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光衛星通信がもたらす「想像を絶する」未来ーー技術者が語る可能性と、民間企業が握るカギ

何百機、何千機もの人工衛星が連携しながら空高くを飛び回り、地上に豊かな暮らしと大きな市場をもたらす。近年そんな宇宙を活用したビジネスが世界的に加速しており、2040年に市場規模は現在の約3倍の100兆円になると予測されています。

宇宙と私たちの暮らしに大きな変革期が訪れているいま、次のカギを握ると言われているのが「光衛星通信」(※)。レーザー光を使うことで人工衛星同士や衛星と地上との間を通信できる技術です。

光衛星通信が注目される背景はなんなのか。実用化された先、私たちの暮らしはどうなるのか。そして日本は開発にどのように挑戦してきたのか。

長年「宇宙×ICT」分野での開発に従事し、JAXAの光衛星通信システム「LUCAS」の開発プロジェクトにも携わった、NECフェロー・三好弘晃さんにお話を伺いました。

※光衛星通信について
「光通信」は月と地球の間といった、人工衛星が周回する高度よりも遠く離れた宇宙空間にも広がっている技術ですが、本記事ではその中でも「地上と衛星の間」「衛星と衛星の間」を対象に光で通信する技術を「光衛星通信」と定義します。

三好 弘晃(みよし ひろあき)
NECフェロー、航空宇宙領域
1991年東京大学大学院工学系研究科航空学専攻卒業、同年NEC宇宙開発事業部入社。地球観測衛星「みどり」「だいち」に搭載された運用管制コンピュータやそのソフトウェアの開発、宇宙ステーションと地上を結ぶ衛星間通信システムの開発に従事。その後、人工衛星を利用して新たな社会価値を生み出す大規模ICTシステムのリードエンジニアとしてその社会実装において活躍した。現在は新たな民間宇宙利用をプロモートすべく、宇宙×ICTエバンジェリストとして活動中。


宇宙通信が電波から光に より速く、広く、大量にデータを送れる時代へ

 
——光衛星通信とはどういった技術なのでしょうか。
 
光衛星通信は、レーザー光を使って人工衛星間や衛星と地上との間で通信を行う技術です。

私たちがよく知る「光回線」は、情報をレーザー光に変換して、光ファイバーケーブルと呼ばれる伝送路の中を反射させながら送る仕組みです。これをケーブルなしで宇宙空間でやるものだと考えてください。

光衛星間通信システム「LUCAS」が、静止軌道から
低軌道の人工衛星にレーザー光で通信するイメージ図 (C)JAXA

――すでに私たちは衛星放送やGPS、天気予報など、人工衛星からさまざまな情報を受け取っています。それとはどう異なるのでしょう?

これまで宇宙空間における通信のほとんどは電波で行ってきました。
 
従来の情報通信のネットワークは、地上や海底に有線を張り巡らせることで形成されています。ここから宇宙空間にもネットワークを整備すると、長距離間でもさらに効率のよい情報伝達が可能になりますが、当然ながら宇宙空間に有線を張ることはできないため、無線でつなぐことになります。
 
無線通信には電波を使う方法がありますが、技術的により早く実現された電波を使ってきたのです。

周波数や波長による電磁波の区分。周波数が3THz(テラヘルツ=1兆Hz)より低く、
波長が0.1mmより長いと「電波」、周波数が3THzより高く、波長が0.1mmより短いと
「光(赤外線、可視光線、紫外線、……)」となる(図表はIISE作成) 。

――情報通信の発展に宇宙の利用は欠かせず、そのやりとりに電波が適していたと。これが光になると、どのようなメリットが発生するのでしょう。

まず1つ、より大容量のデータが送れるようになります
無線通信では周波数が高い(1秒間に含まれる波の数が多い)ほど、送れる情報量も多くなります。より多くの情報が送れる5G通信でも28GHz(280億Hz)帯ですが、光通信の周波数はその1000倍もあり、その分たくさんのデータを送れるようになるのです。

もう1つ、使用に免許がいりません
電波の場合は周波数の帯域(通信に使える周波数の範囲)が限られているため、同じ帯域を多くのプレーヤーが使って電波の混信や妨害が起こらないよう、帯域ごとに利用ライセンスを取得するよう「電波法」が定められています。
ですが光の周波数帯域は電波法の範囲外なので免許がいらず、無尽蔵に近い周波数帯域を多くのプレーヤーで利用することができます

また宇宙通信は地上に比べてずっと長距離で情報を送らなくてはいけませんが、電波は回折しやすい(広がりやすい)ため、地上よりも電波同士でぶつかり合って通信状態が不安定になりやすい。これを「電波干渉」と言います。
さらには電波が広がりすぎて、第三者に情報が傍受される危険性も高くなります。
しかしレーザー光は直進性が高いため、長距離であっても干渉が起きづらいだけでなく、秘匿性も高いのです。

