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自然災害と人工衛星 防災と減災に向けた、観測・測位・通信衛星の活用事例

日本は、地震や大型台風、集中豪雨や洪水などの被害に見舞われる事が多い、自然災害多発国です。避けることが難しい自然災害ですが、被害の甚大化を防ぎ、最小限に抑えるための予測・予防に、人工衛星および人工衛星によって取得した「衛星データ」の活用が進んでいます。


観測衛星を用いた、災害予測と減災の取り組み


災害に関連した観測衛星の用途は、大きく「災害予測」と「被害拡大の抑制」の2つに分けられます。

衛星データを用いた、災害の予測

衛星データを分析することで、災害リスクの高い箇所を発見し、時間経過に沿ってその様子をモニタリングすることができます。対象物の状況を定期的に観測・把握、データをAIで分析することで災害の予兆を早期に発見。災害予測だけでなく防災・減災に役立てるのがその目的です。

例えば、河川モニタリングもそのひとつです。特定の河川について、氾濫の起きやすい場所や浸水しやすいエリアを衛星データから発見。あらかじめリスクがある場所を把握できていれば、大雨とその降雨量の予測にあわせて、土のうの準備をしたり近隣住民の避難の手続きを整えたりといった対策を用意できるように。

同様に山間部では、地すべりが起きやすい場所を衛星データによって発見する試みも行われています。大規模な地すべりは事前にその予兆が見られることが多く、わずか数センチ単位の小さな地面の動きを衛星データで観測、地すべりのリスクが高い場所を見つけることができます。

NECのSAR衛星「ASNARO-2」による観測データ
NEC「宇宙ソリューション」内「衛星画像」より)

同じく特定エリアの継続的なモニタリングによって可能となるのが、火山の噴火予測。人工衛星によって取得した地殻変動の情報を他の観測データと組み合わせることで、噴火の可能性を割り出すのに役立てられています。

衛星データを用いた、災害被害の抑制

地震や水害など発生した後は、衛星データは被害抑制のために用いられます。例えば大規模な地震が発生した直後は、被害規模の測定のため衛星データが用いられることに。

衛星写真は、建物の倒壊状況や救助が必要な場所を特定、土砂崩れによって道路が寸断されている場所を発見するのに役立ちます。また洪水時の浸水状況の把握には、飛行機やドローンによる写真を上回る「広域を、1ショットで捉えた」衛星写真が有用です。

被害状況を確認したあとは、特に被害が大きかった場所に救助隊を派遣、洪水や土砂崩れによってさらに大きな被害が出ないような対策を進めるなど、災害後にも幅広い用途で衛星データが活用されています。

災害時に活用する観測衛星の種類


衛星データの収集は、「光学衛星」と「SAR衛星」という、主に2種類の観測衛星を用いて行われています。

デジタルカメラのように地球を撮影する光学衛星

デジタルカメラに近い仕組みで、光学センサを使用して地上の様子を撮影するのが「光学衛星」です。フルカラーかつ空中写真のように「見たまま」の写真を記録できることから、観測対象の色やサイズなど、「なにが写っているか」を直感的に判別できるのが、光学衛星による衛星データの大きな特徴です。

一方で光学衛星は、光が当たらない状況下での撮影を不得意としています。そのため、夜間や雲が出ている場所は撮影ができません。

日本企業では、アクセルスペース社が光学観測衛星による衛星コンステレーション「AxelGlobe(アクセルグローブ)」を運用。データ活用のためのソリューションと組み合わせてサービスを提供しています。

電波の反射波で、地上を観測するSAR衛星

光ではなく、電波を用いて地上の観測を行うのがSAR(サー/Synthetic Aperture Radar、合成開口レーダー)衛星です。

SAR衛星の強みは、電波の反射を通して観測を行うため、昼夜や天候に左右されず衛星データを取得できること。そして常に同じ条件で対象物を撮影できるため、光学衛星よりも地表の小さな変化を観測しやすいことも強みのひとつです。

左が空中写真(Googleマップによる)、右がSAR衛星ASNARO-2による衛星データ
(参照:NEC「宇宙ソリューション」内「衛星画像」より)

そんなSAR衛星の弱みは、取得した衛星データを直感的に読み取れないこと。SAR衛星による画像は白黒で、「写真に何が写っているか」をひと目で判断するのは難しいものです。加えて、得られたデータを解析するにも専門技術が必要で、一般の人が衛星データを活用するのはまだまだハードルが高いのが現状です。

国内で運用されている大型SAR衛星は、三菱電機が開発・JAXAが運用する「だいち2号(ALOS-2)」と、NECによる「ASNARO-2」が代表的。民間企業ではシンスペクティブ社やQPS研究所社がSAR衛星を複数機打ち上げており、両社ともに、今後はSAR衛星による衛星コンステレーションをより大規模に育てていく計画を発表しています。

