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「インターネットの黎明期」から考える、宇宙開発のいま

もともと国や政府が主導していた宇宙産業。近年はロケットや人工衛星の開発・打ち上げコストが下がったことで民間企業のビジネス参入が相次いでおり、宇宙が特別なものではなくなりつつあるとともに、新たな一大産業へと育とうとしています。

こうした現在の宇宙産業は「インターネットの黎明期と似ている」という話もよく目にします。特に、ロケット開発企業・インターステラテクノロジズの創業者である堀江貴文さんが2021年のインタビュー記事で答えた、「いまの宇宙産業はちょうど、インターネットを民主化したLinuxができるかできないかの過渡期」という例えは大いに共感できるものでした。 

米国防省が開発し、利用も大学や研究機関のごく一部に限られていたインターネットは、どのようにして一般の家庭に普及していったのでしょうか。いまの宇宙産業との共通点やヒントを探るべく、1990年代に「インターネットの民主化」をもたらした出来事を振り返ります。


インターネットの原点 ARPANET、JUNET


そもそものインターネットの始まりは、1969年。アメリカの国防総省高等研究計画局(ARPA)が資金を提供して開発された、 世界初のパケット通信のネットワーク「ARPANET(アーパネット)」だといわれています。 

4つの大学や研究機関に置かれたホストコンピュータをつないだもので、当初は研究結果といったデータを共有するために使われていました。

1986年には全米科学財団(NSF)が「NSFNET」を開始。国内外の多くの大学や研究機関が接続され、アメリカ全土をカバーするコンピュータ・ネットワークが形成されました。

少しさかのぼって1984年には、日本でも東大・慶応大・東京工業大を結んだ「JUNET」という学術ネットワークが誕生。のちに世界のネットワークとつながり、日本におけるインターネットの原点となっていきます。

インターネットの民主化

1989年:WWWの発明


JUNETを始め、80年代までのコンピュータ同士の情報通信網は「パソコン通信」がメインでした。どこかに中心となるホストコンピュータがあり、そこを経由してやり取りするというクローズドなネットワークだったのです。

利用者も研究者や技術者に限られ、使い道もテキストによる情報のやり取り(掲示板やチャット、電子メール)、ファイル転送などが主でした。

しかし、1989年に欧州原子核研究機構(CERN)の研究者だったティム・バーナーズ=リーが「World Wide Web(ワールドワイドウェブ)」、通称「WWW」を発明したことで状況が一変します。

ホストコンピュータを経由してつながるパソコン通信に対し、WWWはコンピュータ同士が分散したままつながり、網の目のようなネットワーク空間を形成するものだった(IISEで作成)

WWWとは、ざっくり言えば「世界中のWebサイトをつなぐ仕組み」。あえて中心を作らずにコンピュータ同士が分散したままつながるという革命的な設計思想で、これによって世界中のコンピュータがつながるオープンなネットワーク、いまの「インターネット」が生まれました。
 
WWWの一番の特徴は「文章と文章をつなげる」点でした。Webページの文字をクリックすると別のWebページに移動する「リンク」機能というものがありますが、WWWは主に次の3つの技術を使うことで、世界中のコンピュータの文章同士を相互にリンクさせることを可能にしたのです。
 
1つ目は「HTML(Hyper Text Markup Language)」。Webページを作成するための”共通言語”です。
2つ目は「URL(Uniform Resource Locator)」。HTMLで表現されたテキストや画像の場所を示す“住所”になります。
3つ目は「ブラウザ」。Webページを見るための専用ソフトウェアで、無数のWebページが存在するインターネット空間からURLを打ち込むだけで、特定のWebページを表示してくれたりします。
 
さらに1993年、米研究者のマーク・アンドリュー・センがブラウザ「Mosaic(モザイク)」を開発したことで、WWWの利用は一気に拡大します。それまでのブラウザはテキストと画像が別のウィンドウで表示されていましたが、Mosaicによってテキストと画像を一緒に表示できるようになりました。

NCSA Mosaicブラウザのスクリーンショット(Wikipedia「NCSA Mosaic」ページ より)

同年にインターネットの商用利用が解禁されると、マーク・アンドリュー・センらはNetscape Communicationsを起業。Mosaicをベースにしたブラウザ「Netscape Navigator(ネットスケープ ナビゲイター)」の限定版の無償提供と製品版の販売を開始し、WWWはブームとなっていきます。
 
そしてWindows 95の発売に伴い、インターネットの利用は家庭へと広がっていくのでした。

1991年:Linuxのリリース


パソコンならMicrosoftの「Windows」にAppleの「Mac OS」、スマホならGoogleの「Android OS」にAppleの「iOS」といったように、私たちが普段扱っているコンピュータには「OS」と呼ばれる基本ソフトウェアが入っています。

