとNECの独立シンクタンク・国際社会経済研究所(IISE)の理事を務める野口聡一さん、NECフェローの三好弘晃さんとの対談を通じて、宇宙利用の可能性を探っていきます。

第2弾となる今回は、三井物産 モビリティ第二本部 航空宇宙部 宇宙事業開発室 室長の重枝和冨さんをお迎えして、宇宙事業に取り組むべき理由や宇宙利用の現在地をうかがいます。

三好 弘晃(みよし ひろあき)
NECフェロー、航空宇宙領域
1991年東京大学大学院工学系研究科航空学専攻卒業、同年NEC宇宙開発事業部入社。地球観測衛星「みどり」「だいち」に搭載された運用管制コンピュータやそのソフトウェアの開発、宇宙ステーションと地上を結ぶ衛星間通信システムの開発に従事。その後、人工衛星を利用して新たな社会価値を生み出す大規模ICTシステムのリードエンジニアとしてその社会実装において活躍した。現在は新たな民間宇宙利用をプロモートすべく、宇宙×ICTエバンジェリストとして活動中。三好が衛星間光通信のポテンシャルを語ったインタビュー記事はこちら

140兆円の市場が見えているなら、やらない理由はない


——宇宙ベンチャーへの出資や国際宇宙ステーション(ISS)の後継機の検討など、三井物産の宇宙の取り組みをニュース等で拝見することが増えたように感じています。宇宙事業開発室ではどのような活動をされているのでしょうか。改めて聞かせてください。

三井物産 重枝和冨さん

重枝:三井物産は1990年代にはすでに宇宙事業をやっていたのですが、一度下火になりました。その後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)がいくつかの事業を民営化し始めました。三井物産はJAXAから2018年にISSから超小型衛星を放出する事業の事業者として選定されたことを受けて、宇宙事業に再参入しました。

現在、三井物産の宇宙事業開発室では、宇宙を利用するためのインフラを整備する「ロジスティクス」、ISSの「きぼう」日本実験棟の後継機を開発する「ステーション」、人工衛星のデータで社会問題を解決する「ソリューション」の3本柱で挑戦しています。

三井物産 資料より

民間による宇宙開発はやはり米国が進んでいます。三井物産が日本の先駆者として米国の宇宙企業に投資して経験や知見を積み、日本に還元していくような取り組みをしていきたいと考え、泣いたり笑ったりしながら様々な事業に携わっています。

——やはり総合商社であることは強みになりますか。

重枝:おっしゃる通り総合商社ということで、三井物産は様々な産業に根差して事業を展開しています。ですので、例えば金属資源本部や森林事業などを行うパフォーマンスマテリアルズ本部など、社内に衛星データの潜在的なユーザーがいます。我々としては、まずは社内で宇宙をしっかり使ってもらい、そこで学んだ宇宙の使い方を今度は社外にどんどん広げていき、社会に浸透させていきたいと思っています。

三井物産 資料より

野口:IISEでは外部の方々を交えた勉強会や座談会を開き、宇宙の新しい価値をいかに共創していけるかを探りながら、その様子を発信しています。

NECとIISEは「宇宙村」とも呼ばれる非常に狭い宇宙業界にいるので、この座談会は広い見識をお持ちの外部の方をお招きしてご指導いただくという立て付けなのですが、今回はある意味では宇宙村に向けて事業を展開されている三井物産さんからお話を伺えるとのことで、普段とは違った視点になります。世界を相手にする総合商社の三井物産さんが、なぜ宇宙に注目しているのかを伺いたく、この会を大変楽しみにしておりました。

重枝:社内では「宇宙事業はすぐに儲かる産業ではないが、潜在性がある。将来が期待できる。」と言われています。三井物産は、複数産業での事業ポートフォリオをもっているので、成熟フェーズの異なる事業をバランスよく持つことができます。

「宇宙のための宇宙」ではなく、より身近な裾野が広がっていくことで、宇宙産業の市場規模が指数関数的に伸びていくと思います。コンサルティング会社が宇宙産業の市場規模は2040年に140兆円に成長すると予測していますが、この数字の多くを占めるのはロケットではなく、実は衛星データ利活用なんです。やはり利用が広がると大きなビジネスが作れるでしょう。140兆円の市場が見えているのであれば、やらない理由はありませんよね。

