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小料理屋の悲劇 #2

*この物語は、『新潟市中央区オステオパシー(整体)』の施術者が創作したフィクションです

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#1までの登場人物
杉田昇(すぎたのぼる):交番勤務の警察官
上川光希(かみかわみつき):交番勤務の警察官で、以前は県警の捜査一課にいた
宇野凛々子(うのりりこ):上川と顔見知りだった女子大生
江藤芽衣(えとうめい):宇野と同大学・同サークルで、殺人事件が起きた小料理屋『癒し安らぎ』のアルバイト

勤務を終えたその日の夕方、私と、一度自宅で休み再び交番で合流した上川は、織部涼介(おりべりょうすけ)の運転する警察車両に乗せてもらい、事件現場である小料理屋『癒し安らぎ』へ向かった。上川は、県警でこの事件の捜査に関わっている織部と連絡を取り、事件の情報を求め、その代わりに自分も事件解決に協力すると申し出たようだった。上川は制服を一度脱ぎ、カジュアルな私服で現れた。織部はスーツ、私は制服のままだった。

織部は県警の警察官で、刑事部捜査一課の刑事だった。彼は上川と捜査一課で一緒に仕事をしたことがあり、上川のことを高く評価しているようだ。彼が、私たちの勤務する交番に上川を訪ねてくるところを、私も何度か目撃している。背が高く筋肉質で厚みのある体型で、眼鏡をかけ、白髪で灰色になった髪を真ん中あたりから分けている。私たちより一回り以上年上で、県警勤務で、階級も警部であるため、私はいつも彼の前では委縮してしまう。しかし上川は、言葉遣いこそ敬語だが、特に上下関係を気にしていないような言動を取り、織部もそれを気にしていない様子だった。

運転しながら、織部は事件について話し始めた。「被害者・牧野さおり(まきのさおり)の死亡推定時刻は、一昨日の午後11時半から昨日の午前0時半で、直接の死因は、店内にあった包丁で腰や背中を何度も刺されたことによる。時系列順に説明すると、午後11時を過ぎた頃に、最後に残っていた一人客・田部正人(たべまさと)が店を出た。これは本人がそう証言しているし、バイトの江藤芽衣もそう証言している。そして江藤の証言によれば、彼女は11時までということで雇われているので、その後すぐに帰るよう、牧野に言われたそうだ。後片付けなどが残っていたが、11時を過ぎたら帰るように言われるのはいつものことで、その時も彼女はそう言われて、すぐ家に帰ったそうだ」

織部は続けた。「ところが、牧野と一緒に暮らす内縁の夫である高坂仁(こうさかじん)によれば、0時半になっても牧野は家に帰ってこなかったらしい。基本的に彼女はいつも、閉店が11時なので、0時前には帰宅していたそうだ。そして遅くなる場合でも連絡があるのに、その日は0時過ぎても連絡がなかった。だから高坂から連絡したんだけど、返事もなかった。結局、0時半を過ぎても彼女が帰ってこないので、何かあったと思った高坂は、店に向かった。すると、そこで刺された彼女を見つけ、すぐに救急車を呼んで警察に通報した。そして数分後に救急車が着くころには、残念ながら牧野は息を引き取っていた。この経緯は一応、スマホの履歴、救急、警察、すべてでウラが取れている」

「高坂たちの家から『癒し安らぎ』までは、どれくらいかかるんですか?」上川が質問した。

「坂中通沿いにあるマンションなので、歩いて十数分というところだ。ただ、そのときの高坂は、晴れていたので自転車で店に向かったらしい。自転車なら7、8分くらいだな」

「ジュウサンは、バイトの江藤と、最後のお客の田部なんですか?」上川が尋ねた。ジュウサンとは重要参考人のことで、被疑者扱いはまだできないけれど、その可能性が十分にあると思われる人間のことだ。