OSとは「Operating System(オペレーティング・システム)」の略語。ユーザがマウスやキーボードで要求した操作を、アプリなどのソフトウェアに伝えて画面上に表示してくれたり、複数のタスクを行う際に効率よく作業できるようにCPUやメモリの動作を割り当てたりと、人間がコンピュータを簡単に扱えるように陰で支えてくれる必要不可欠のシステムです。

そして、インターネットを利用するにはユーザ側だけでなく、WebサイトやWebサービスの提供者が管理するコンピュータ(サーバ)が必要です。そのサーバが自動でさまざまなプログラムを実行するためには、サーバ自体にもOSが入っていないといけません

実はコンピュータ業界では1990年頃まで、60年代に米AT&Tのベル研究所が開発した「UNIX(ユニックス)」というOSの一強時代が続いていました。高い安定性と、マルチユーザー・マルチタスクに対応している特徴から、いまもなお商用サーバーなどに広く使われています。。

特にこのマルチタスクが肝で、画像ビューアで写真を開いたままブラウザで好きなサイトを見るといったように、いま私たちは「複数の処理を1台のコンピュータで同時に実行する」ことが平気でできていますが、これを安定して実行できるOSは当時はUNIXくらいでした。

しかし、UNIXのソースを入手するにはAT&Tにかなり高価なライセンス料を払わなくてはなりませんでした。コンピュータを扱うのは大学や研究機関に限られ、世間に全く普及しない時期が続いていたのです。

プログラマーの世界では1983年より、 UNIXの上位互換となるソフトウェアを開発して無料で配布しようとする「GNUプロジェクト」が巻き起こります。それでも、肝心な安定的なマルチタスクを可能にするカーネル(※OSの中でも中核的なプログラム)を作るのはハードルが高く、なかなか実現には至りません。

そんななか、1991年にフィンランドのヘルシンキ大学にいる普通の大学生だったリーナス・トーバルズが「Linux(リナックス)」というカーネルを開発します。基本性能はUNIXと同等かつ酷似しているものの、ソースはまったく別。違うレシピで同じ料理を生んだような、まったく新しい「UNIXの互換となるOS」でした。

1991年にLinuxのversion 0.02がライセンスフリーでリリースされるや、高額でUNIXに手を出せていなかったプログラマー初心者が多く使用するようになります。ハッカーたちも、ライセンスに縛られて自由な公開や改良がしにくいUNIXよりも、オープンソースで自由に改変もでき、それを使った商売もできるLinuxの方に飛びつきます。

短い期間で多くのフィードバックを得ることで信頼性も向上し、1994年には実用に耐えられるだけのLinux ver1.0がリリースされました。

そして、Linuxが普及し始めた時期は、ちょうどインターネットの黎明期でした。

それまでインターネットのサーバには「Solaris」のような商用UNIXが使われることが多かったのですが、廉価なLinux系のOSが使われるようになります。1995年には「Apache」などフリーのWebサーバソフトウェアも誕生し、無償のOSおかげでインターネットのサーバが次々と民間で立てられるようになります。

大きな資本しか扱えなかった基幹OSのUNIXに対し、互換性がありフリーのOSであるLinuxが登場したことで、多くの企業や民間人がインターネット市場に参入し、今日のインターネット環境が実現したのでした。

1995年:Windows 95の発売


1995年にMicrosoftが発売したOS「Windows95」も、インターネットが一般に普及する大きな契機になりました。 

それまでインターネットでWebブラウザを使うためには、「TCP/IP」と呼ばれる通信プロトコル(※通信機器同士で通信を行うためのルール)にOSが対応してなくてはいけませんでした。

WWWが公開された1990年当時、UNIX系のOS以外はTCP/IPには標準対応しておらず、 インターネットに接続するには別途TCP/IPのプログラムを導入する必要があったのです。

しかし、Windows 95は初期状態でTCP/IPを搭載していました。プリインストールしたパソコンであればダイヤルアップ接続機能やWebブラウザまでもが付属しており、インターネットを利用するまでのハードルをぐんと下げてくれる代物だったのです。

さらにWindows 95が画期的だったのは、GUIが優れていたところです。

GUIとはグラフィカルユーザインターフェース(Graphical User Interface)の略で、コンピュータへ出す命令や指示などをグラフィックで表示し、ユーザが直感的に操作できる方式のこと。

