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小料理屋の悲劇 #3

*この物語は、『新潟市中央区オステオパシー(整体)』の施術者が創作したフィクションです

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#2までの登場人物
杉田昇(すぎたのぼる):交番勤務の警察官
上川光希(かみかわみつき):交番勤務の警察官で、以前は県警の捜査一課にいた
織部涼介(おりべりょうすけ):県警捜査一課の刑事で警部
宇野凛々子(うのりりこ):上川と顔見知りだった女子大生
江藤芽衣(えとうめい):宇野と同大学・同サークルで、殺人事件が起きた小料理屋『癒し安らぎ』のアルバイト
牧野さおり(まきのさおり):『癒し安らぎ』の女将で事件の被害者
高坂仁(こうさかじん):牧野の内縁の夫で、コンビニ強盗の前科がある
田部正人(たべまさと):事件の夜、『癒し安らぎ』に最後まで残っていた客

上川は織部に、今晩中に宇野、高坂、田部に会いたいと申し出た。織部はこの事件の捜査をしている刑事であるため、熱心な上川の申し出を、断る理由がなかった。一方、私は上川の見張り役とはいえ、彼が事件を解決しようがしまいが特に関係はないため、正直に言えば早く帰りたかった。だが、そう言い出せる雰囲気ではなかった。

3人とも重要参考人であり、いきなり訪ねた方が得られるものが大きいかもしれないという判断で、それぞれの自宅に直接向かうことになった。まずは『癒し安らぎ』からもっとも近い、高坂の自宅だった。それはすなわち、被害者・牧野の自宅でもあった。9階建ての古いマンションで、騒音の大きいエレベーターに乗り、私たちは7階に住む高坂を訪ねた。チャイムを鳴らすと、家にいた彼が玄関ドアを開けてくれた。

また警察かと思ったのか、高坂は一瞬嫌な顔をしたように見えた。だが、その後は普通に話をしてくれた。犯罪者には、過度に人に気を遣う人間が少なくない。そういう人間は、自分の感情を押し殺し続け、やがてそれが暴発して犯罪を犯してしまうのかもしれない。もの静かで、暗い男だった。背は高めでがっしりした体格で、顔や手は日焼けして黒かった。白髪交じりの短い髪は縮れており、おそらく天然パーマだろう。

玄関の前で、私たちは彼と話をした。主に上川が聞き手で、事件の夜のことや、犯人の心当たりなど、おそらくそれまでにも刑事が尋ねたであろうスタンダードな質問を、彼は手短にしていた。だが、それが済むと、彼はちょっと変わったことを言い出した。

「すいません、お店にあって、事件後こちらに持ち帰った物を、ちょっと見せてもらえませんか?」

「え……」意外なほど長く沈黙してから、高坂はそれに答えた。小さな声だった。「事件後に店から持ち帰った物なんて、ないですよ?」

「いや……、あるはずなんですが」妙に自信ありげに、上川は言った。「あの、これはあくまで任意で、でも高坂さんさえよろしければぜひお願いしたいのですが……、家の中を、ちょっと見せてもらえませんか?」

「え、いや……、それは、ちょっと……」

「家宅捜索みたいに、あれこれひっかき回す気なんてもちろんありません。任意で家に上げてもらったのにそんなことをしたら、我々の首が飛びます。ですから、もしご心配でしたら、私たちの様子を動画で撮っておいていただいてもけっこうです。いかがですか?何もやましいことがなければ、ご協力していただけるんじゃないかと思うんですけど……」

少々脅しているような上川の申し出に、高坂はしばらく考え込んだ。しかし結局、「わかりました……、どうぞ」と言って我々を中に通してくれた。

玄関を入ってすぐのところがダイニングキッチンになっていて、4人がけのテーブルと椅子が置かれていた。そのダイニングキッチンから、奥の部屋二つと、風呂、トイレが直接通じていて、廊下のない家だった。上川は高坂に許可を求めながら、各所を見て回っていた。高坂は、上川の言うとおりに動画を撮影するようなことはしていなかった。

「あの……、店から手提げ金庫を持ち帰ったはずなんですが……」上川がぼそりと言った。

「あ、ああ……!」高坂は、何かを思い出したように声を出した。「そのことだったんですね、店から持ち帰った物って!はい、あります、あります!」

二つの部屋のうちの一つに大きめのデスクが置かれていて、その上にノートパソコンとプリンター、財布や鍵などを入れる小物入れ、そして上川が指摘した手提げ金庫があった。無造作に、鍵が差し込まれたままだった。高坂はそれを手に取り、見やすいようにテーブルの手前側に移動させ、開錠して中を見せて言った。「どうぞ、見てください」

「ありがとうございます」と礼を言い、上川はそれを調べ始めた。各種の紙幣と貨幣がそろっていたが、五円玉と一円玉はなかった。一応、それぞれの紙幣と貨幣に手を触れていたが、すぐに上川はそこから手を離し、再び礼を言った。「ありがとうございました」

その後、上川は高坂の許可を得ながら、室内のいろいろな場所を見て回っていた。ただし、『癒し安らぎ』店内を調べていた時と比べると、短時間で、あっけなくそれは終わってしまった。

最後に上川が言った。「突然申し訳ありませんでした。そしてご協力ありがとうございました。おそらく、近々犯人を逮捕できると思います」

私も織部も高坂も驚いていたが、すぐに上川は立ち去ってしまった。

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