「高坂もだ」

「え?どうしてですか?」

「江藤の証言が本当ならば、現場である『癒し安らぎ』には、11時過ぎから0時半過ぎまでの1時間半、牧野しかいなかったことになる。うち、死亡推定時刻が11時半から0時半だ。だから、高坂の証言が嘘で、その間に彼が『癒し安らぎ』に向かっていれば、彼にも犯行は可能だ。スマホでの連絡も、返信がないことをわかっていながら、自作自演したのかもしれない。それに──」

「それに?」

「彼には前がある」前とは、前科のことだ。「彼はコンビニ強盗をして、2年前に出所している。その後、牧野と知り合い、一緒に暮らし始めたそうだ」

「強盗ですか……」上川は困ったふうな顔をしていた。

『癒し安らぎ』の周辺は、バー、クラブなども含めて、お酒を提供する飲食店が軒を連ねていた。高いビルもあるが、低い建物が多く並んでいる。そして多くの建物が古く、新しい建物はあまりない。歴史ある料亭などもこの近辺にある。この時間帯なので、各店のネオンが灯り始め、目当ての店に足を運ぶ客が現れ始めていた。

『癒し安らぎ』は裏通りに面しているため、車を店の前に止めることは不可能だった。表通りに車を止め、2分ほど歩いて、私たちは『癒し安らぎ』の店内に入った。店の周囲には警察によって立ち入り禁止のテープが貼られていて、それをまたぎ、織部が鍵を開け、私たちは引き戸を開けて店内に入った。

カウンター席だけの小さな店内は、調理器具や食器など設備も備品も事件発生前とおそらく何ら変わっておらず、今日これからまた営業をすると言われてもおかしくはない状況だと、私は思った。ただし、店を切り盛りする人間がもういない、ということを除いて……。

店内に入ると、上川がいろいろなところを見て回っていた。その観察は非常に細かく、時間も想像以上に長く、私はじれったい気分になった。彼はその最中に、何度か織部に質問した。

「ここに包丁があったと思うんですけど……、それが犯行に使われたんですか?」

「そうだ」

「指紋は?」

「一応、ふき取られていた。ふき取ったものは、持ち帰ったんだと思う」

「店内の包丁で刺したということは、突発的な犯行である確率が高そうですね」

「そうだろうなあ……」

彼は、カウンターの内側に備えられた棚の上を指差して、こんなことも言った。「ここ……、今は何もないですけど、日焼けとか微妙な汚れの付き方が違うので、ここに何か、同じ物がずっとあったと思うんですが、わかりませんか?」

織部は歩いてそこに近づき、答えた。「ああ、そこは……、手提げ金庫だ。ずっと、手提げ金庫が置かれてたらしい。釣銭をそこに用意して、会計をしてたみたいだ。そう大きな額じゃないが、一応現金なので、今は高坂が持ち帰ってるはずだ」

「そうですか……。じゃあ、こっちは?」上川は今度は、その正反対の場所を指差した。壁に沿ってラックがあり、その各棚板の上にはそれぞれ、オーブンレンジや根菜を入れている箱などが置かれていたが、一部余っているスペースがあった。確かに、そこに何かが置いてあってもおかしくはないと、私も思った。「ここも、今は何もないんですけど、何か同じ物が置いてあった痕跡があるんです。ここに何があったか、わかりませんか?」

「んん……?」織部は顔をしかめた。「わからないな……。重要か?それは」

「そうかもしれません、まだわかりませんけど」

「そうか……、じゃあ、確認してみるから、わかったら教えるよ」

「お願いします」

『癒し安らぎ』を出ると、空は完全に暗くなっていた。結局上川は、店内を1時間以上調べていた。しかし成果があったようで、機嫌が良さそうに帰りの車に乗り込んだ。その様子に気づいたのか気づいていないのかはわからないが、車を運転しながら、織部が言った。

「何か収穫はあったか?」

「まだわかりません、でも糸口は掴めたと思います」

「おお、それは、すごい!何なんだ?それは」

「すべてわかったら、言いますよ」

「もったいぶるなよ」

「名探偵は最後までじらして、読者を引っ張るんです」

「何だよ、それは」織部は眉間にしわを寄せた。

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