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【創作小説】翡翠色の王国1-1,1-2

※若干グロテスクな表現や死の描写があります。
※この話はフィクションです。実際の事件や団体などとは一切関係ありません。

翡翠色の王国
第一章


 きっと大丈夫。生きている。そう信じることすらできなかった。
 火の海の中を、少年は走っていた。すべての建物が燃えており、どこまで走っても火が爆ぜる音が耳につく。
 建物が崩れる激しい音、焦げた臭い、真っ赤な視界……。
 五感全てが、少年を揺さぶる。
 少年は必死で逃げた。
 家族を探すことを、忘れていたわけではない。しかし、この町に、少年以外の生き残りがいるとは到底思えなかった。
 火が爆ぜている。焦げ臭い。辺り一面、火の海だ。
「……絶対に、殺してやる……!」
 少年は、燃える町の片隅で咆哮した。憎い少女の姿が目に浮かぶ。
 少年も、この町の人々も、世界中の誰よりも熱心に彼女のことを信じていた。少女こそが神だった。祈師様と呼び、崇めることが、自身の幸福につながると信じ込んでいたのだ。なのに、町はこのざまで、この場に生き残ったのは少年だけ——
「絶対に、殺してやるからな!!」
 少年の叫びは、建物が崩れ落ちる音にかき消されたのだった。
 