測位衛星による災害対策と、災害時の通信衛星の活用事例


大規模に地上の情報を収集する観測衛星だけでなく、測位衛星や通信衛星による機能・サービスが災害時に用いられるケースも増えてきています。

測位情報を利用した津波や地すべりの検知

スマートフォンの地図アプリ等で使用者の位置情報の特定に用いられているのが、測位衛星です。アメリカによる衛星測位システム「GPS」は28機、日本の準天頂衛星システム「みちびき」は4機から構成されており、それら人工衛星が地上の受信機と通信を行い、その位置を特定します。

沖合に設置されたGPS津波計(右)と、その仕組み
(参照:みちびき公式サイト「GPS津波計の高機能化へ向けた東大地震研らの挑戦」より)

現在、測位衛星の機能を利用した防災対策として実際に使用されているのが「GPS津波計」。これは、位置情報受信機を備えたブイを海上に浮かべ、その動きを追うことで海面の大きな動きをとらえ、沿岸部への津波の接近を検知するものです。

同様に、山間部の斜面に位置情報受信機を複数設置することで、地面の微妙な移動を検知。土砂の崩壊や地すべりを未然に防ぐためにも、測位衛星が活用されています。

通信衛星を活用した、通信環境の確保

近年、災害時の活用が急速に広まっているのが、通信衛星を用いた、被災地への通信ネットワーク提供の動きです。民間宇宙事業社によって大規模な通信用衛星コンステレーションが構築された結果、専用の受信機を設置するだけで、基地局などを用意せずとも通信ネットワークに接続できるようになりました

通信衛星ネットワークは、事故で通信が断たれてしまった場所、通信が混雑して不安定な場所などにおける「代替の通信回線」としてすでに使用され始めています。実際に2024年の能登半島地震では、KDDI社やソフトバンク社が避難所にて衛星通信サービス「Starlink(スターリンク)」のアンテナを設置。被災者へ、安定した通信回線を提供しました。

珠洲市役所に設置されたスターリンクのアンテナ
(参照:ソフトバンク「『Starlink Business』の機材100台を無償提供」より)

衛星データ活用の拡大が、発展のかぎに


災害時の活用が広がっている衛星データですが、そのポテンシャルを十分に生かすためには、まだまだ課題があるのが現状です。

活用に向けた最大のボトルネックになっているのが、非常時に十分なデータを取得するための人工衛星の数がまだ不十分であること

災害時、刻一刻と変化していく被害状況を十分に把握するためには、手元にある情報が常に最新状態であることが望ましいものです。しかしながら、人工衛星は常に地球軌道上を周回しながら地上を観測しているため、特定の場所を観測できるのは「その場所の上空を通りがかった瞬間」のみ。

複数の人工衛星を運用することで観測の間隔を短くしているものの、同じ場所の撮影は「数日に1度」のペースであることがほとんどです。災害時に求められるような「準リアルタイム=数分単位の観測データ更新」を実現するには、よりたくさんの観測衛星が必要になるでしょう。

そして、地上のより詳細なデータを取得できるSAR衛星も、活用のための土壌がまだ十分に整っていない現状です。

SAR衛星のデータは光学衛星以上の情報を読み取ることができるものの、人工衛星が取得したデータの分析には、専門の技術が必要です。データが判別しにくい白黒データなだけでなく、取得したデータに補正をかけなければいけない場合もあり、そのノウハウを持たない企業や自治体が使用するにはまだまだ高い壁があります

しかしながらこれらの課題は、国内で衛星データの活用が進めばいずれ解決していく、という見方もあります。

平時から人工衛星データ活用が当たり前になれば、ニーズの高まりに応じて、データ分析の精度も向上していくでしょう。日本では、南海トラフ地震や首都直下地震など、今後30年以内に起きる大規模な地震が複数予測されています。いつ発生するかわからない大規模災害に備え、人工衛星による災害対策技術の発展にも期待したいところです。

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:伊藤 駿(ノオト)、編集:ノオト

参考文献

・JAXA.“災害時の人工衛星活用ガイドブック 土砂災害版”. 2018年3月
・JAXA. “災害時の人工衛星活用ガイドブック水害版 浸水編”. 2018年3月
・JAXA. “人口衛星の防災活用について”. 2018年6月8日
・日本総研.“宇宙と地上の産業を結ぶ~各産業の衛星データユースケースを学ぶ~ 第2回 防災” . 2022年9月6日.
・SPACE SHIFT.“光学衛星とSAR衛星の違い” .
・JAXA第一宇宙技術部門 サテライトナビゲーター.“だいち2号(ALOS-2)
・JAXA第一宇宙技術部門 サテライトナビゲーター.“だいち3号(ALOS-3)
・みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト. “GPS津波計の高機能化へ向けた東大地震研らの挑戦”. 2016年9月19日.
・一般社団法人斜面防災対策技術協会. “リアルタイムGPS計測”.
・東京新聞. “能登半島地震で「スターリンク」が役に立った 被災時での「通信確保」の今後を考えた”. 2024年1月20日.
・秋山文野.“人工衛星が観測した令和6年能登半島地震(Yahoo! ニュース)”. 2024年1月4日.
・産経ニュース.“災害把握に衛星の目 悪天候でもデータ収集可能 能登半島地震で緊急観測も自治体活用広がらず”. 2024年2月3日.

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