このほか、アンテナ径を小さくできるため、衛星や航空機、地上に設置する機器も軽量小型化できるなど、数々のメリットがあります。

——宇宙を介して、情報がより大量に、より速く、安全に送り合えるようになる、と。
 
加えて、今後社会は “人がいないところ”にネットワークを張り巡らせることが求められるようになるでしょう。
 
少子高齢化やカーボンニュートラルは人類の共通課題です。解決に向けて自動操縦の車や船、飛行機を活用すること、現在は観測できていない地域の自然や人間の振る舞いをグローバルに観測しよりよい社会の実現に応用することが、今後ますます求められます。
 
そこで自動操縦の車や船、ドローンなどの無人機をネットにつないで広大な砂漠や山間部、海洋など人里離れたところで運用させたいですが、地上の通信網ではカバーできません。
最近注目を集めている「スターリンク(Starlink)」や「ワンウェブ(Oneweb)」のような低高度を周回する衛星コンステレーション(※)は、地上網の空白地帯を効率よく埋めることができますが、陸上にある中継局から見えないような遠い海の上はカバーできないのです。
 
光衛星通信を応用して宇宙からネットワークを張り巡らせると、こうした死角がなくなります。

 ※衛星コンステレーション:多数の人工衛星を同じ軌道上に打ち上げて、一体的に機能させるシステム。

大気のゆらぎに長い距離、しかも互いに動く。立ちはだかる技術的な壁

 
——しかしこれだけのメリットがありながら電波を採用してきたということは、宇宙空間での光通信を実用化するのは、やはり技術的に難しいのでしょうか。

はい、そうなんです。

地上と衛星間の通信」と「衛星同士の通信」で求められる技術が変わってくるので、順を追って説明しますね。

まず地上と衛星の光通信では、天候や大気の影響を大きく受けます。レーザー光は周波数が高いので、雲が出てくると散乱しやすいし、陽炎のように大気でゆらぐのです。

大気を通した光衛星通信には技術課題が多いですが、大容量、免許フリー、高い秘匿性といったそれを補って余りあるメリットがあるため、日本でも古くから技術開発が熱心に続けられています。

2005年、世界で初めてレーザー光で衛星間の光通信実験に成功した「きらり」が、
衛星間で光通信しているイメージ。(C)JAXA

一方、衛星間の光通信は宇宙空間なので大気の影響を受けません。

レーザー光をシャープなまま、真っ直ぐ飛ばすことができる……のですが、だからといって簡単というわけではありません。高速で移動する衛星を捕捉追尾し合うには地上‐衛星間とは違った難しい技術が必要です。

衛星同士の通信では、低高度(高度約200~2000km)にある衛星同士だと約4000km、さらに低高度の衛星と静止衛星(高度約3万6000km)の間だと約4万kmと、地球上ではありえないほど長い距離を通信する必要があります。つまり超長距離で隔てられた小さな衛星に、高精度にレーザビームを当てる技術が必要になってきます。

難しさを例えると、富士山頂にあるサッカーボールを、100km離れた東京スカイツリーから射貫くことに相当します。


――そんなに、ですか……。

また、あまりに長距離で通信するため別の問題が発生します。

例えば太平洋を横断する光ファイバー通信は、1万kmの距離を有線でつないでいますが、レーザー光が進んでいくうちに減衰するため、約40~100kmごとに光を増幅させる中継機が入っています。

ところが衛星間通信だと、4000km、40000kmの距離を中継機を置くことなく通信する必要があるのです。その距離を補うために光を発信する側の出力を上げながら、受信側の感度も上げなければなりません


――とんでもない距離のキャッチボールを中継なしでやらないといけないので、投げる方も捕る方もパワーアップしないといけないわけですね。

大気が存在しないのも、それはそれでやっかいです。

ハイパワーのレーザー光をつくるときに大量の熱が出ます。それを外へ逃したくても宇宙空間は真空のため、地上のように周囲の空気で冷やすのが不可能で、排熱効率が非常に悪い。小型化のため部品の集積化も進んでいるので発熱密度が高く、ちゃんとつくらないと熱がこもって動作温度範囲を越えたり、最悪の場合はオーバヒートして故障したりしてしまいます。

こうした複雑な課題を解決するために、光衛星通信には電気工学や光学だけでなく、熱力学や制御工学、機械工学など、多彩な技術が必要なのです。工学の総合格闘技と言えるでしょう。

 

実用化は2030年代? 日本でカギを握るのは民間企業 


——光衛星通信がもし実用化されたら、私たちの暮らしにどのような影響を及ぼすと考えられますか?

インターネットの普及のときと同じようなことが起こると予想されます。

もともとインターネットは軍事目的で開発されたものですが、次第に民間資本が流入したことでコストが下がり、現代生活に欠かせないプラットフォームとなりました。

宇宙空間における光通信は、地上でいう光ファイバー通信と対をなすもの。宇宙空間にインターネットが広がることで、インターネットの価値がより一層高まり、新たな市場が喚起されるのではないでしょうか。

宇宙空間にインターネットが広がると、一体どのようなサービスやアプリケーションが出てくるのか。専門的な立場からでも、想像を絶するほどの可能性が市場に広がりますね。

新しい市場の可能性の1つとして私が見込んでいるのが、ロボットや無人機のシェアリングエコノミーの普及です。

自動運転の車や船、ドローンなど、ロボットや無人機がインターネットに繋がり世界中どこからでも使えるようになると、ある時間、ある地域にある1台の機器をユーザーが遠隔で操作し、使い終わったら公共財として返せる、というような新たなシェアの仕組みが可能になります。現在のカーシェアに似たものが、さまざまなロボットで、さまざまな地域で実現できるイメージです。