 ルッソ・フィークスは、体が弱い母と、妹の生活のため、今日も大工の仕事に精を出した。くたくたに疲れ切った体を引きずり、ほかならぬその大事な妹との約束を守るべく、街のレストランまで走っていく。仕事終わりには棒のようになっていたはずの足が、こころなしか先ほどより軽く感じる。
 妹のミュシャのこと、きっともうレストランの前で待っているぞ、と思えば、ルッソの気持ちも弾むのだ。
「あ! 兄さん!」
 思ったとおり、ミュシャはすでにレストランの前で待っていた。こちらに白い手を振りながら、嬉しそうに笑っている。
 美人だと評判の妹は、ルッソと同じ赤褐色の髪をふたつの三つ編みに結って、いつもの白いワンピースを着ていた。学校へ行くと言って家を出た時と同じ格好なのは、ミュシャも学校が終わってすぐにレストランに駆けつけた証拠である。
「お疲れ様」
 こちらをねぎらうミュシャに、ルッソは「すまん、遅れた」と苦笑した。ううんとミュシャが首を振る。
「はやく入ろう! お腹すいた!」
 レストランの扉につけられた鈴がカランと軽やかに鳴る。ミュシャが先陣を切って店内に入り、ルッソは目を細めながらそのあとをついて入店した。
 「こういうところはちょっとだけ緊張するね」とミュシャがはにかむ。
 今日はミュシャの誕生日だ。だからこそ、常日頃から足りない金をありったけ寄せ集めて、ルッソはこのレストランに訪れたのだった。
 貧乏暮らしをさせているミュシャへの詫びのつもりであったが、肝心のミュシャが喜んでいるようなので、無理した甲斐があったなとルッソはうなじを掻く。
 病気でなかなか外に出られない母への土産話にもなる——現に、彼女はルッソとミュシャが年に一度出かけるこの日の土産話を聞くのが、なによりも楽しいようだった。いつも淀んでいる母の目が、この日だけはきらきらと輝くのだ。それも、ルッソは好きだった。
「ねえねえ、何を頼めばいいのかな」
「そうだなあ……」
 メニュー表とにらめっこしているミュシャにつられるようにして、ルッソもメニュー表を覗き込んだ。
 同僚の誰それがいうにはここの店は……と、店を決める前に仕入れていた情報で、ミュシャの分までメニューをてきとうに決めてやる。まるで自分のことのように「魚が好きなミュシャちゃんにはこれがいいんじゃないか?」と楽しそうに話していた同僚たちの顔を思い出して、ルッソはますます温かな気持ちになった。
 食事がテーブルに並び終え、あらかたの話題を話し終えてふたりはひと息ついた。
 ゆったりとした時間を楽しんでいたルッソとミュシャの耳に、隣の席の男たちの会話が飛び込んできたのは、その時だった。
「聖戦が始まったとき、まずアインソフィが犠牲になっただろう? あの町に、どうやら生存者がいたらしいぞ」
「ほお!? あそこは火の海で、誰一人残らなかったと聞いたが……」
「それが、一人だけいたってんだ。ただ、どんな奴で、いまどこにいるかまではわからないらしくてな。本当なのかも怪しい話だが」
 アインソフィ、と聞いて、ルッソは「聖なる町」という言葉がまず思い浮かんだ。
 聖地アインソフィと言えば、国教であるアマリア教の現人神、祈師様と呼ばれる少女を熱心に信仰している場所である。
 アインソフィ出身の若者は、その大多数が聖騎士になり、アマリア教のため、祈師のために殉じて死ぬのを誉としていた。
 そんな町が、先だっての国との聖戦で真っ先に焼野原になったというのだから、こんなにむごいことはない。
 噂では人っ子ひとり残らなかったとルッソも聞いていたので、その話題に自然と意識が向いてしまった。
「あの町の生き残りか……きっと祈師様のご慈悲だな」
「ああ、そうだろうな。そうでなければ、あの町に生きている人間など一人も残らなかったに違いない」
 そう頷きあっている男たちの会話を聞きながら、ルッソは味がしなくなった飯を噛み締める。
 「祈師様のご慈悲か」と男たちの言葉を真似るように呟いてしまったのは、その言葉になにか言い表しようのないものを感じたからだ。
「——なにが、祈師様のご慈悲だ」
 その冷たい声は、穏やかな店内を引き裂いたかのように思われた。だが、声量が大きかったわけでも、声が響いたわけでもない。
 声質は静かで、ともすればそのまま誰にも届かず消えていきそうなほどだったのに、店内の誰もがその人物を見た。
 彼はしずんだ色の目を男たちへ、それから流れるようにルッソへも向けてから、また口を開く。右の顔面半分を覆う、大きな火傷……。
「祈師こそ死ぬべきだったのに、そんな奴の『ご慈悲』なんて。ゴミもいいところだ」
 彼の言葉に、男たちが鼻白む。ルッソも息を飲んだ。彼は続ける。
「祈師は神じゃない。あいつこそ祟り神だ。あいつさえいなければよかったんだ」
 捨て台詞を吐いて、彼は自らの食事代だろう金を机に叩きつけて店を出て行った。その背が扉のむこうに消えたあと、ミュシャが恐る恐る呟いた。「……なあに? あの人」
 ルッソはいまだ軽く揺れる入口の鈴に目をやる。カラカラという小さな音が、すっかり強張ってしまった店内で滑稽に響いていた。
 