総合商社ならではの「お試し宇宙利用」


——社内で実際に宇宙を使ってみた事例を教えてください。

重枝:今までは宇宙はコストが非常に高いうえに、衛星の能力—つまり画像の解像度や撮影の頻度が十分ではなかったことが問題となっていました。3年前に社内で、衛星データを使って金属の採掘場や港をモニタリングしようとしたのですが、「使い物にならない」と言われたんですよ。ところが今は、衛星データを採用してくれる部署がいくつか出てきました。

左からNEC 三好弘晃さん、三井物産 重枝和富さん、IISE 野口聡一さん

——衛星データの利活用が進んだ要因は何だと考えますか。

重枝:解像度が上がったことと衛星コンステレーションの整備が進んだことが挙げられます。これまでは4機体制だったのが、16機、32機と増えていき、特定の場所を撮影できる頻度が増えました。コンステレーションは、宇宙の基礎インフラです。地上で道路や鉄道を整備するのと一緒で、衛星コンステレーションを整備するとその先が見えて来るんですよ。コンステレーションが整備されて初めてみんなが「どういうことをするのか」と考え始めます。

それから、衛星データの多様化が進んだことも一つの要因だと言えるでしょう。例えば、石炭は真っ黒ですよね。真っ黒なものをどうやってみようかと考えたときに、あくまで一例ですが、合成開口レーダー(SAR)やハイパースペクトルセンサなど、ほかの種類の衛星データは使えないかと検討候補に入れられるようになりました。解像度・撮影頻度・データの多様化がさらに進むと、衛星データはより身近になるのではないかと思います。社内のほかの部署の担当者と話していると「衛星データで行きたいお店の行列の長さを携帯でチェックできるとありがたい」なんていうアイデアも出てきました。

野口:3年前はダメだと言われたのに今は使ってもらえているという話は、技術者として盲点を突かれました。技術の進歩はインクリメンタル(徐々)に進んでいるので、開発側は「3年じゃ大して変わりませんよ」と思っていても、ユーザー側からしてみると精度が急激に伸びたように思える例は結構多いのではないかと思います。

私が技術者だったら、3年前にダメだと言われた時点で諦めてしまいそうですが、ユーザーが精度の良さに気付いて使いたいと思ってくださるケースは意外とあるのではないかと自戒も含めて重枝さんのお話を聞いていました。

左から三井物産 重枝和冨さん、IISE 野口聡一さん

重枝:今の野口さんの話を聞いて思ったのはまず、宇宙産業はメーカーの力が強い業界だということです。「こういう技術があるので使ってください」というユーザー側の視点が欠けやすく、プロダクトアウトの製品開発が多い印象です。一方、三井物産のような商社は技術を持っていないので、マーケットの声を聞いて合うものを探してくるマーケットインの考え方で取り組んでいます。特に宇宙はマーケットインでどうやって進めていくかを非常に意識していますね。

商社パーソンは「ミドルマン(専門家の言葉をわかりやすく伝える人)」と言われるように、間に入って話をするのが得意です。例えば、宇宙事業開発室は、衛星データを使ってみたい宇宙に馴染みのない部署と衛星データを売りたい衛星事業者の間に入り、してほしいこととできることをマッチングするミドルマンの機能を発揮しています。

IISE 野口聡一さん

野口:我々メーカーはつい「この技術を使えばすぐにできますよ」と言いたくなってしまいますが、やはりそれだけではダメですよね。実際のユーザーがお金を払ってこの技術を使いたいと思ってくれるかどうか。この技術で本当に仕事が楽になったとか、新しいチャンスが広がったと実感していただかないと。例えば100円払って買った大根を入れたから、美味しいお味噌汁ができたとか、そのぐらいの具体的な納得感を持って技術が受け入れられることが大事だと思います。

重枝:もう一つ申し上げたいのは、PDCAのサイクルを高速で回せることです。会社間だと衛星データを導入して、フィードバックをもらうだけで1年もかかってしまいますが、三井物産の社内なら早い時には3日や1週間といった短期間でできることもあります。オフィスの上のフロアに行けば、厳しいコメントも含めてフランクにフィードバックがもらえます。あまり時間をかけずに高速でPDCAを回せるのは商社らしい仕事の進め方だと思いますね。

三好:もう一歩踏み込んで話すと、プロダクトアウト・マーケットインだけではおそらく足りなくて、30年後のマーケットの声を聞きに行かなきゃいけないと思っています。その30年後のマーケットの声を知るには誰に話を聞けばいいのか議論するところから始まります。