——まるでSFのような世界がそこまで来ているんですね。光衛星通信の実用化はいつ頃になると予測されているのでしょう。

2030年代にはかなり広く使えるようになっているんじゃないでしょうか。

光衛星通信の開発の歩みをざっくりお話すると、まず1994年に郵政省通信総合研究所(現NICT/情報通信研究機構)と宇宙開発事業団(現JAXA/宇宙航空研究開発機構)が共同で、世界で初めて衛星と地上間の光通信実験に成功しました。2005年にはJAXAの技術試験衛星「きらり」と約4万km離れた欧州宇宙機関(ESA)の静止衛星「アルテミス(ARTEMIS)」が、世界初となるレーザー光で双方向通信する実験に成功しています。

以降、日本がヨーロッパとともに、光衛星通信の発展に貢献していくようになります。

2020年にはJAXAが光衛星間通信システム「LUCAS」を打ち上げました。地球観測に使っている低軌道衛星と静止衛星との間を光通信することで、電波に比べ7倍の速度(1.8Gbps)のデータ通信を実現するものです。すでに、LUCASと約4万km離れた地上局との間でレーザー光を捕まえる実証実験に成功しました。

残念ながら2023年3月のH3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗により、LUCASと光通信を行う予定だった地球観測用の衛星「だいち3号」が失われてしまいましたが、ともに開発された後継機「だいち4号」の打ち上げを待っている状況です。

2008年にはドイツ航空宇宙センター(DLR)が世界最速となる5.6Gbpsでの光通信を、衛星間でも、地上と衛星との間でも成功させます。

また2014年より欧州宇宙機関が世界初となる光衛星通信の実運用をスタートさせ、とうとう光衛星通信の市場を切り開いた近年はアメリカも軍から支援も借りて急速に追い上げている、という状況ですね。


——すでに実運用まで始まっているんですね、先ほど聞いた技術的ハードルを思うとすごい話です。

2017年で年間400億円ほどだった光衛星通信の市場は、スペースXの「スターリンク」やAmazonの「カイパー」といった民間のメガ衛星コンステレーションが光衛星通信を搭載することで、年間5000億円にも広がると予想されています。

これほどの市場の需要は、これまでの衛星を1品1品手作りしていたような生産体制では賄えません。民間企業が培った量産技術、品質管理手法を宇宙産業へ応用していくことが欠かせなくなっています。

こうした民間企業の役割は、日本においては特に重要だと考えています。

欧米ではその市場のほとんどが、政府や軍事部門の研究開発投資から成り立っています。

技術革新の促進や民主化、継続性には投資が必要不可欠ですが、海外に比べて日本は安全保障予算が限られています。その分、光衛星通信を利活用する市場を、普段は宇宙と関わりのない民間企業のみなさんと一緒に拓いていくことがカギになってきます。

アメリカとは異なる、日本独自の仕組みの整備が欠かせないのです。

生活から生まれるアイデアが、宇宙開発にイノベーションをもたらす 


——民間企業が日本の光衛星通信のカギを握るとのことでしたが、今後ほかにどういった役割が求められるでしょうか。

私は、宇宙開発の本質は「社会や生活の困りごとをいかに解決していくか」にある、と考えています。

例えば静止衛星という技術は、『2001年宇宙の旅』の著者で知られるSF作家、アーサー・C・クラーク氏が描いた、「静止軌道上に3基の衛星を打ち上げると世界中どことでも通信ができる」という夢から実現に至っています。

いま世の中にないけれど、誰かが必要とするもの、あったらいいなと思うものを、持てる技術や仕組みで実現していく。それこそイノベーションであり宇宙開発の本質なのです。

しかしエンジニアリングの専門家集団である宇宙業界の人々は、技術や仕組みは提供できても、解くべき社会課題を熟知しているとは言えません。

そこで重要なのが、仕事や暮らしが宇宙業界と関係あるか、ないか、といった垣根を飛び越えて、社会全体で一緒にあるべき未来を語り合っていくことです。10年後、20年後に自分たちが困ることは何かを考え、それに対して宇宙をどう役立てるか、みんなで方法を見出していく。

こうした課題と技術のマッチングとすり合わせによって、技術革新と社会実装とが歩調を合わせて推進され、持続可能な市場が新たに生み出されるのだと思うのです。


——私たちからの実生活に根ざしたアイデアが、光衛星通信の技術をさらなる高みへ連れて行く、と。
 

日本の宇宙の技術力は世界的に見ても高いレベルを誇っています。それを生かすには、技術が活躍できる場がなければなりません。

その仕組みや場を、いろいろな境界を飛び越え社会のさまざまな人と一緒につくりあげるところにまで、宇宙開発の役割があると考えています。

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
取材・構成:水口幹之 写真:舛元清香 編集:黒木貴啓(ノオト)

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