 ミュシャと一緒に帰り着いた家は、相変わらず母の部屋にだけ明かりが灯っている。
 すっかり陽が落ちて真っ暗なので、ルッソは真っ先に明かりをつけ、それから母の食事を作りに台所へと消えたミュシャを見ながら、母の部屋へ向かった。
 母は「おかえりなさい」とルッソに声をかけ、「今日はどうだった?」と尋ねた。
「うん……、レストランのメシ、最高にうまかったよ。今度、母さんも一緒に行こう」
 目に焼きついた、右の顔面を覆うあの火傷の痕を無理やり頭から追い出し、ルッソは母に微笑んだ。
 母は寝台のふちに座って、ルッソを手招きする。
「うん、行けたらいいわね。三人で行けたら、ミュシャも喜んでくれるかしら」
「そりゃあそうさ! きっと、飛び跳ねて喜ぶよ」
 ——だから、早く元気になってくれよな
 言いかけた言葉を飲み込む。医師に「君の母親は、もう余命幾ばくもないだろう」と宣告されたばかりのルッソには、母にそう声をかける勇気はなく、そっと拳を握った。
 頭の芯がすぅと静まっていき、癖になった笑顔が、したくもないのに浮かぶ。
「ミュシャがいま、母さんにご馳走を作ってくれてるはずだよ。今日は母さんも一緒にお祝いしてほしいって言ってたからさ」
「ご馳走なんていいのよ、あなたたちだけで楽しんでくれたら、私は嬉しいのに」
「そう言うなよ、母さんはしっかり精をつけないとさ、だめだって」
 心はちっとも笑っていないのに、勝手にニコニコと頬を緩めている自分を、ルッソはどこか遠いものに感じていた。
 母の背に張り付いているうす気味悪い死の影を、どうしても直視できないくせに、ありありと感じてしまうのだ。
 出来上がった飯を届けにきたミュシャと入れ違いに自室へと戻り、ルッソは大きなため息をついた。
 ——祈師様
 ルッソがその現人神の名を心中で呼ぶたび、彼の心にもういない父の顔が浮かぶ。
 父は死んだ。母と同じ病を患ってだった。
 父が死んだのも、母が病を患ったのも、アマリア教——教会が聖戦に敗れ、祈師が幽閉されたと風の噂に聞いた後のことだった。ルッソには、どうしてもその三つの事柄が、繋がっているように思えてならない。
 祈師様が幽閉されたから。だから父が死に、母が病んだのだ。祈師様が聖堂からいなくなったから……、自分たちのような民のために、祈ってくれなくなったから……
「祈師様、俺たちを救ってください……」
 呟き、膝を抱え込む。
 「祈師様、俺たちを救ってください」と、彼は何度口にしただろう。祈師が王城に幽閉される前はよかった。祈ればなんだって叶えてもらえる、と思えるほど、ルッソも幸せだった。
 しかし、この数年はどうだろう。祈師が聖堂からいなくなってからは、ルッソにとって不幸の連続だった。
 父が死に、相次いで母も同じ病にかかり、ルッソは学校を辞めた。自分も働き手になるのだと身を乗り出す妹をいさめ、子供ながらに大工となってしごかれた。なんとか稼いだ銭も、あぶく銭と変わらないような額だった。それでも、親切な隣人や顔なじみの医師の好意に支えられ、ルッソたち家族は生きてきた。
 母と妹には苦労をさせまいとして、ルッソは泥水をすするような思いをしてきたのである。
 ルッソはここ最近、自分自身の精神に避けようのない限界を感じていた。だからといって、すべてを投げ出すわけにはいかず、だが相談できる人がいるわけではない。
 逃げられない袋小路にじわじわと追いつめられるような恐れを、ルッソはいつも感じていた。子供らしく自由にできている妹や、寝ている母を恨むこともできず、ルッソのそのべったりした暗い気持ちは、どこへ持って行きようもないのである。
 祈師様さえ、自分たちを救ってくれるなら。祈師様がいれば。祈師様が昔のように、また聖堂で我ら民のことを祈ってくれるなら……、そんな夢想を何度しただろう。
 そんなルッソの思いもむなしく、祈師は今頃、王城の暗いひと隅に追いやられているのだ。
 ——祈師こそ祟り神だ。あいつさえいなければ……
 大きな火傷の痕が浮かぶと共に、あの静かな声が聞こえた気がした。ルッソは拳で地面を叩き、「そんなことはない、祈師様がいないといけないんだ。そうじゃなきゃ」とうわ言のように言って、歯を食いしばる。
 「祈師様がいないと……」と何度声に出しても、その祈りが叶うことはきっとない。