旧来のパソコンは、命令をテキスト入力のみで実行する「CUI」方式が主流で、コマンドを覚えないとパソコンに操れない、というハードルの高さが裾野を狭めていました。しかし1984年に米Apple Computer社が、GUIを用いるパソコンの中でも世界初となる普及機、「Macintosh」を発売します。

同年に発売された「Macintosh 512K」のデスクトップ画面(参照:Flickr raneko より)

MacintoshのGUIは、「文章」「ごみ箱」「フォルダ」などコマンドが絵文字(アイコン)でデスクトップ上に表現され、それをマウス操作でクリックするだけで実行できるーーという、初心者でも簡単かつ短時間でコンピュータが扱えるようになる、直感的なデザインになっていました。世界に衝撃を与え、GUI方式のパソコンを新ジャンルとして確立することに成功します。
 
米Microsoftも後を追うように、1年遅れでGUI方式のOS「Windows 1.0」を発売。その後も2.0、3.0、3.1とGUIの改良を続けていき、大衆向けデザインとして一つの完成を見たのがWindows95でした。

Windows 95のデスクトップ画面(参照:Flickr Scott Schiller より)

発売当時のコピーは「使いやすさと性能を向上させたコンシューマ向けOS」。デスクトップ画面で「スタートボタン」を押し、そこからさまざまなアプリケーションを選択していく直感的な操作性が大衆に支持され、お茶の間へパソコンを普及させるのに多大な貢献を果たしました。
 
加えてネットワーク接続機能も充実していたことから、インターネットの世界へ飛び込む人が続出。日本でもWindows 95をきっかけに、企業や自治体が続々と公式サイトを開設するようになっていきました。

現在の宇宙開発との共通点


インターネットに民主化をもたらしたものはまだまだたくさんあるでしょうが、その議論はさておき。WWWやLinux、Windows 95のように「業界を一気に民主化させる技術やサービス」が生まれるかどうかの過渡期にいまの宇宙産業はある、というのが冒頭の堀江さんの話でした。

ここで注目したいのは、そうした技術はいきなり現れるのではなく、相応の時間とトライ&エラーの数が必要になるということです。

例えばMacintoshがジャンルを確立したGUI方式のパソコンにしても、大衆に支持されるWindows 95が登場するまで10年ほどかかっています。Linuxが現れるまでも、GNUプロジェクトで10年以上に渡るプログラマーたちの格闘の日々がありました。

日本の宇宙産業では人材と資金不足が懸念されていますが、「宇宙の民主化」を目指して開発研究を重ねる企業や技術者の挑戦を支えるためには、社会に何が必要なのか。「インターネットの黎明期」に築かれた礎には、いろんな学びが詰まっているように思えます。

 

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:黒木貴啓(ノオト)

参考文献

(Webページの最終アクセス日はいずれも2024年1月4日)

・NHK『平成ネット史(仮)』取材班(2021).『平成ネット史 永遠のベータ版』.幻冬舎

・河嶌太郎“ホリエモンが明かす「民間ロケットとLinuxの共通点」 宇宙開発で今、切実に足りていない人材とは”.ITmediaビジネス. 2021年12月16日

・生越 昌己“前世紀のLinux:黎明編 ~ Googleがあまり知らないLinuxの歴史 ~”.@IT. 2008年9月29日

・生越 昌己“前世紀のLinux:飛翔編 ~ 普及がもたらしたさまざまな変化とは ~”.@IT. 2008年9月30日

・関野史朗“UNIXとLinuxを振り返る”.@IT. 2016年5月8日

・“【初心者向け】Linuxの歴史解説! OS誕生からLINUXへ”. エンジニアの入り口. 2016年5月8日

・内閣府“第1章 第6節IT(情報通信技術)と世界経済”. 平成12年度年次世界経済報告.2000年

・日本ネットワークインフォメーションセンター“第2回インターネットを支えるTCP/IPの誕生から普及まで”. JPNIC ニュースレターNo.67. 2017年11月発行

・日本ネットワークインフォメーションセンター“第3回インターネットを爆発的に普及させたウェブ(WWW)ができるまで”. JPNIC ニュースレター. 2018年3月発行

・河嶌太郎“ホリエモンが明かす「民間ロケットとLinuxの共通点」宇宙開発で今、切実に足りていない人材とは”.ITmediaビジネス. 2021年12月16日

・吉森ゆき“MosaicからChromeまで――Webブラウザ戦争の来し方行く末”. ITmedia エンタープライズ. 2008年9月6日

・稲葉則夫“【電子産業史】1984年:GUIとパソコン”. 日経クロステック. 2008年8月15日

・サイボウズ“GNUプロジェクト30周年──すべてはここから始まった”. サイボウズ式. 2013年9月28日


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