しっぽのひみつ

 愛した人と過ごした愛おしい夜の話をしようと思います。
 もう何年も前の話だけれど、眠れない夜のおまじないです。
 愛した人が、私だけにかけてくれたおまじないです。

 小学生の頃、私はマット運動がすごく苦手で家の布団でよく練習していました。そのときに、近くにあったプラスチックのタンスの角にお尻と腰の間ぐらいのところをぶつけてけがをしたんです。血が半日くらいは止まらないほどの割と深い傷でした。
 そんな十何年前の傷跡は、完全に消えることはなく、ぷっくりと膨らんで白くなって残りました。お風呂などでそこに触れると、布団で前転やら倒立やらを練習していたことを思い出していました。彼と出会うまでは。

 大学1年生のときに、1つ年下の彼氏ができました。私は浪人していたので、年齢は1つ違いですが彼も同じ大学1年生でした。付き合って何度目のセックスかは覚えてませんが、梅雨入りを迎えて蒸し暑い日が続いた夜でした。向かい合って、私の腰へ腕を回した彼がお尻の上あたりに手を置いたとき、そのぷっくりと膨らんだ傷跡を人差し指で触りました。何も言わず、弧を描くように数回触っていました。しかし、不思議とその指遣いには、いやらしさというより慈しみに似たような気持ちを感じたんです。
 「初めて知ったよ、これ」
 彼は少し笑いながら、そう言いました。触るのをやめても、彼の手はずっとそこに置かれていました。隠していたわけじゃないけれど、私は、お尻の上にそんな傷跡があることがなんだか恥ずかしくなってきて、ちゃんと理由を説明しないと、と思ってしまいました。小学生のエピソードを口に出そうとしたとき、私のそれより早くまた彼が話し出したんです。
 「〇〇ちゃんには、しっぽが生えていたんだね」
 そうだ、そう私、彼のこういうところがたまらなく愛おしくて、涙が出るほど愛おしくて、だから彼を選んだんだって、この一言で気づいて。喉元まで出ていた言い訳がひゅんと引っ込んでしまいました。
 気にしちゃったことがばかばかしくなって私も「うんそうだよ」と笑いました。彼もそれを聞いてまた笑って、もう一度強く私を抱きしめてくれました。
 別にこの傷大したことないし経緯だって全然重い話じゃないけれど、彼の愛情と彼のいいところがたくさん詰まった言葉でした。
 お尻の上にある傷跡をしっぽの跡だなんて言える人、世界で探してもきっと彼だけだと思います。
 もう、何年も前の話です。でも、たまに思い出して、またこんな人と恋におちられたらいいなって願ってしまいます。

 あの夜からこの傷跡に触れるたびに、彼の優しい指先と、蒸し暑い夜にベッドで彼に教えてあげたしっぽのひみつを、思い出します。
 どこかで今も生きている彼と私の、2人だけのひみつです。



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