 その夜も、ルッソは自分を守るように丸まって布団に入った。この家の夜は隙間風で冷える。
 天井裏でねずみが暴れている音を聞きながら目を閉じ、ただ時が過ぎるのを待っていた。カタカタと風で窓が震えている。
 うまく寝付けず、体をさすりながら布団を出る。こういう風に眠れない夜は決まって、ルッソは母の様子を確認しにいく。
 今夜も母の部屋を覗いて、ルッソは息を飲んだ。
「……母さんっ!?」
 ルッソの切羽詰まった大声で、ミュシャも「どうしたの!?」と飛び起きてきた。
 ルッソはぐったりと腕を投げ出した母を揺するようにして「母さん、母さんっ!!」と呼び掛け続けている。
 母の顔は月明かりに照らされて真っ白に見えた。ハッとして「先生を呼んでくる!」と、ルッソは慌てて飛び出した。その兄の様子に、ミュシャもようやく、母の容体が急変したことを知ったようだった。
 母の手を握って、その冷たさに驚く。呼吸していないようにも見える——ミュシャの脳裏に「死」という文字が浮かぶ。
 「大丈夫、きっと大丈夫」と彼女は心の中で何度も唱えながら、ルッソが医者を連れてくるまでの間中、母の手を強く握っていたのだった。
 
 母は、森の中に埋葬されることになった。金がないルッソはひとりで母を埋めるのを覚悟していたが、隣人やかかりつけの医師の好意によって、ひとりでなにもかも行うことはしなくて済んだ。
 墓石もなにもない場所に、掘り返され埋められた土がこんもり盛り上がっている。ルッソとミュシャはその場に立ちすくんで、じっとその土の盛り上がりを見つめていた。
 辺りには花が咲き誇っている。花畑を選んだのは、ミュシャの「母さん、花が好きだったから」というひと言が決め手だった。
 しんとした森には冷たい風が吹いており、ルッソはこの静けさすら自身の運命を呪っている恐ろしい何かに思えた。
 朝の光が射しこむ木々の合間から、いつも通りなはずの鳥のさえずりが、今日はなんだか物悲しく聞こえてくる。母の墓を見ながら思ったのは、「これから大丈夫だろうか。ミュシャも俺も、このまま不幸に流されて、野垂れ死んでしまうんじゃないか……」というはっきりとした不安だった。
 兄妹に訪れた二度目の近しい者の死は、彼らの心をためらいもなくズタズタに引き裂いたのだった。
 ぼんやりと盛り上がった土を眺めているルッソに、ミュシャが「兄さん」と声をかけた。
「帰ろう」
 ミュシャの声も虚ろだ。ルッソは首を振り、ゆっくりその場を後にした。
 ここに母が眠っているなんて、ルッソには信んじられなかった。
 
 家に帰っても、母の姿はどこにもない。
 空になったベッドにうずくまっていると、だんだんと母がいない事実がのしかかってきた。
 ルッソはぼんやりと母の部屋の窓から外を見た。いつの間にか昼になっている。
 「ミュシャは学校に行ったんだったか?」と考えて、そんないつもの事すら把握していない自分に苦笑が漏れた。
 ハアア、と深いため息をつき、膝を抱きかかえる。こうやって縮こまっているうちに、幼い頃に時が戻らないだろうかとふと思う。あの頃は幸せだった。父もいたし、自分は苦労を知らずにいた。「たった数年で、こうも現状が変わるなんて……」とルッソは抱いた膝に頭を寄せる。
 