誰かが新しい技術のアイデアを思い付いても、それを明日実現できるわけでもありません。技術が社会実装されるまでには時間がかかりますし、それを支えるためには人材もお金も必要です。特に宇宙は何かを単発で事業化しようとすると、コストが見合わなくなってしまいます。だからこそ、インフラを整備したりサービスを始めたりしようとするときには、同じような困りごとを持っている人はほかにいないのか見渡して、共創していく必要があります。まさに商社の皆さんのように、社会と多くの接点お持ちの方々の協力がないとうまくいかないと思っています。

新産業の水先案内人に


——宇宙の取り組みの手応えはいかがですか。

重枝:手応えはまだありませんが、何かが変わる分岐点に来ているなとは感じています。もしかすると、これが手応えと言えるのかもしれませんね。

我々は、どちらかというと非宇宙企業でした。ほかの企業の方々から「三井物産が宇宙産業に参入したのは、リスクをきちんと分析して、取れるリスクだと判断したからだろう」「三井物産がやるなら大丈夫だろう」と言っていただけるのは嬉しいですね。新しい産業の水先案内人というか、呼び水になれているのだと思います。

野口:おっしゃる通り、「三井物産さんが参入するぐらいだから、宇宙は将来性があるのだろう」と見ている企業は多いと思います。以前は、宇宙産業は偉そうなことを言っているけれど、全然社会に貢献していない、なんて言われていたこともあります。三井物産さんのような一流商社が本気で取り組んでくださるようになったのは感慨深いですね。

重枝:一方で、まだまだフラジャイルな(もろい)ところがあるとも感じています。やはり宇宙企業の大半はスタートアップですし、民間の需要が不十分です。政府が支えないと、開発費や製造費が回収できないんですよね。政府が買い支える時代から、本当の意味で商用化される次のステージに進まないと、市場は指数関数的には伸びないでしょう。政府に限らず、不特定多数のユーザーが出てきてビジネスが成り立つようになれば、もう一気に宇宙産業は成長すると思っています。そういう時代が2020年代中に来ればいいですね。

——事業を進めていくなかで感じていらっしゃる課題はありますか。

重枝:先ほどもお話しましたが、短期的な利益を求められるとしんどいところはあります。社内ではほかの産業事業の利益に支えてもらっているので、感謝しながら仕事をしています。ただし、我々としては、夢を現実にするためのストーリーや計画をきちんと見せて、責任を持って進めています。

三井物産 重枝和冨さん

それから、私は色々な産業を見てきましたが、宇宙は技術ないしは産業に精通していないと手に負えませんね。だからこそチャレンジのしがいがある産業だとも思っています。そういう意味では、本当に優秀な人材を確保・育成しないと勝ち残れないでしょう。最近は宇宙がやりたくて三井物産に入社してくださる方もいるんですよ。我々としては、そういう人材をどう育成して、宇宙の領域で仕事を作れる人材にするか日々挑戦しているところです。これは嬉しい悩みです。

もう一つの課題は宇宙のような技術を中心とした企業は人材の流動性が非常に高くて、その会社で本当にワクワクするようなイノベーティブな仕事ができなくなると、すぐ社員が辞めてしまう傾向があるんですよ。ワクワクするイノベーティブな仕事を継続的に提供しながら、利益も出してもらう。これを両立させるのは非常に難しいことですが、面白いですね。


——三井物産さんへの期待を聞かせてください。

NEC 三好弘晃さん、三井物産 重枝和冨さん

三好:一言でいうと、三井物産さんとは、良い問いをいただけるパートナーになれるといいなと思います。20世紀から宇宙業界にいる人間として一つ確信していることがあります。それは、問いを与えられると、解決できる人たちがこの業界にはいるということです。儲からないとか、成長性がなくて辞めざるを得なくなったことはあると思いますが、私が知る限り技術的にできないからとあきらめたことはありません。

これまでの40、50年は宇宙エンジニアリングの技術やスキルを活かせる場所が、社会にあんまりないと思われていたからです。技術やスキルを活かせる場所は、やはり世の中を広く見て、知ってないとわかりません。今後も良い問いをいただきながら、それに対するイノベーションを提供できるパートナーになれるといいですね。

座談会には宇宙事業開発室の皆さんにもご参加いただきました


企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文・取材:井上榛香(宇宙ライター)


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