 昼すぎに、ルッソは母が世話になった医師に会いに行った。その医師は父のときも面倒をみてくれたので、ルッソの落ち込んだ顔を見てすぐに温かな牛乳を用意してくれたが、ルッソはそれを丁寧に断った。
 「自分だけが飲むわけにいかないし、それはミュシャが来たら、あいつにあげてやって下さい」と言うルッソに、医者は悲しいような、なにかを考えるような、難しい顔をした。
「なにかあったら声をかけなさい。大人の力が必要なときもあるだろう。君は背負いすぎるから」
 医者の言葉に「ありがとうございます」と力なく笑うルッソを見つめ、医者はもう一度、「いいか、背負いすぎてはいけないよ。なにかあったら頼るんだ。いいね」と今度はルッソの肩に手を添えて、力強く言い聞かせたが、ルッソにその言葉は決して響かなかった。
 「はい、はい」と頷くばかりのルッソに、医者は心配そうな目をしている。父も母も亡くし、これからまた妹を支えていかねばならないルッソの気持ちが、なんとなくわかるのだろうか。
「ミュシャちゃんは、学校に行ったのかい?」
「あ……、はい。多分、そうだと思います」
「多分?」
「ああ、気付いたらもう、ミュシャは家にいなかったので」
 ルッソの話に、医者は「そうかい」とうなずいた。ルッソが周囲の様子にも気づかず、部屋の片隅でうずくまっていたのが、目に浮かぶようだったらしい。
 ルッソはそうして彼とすこし話しながら、すっかり帰りたいと思えなくなった我が家のことを思っていた。
「なんだ、誰か死んだみたいな顔をしているな」
 静寂の中、抑揚のない声にルッソは顔を上げた。一度見ただけで目に焼き付いていた大きな火傷。自分と同じくらいの背丈、黒い髪、ただれた皮膚の下から覗く暗い灰色の目。
 昨日のレストランで祈師を否定したあの青年の姿に、ルッソは一瞬自分が夢を見ているのかと思った。
「どうした、友人でも死んだか。犬か猫か? それとも親?」
 口がきけない様子で自分を見つめているルッソの顔を、彼は覗き込んだ。口調の端々に、こちらを挑発するようなものを感じる。
「よかったなぁ。ぬるま湯育ちのお坊ちゃんのようだし、それくらい刺激があったほうが男があがるよ。おめでとう」
 彼は目を細め、拍手する振りをしてみせた。彼の口からトゲのある言葉がすらすらと出てくるのを、ルッソは茫然と聞く。
「そういえば、お前、あのくそまずいレストランにいただろう。あれは……恋人ではなく妹かな……、誕生日おめでとうだかなんとか言っていたようだったが、今度はお前が誕生日だな。男として生まれ変わった日だ、これを祝わないと損だぞ。そういえば、死んだのは誰だ? その様子からして犬猫ではなさそうだが、もしかして親か? それなら滑稽だなぁ……、幸せなお坊ちゃんが生まれ変わる瞬間を見ることができて、俺は幸せ者かもしれないな。なぁ、どう思う?」
 彼がペラペラと一人でしゃべっているのを、医者が「おい、ラージ! いい加減にしろ!!」とその背中をぶん殴って止めた。「いてっ」と叩かれた衝撃に腰を曲げ、背中をさすりながら、ラージと呼ばれた彼が医者を見る。
「いくらなんでも言いすぎだ。もっと人の心を考えろ!」
「人の心ねェ」
「そうだ、お前は本当に……。悪者ぶったっていいことなんてないだろ」
「悪者ぶったつもりはないよ、俺は思ったことを素直に言っているだけだ」
「あの」
 二人の喧嘩を割って、ルッソがラージに声をかけた。
「俺をぶん殴ってくれませんか」
「え? あ、おいっ……」
 医者が驚いた瞬間、ラージの手がためらいもなくルッソの頬をひっぱたいた。ルッソは動かず、目だけラージに向けて「ありがとうございました。俺、もう帰ります」
 ふらふらと病院を出ていくルッソを、医者が追いかけてくる。
「おい、ルッソ、大丈夫か。どうしたんだ!? あいつにはもっと強く言っておくよ、いったい何を考えているんだ、君も……」
「いいんです。……殴られて、ちょっとすっきりしました。俺も仕事に行かないといけないのに、こんなところでサボっていたら、ミュシャが明日食う分に困ってしまいます」
「ルッソ」
「先生、ありがとうございました。俺、もっと頑張ります。頑張って、ミュシャが卒業するまでは、せめて……」
 一瞬、目が揺らぐ。ルッソはまばたきをしてそれを掻き消し、満面の笑みをしてみせた。
「大丈夫です。俺よりも、ミュシャをどうにかしてやんないと。あいつ、きっと落ち込んでるから」