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スタートアップM&Aの規模化と質の向上、事例から考察(その7)「買収手法の多様化〜SPAC編〜」

スタートアップM&Aの規模化と質の向上について、前回は、事例から考察(その6)「買収手法の多様化〜株式交換・株式交付編〜」にて、その意義や考え方、事例を記事にしました。

今回は、スタートアップM&Aならではの目線で、近年の「買収手法の多様化」について、以下のうち、SPACについて事例などから考察してみます。

SPACはM&Aという手段を用いるため、スタートアップにとっては支配権が動くスタートアップM&Aという性質がありつつ、IPOを実現するための手段、という位置付けです。

①ステップアップ買収(2段階EXIT)
②アーンアウト
③スイングバイIPO
④株式交換
⑤株式交付
⑥SPAC

スタートアップM&Aにおける買収手法の多様化を議論する意義としては、どの手法においても、専門家としての法務・財務・税務のテクニカルな視点も重要ですが、買収後の事業成長への工夫、という視点が上位概念としては重要であり、SPACにおいてもこの視点は重要です。

⑥ SPAC

まずSPACを通じた上場について考えてみます。現状では、日本では検討段階のため、実務上は日本のスタートアップにとっては、米国上場の手段の一つとしての検討が多いです。

SPAC(Special Purpose Acquisition Company,特別買収目的会社)とは,それ自体は特定の事業を持たず,未公開会社等を買収することのみを目的として上場する会社です。

SPACは,上場時にはどの会社を買収するかは不明なので白地手形を指す「ブランク・チェック・カンパニー(blank check company)」と呼ばれることもあります。

SPACは上場後に適切な買収対象となる企業を見つけその企業と合併します。合併後は,事業を営む被買収企業が存続会社となり上場を継続します。SPACによる上場は被買収会社にとって、企業価値評価の柔軟性(SPACとの相対交渉)、資金調達金額の柔軟性(IPOの増資は企業価値の2割以下などが多いが、それを超える設定も可能)、上場準備期間が短縮化される、といった複数のメリットがあります。

投資家は,SPACに投資する時点では,事業会社となる将来の被買収企業の業績を判断することができません。投資家はSPACのスポンサーと呼ばれる創業者の専門性や手腕を信頼することによって,投資することとなります。

(参照:日本証券経済研究所、日本経済新聞社、千葉功太郎氏インタビュー等)

日本のスタートアップの事例としては、ホバーバイク開発のA.L.I.テクノロジーズが話題になりました。

2022年9月に、米国に設立した親会社が米ナスダック市場に上場する特別買収目的会社(SPAC)「ポノ・キャピタル」(元コロプラ副社長で個人投資家の千葉功太郎氏が社外取締役)と統合すると発表し、米証券取引委員会(SEC)の届け出などを経て2023年3月頃までに手続きを完了する計画とのことでした。

実現すれば、日本のスタートアップがSPACを通じて上場を目指す最初の事例になりそうですし、想定時価総額は日本円換算で800億~1000億円規模、200億円強の資金調達を見込んでいるとのことで規模感もあり、期待したいでした。

残念ながら、2023年9月時点では、A.L.I.テクノロジーズは約200億円強の資金調達に失敗して2億円しか資金調達できず、苦境に立たされているとの記事や動画が公開されています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC088P30Y3A800C2000000/

日本ではグロース・ステージ以降で大型投資できるディープテックVCが少ないため、日本のスタートアップの成功事例が出て欲しいところですが、前途多難な状況です。挑戦は重要ですが、今後は、先達が直面した課題を踏まえ、試すことありきではなく緻密な計算・条件設計により是々非々で他の手段と比較しながら、乗り越えて成功していく事例を期待したいところです。

他の事例としては、日本企業ではマネックスグループ子会社のコインチェックが2022年内にSPACによるナスダック上場を目指すと明らかにしています。(2022年8月3日、MONEX GROUP IR資料)

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コインチェックといえば、アーンアウトの事例としても(その4)で言及しました。元々は、MONEX GROUPがアーンアウトを駆使して買収し、今はスイングバイIPO(その5)を、SPAC(本記事)という手法を使って実現しようとしている、という点では、複数のスタートアップM&A手法を組み合わせながら事業成長を続け、さらなる成長を目指しています。

なお、米国でのSPACは、2003年からある手法ですが、過去に起きた問題や最近の栄枯盛衰については下記ご参考です。

ご参考 
〜 米国でのSPACの栄枯盛衰 〜

米国において、2021年のアメリカの新規上場会社数は,前年比の2倍の約1,000件となり、その過半を超える613件がSPAC上場であり、全体の件数増加に最も大きく寄与しました。

2020年4月に合併を終了したドラフト・キングス(DKNG)は、オンライン・カジノ業界で最も有名なSPACであり、成功事例として注目されました。

また、米国の投資家保護として、1株あたり10ドルが保証されるようになったことで、過去の投資家の利益を無視した事例に対する懸念に一定の歯止めがかかったようです。SPACは米国には2003年からある手法ですが、以前は、スポンサーが投資家に資本をすべて還元しないことがあり資本が逆流してSPACが何度も繰り返されたり、取引に費用をかけないなど、投資家のためにならないことをするスポンサーもいました。

そうした成功事例や投資家保護の強化に加え、新型コロナ感染症に伴う量的緩和による資金が投資先を求めてSPACに向かい、ブームが加速した背景があります。

2021年3月までのSPAC件数の急拡大が4月になり急減したのは,SEC(米国証券取引委員会)が、SPACの個人投資家に対し、スポンサーが著名人であることを理由に投資することの危険性を警告し、SPACおよび被買収企業に対しては,規制強化を開始した影響が大きいようです。

なお、余談ですが、日本でも筆者が2009年頃にVC在籍時、東証の方針で上場が難しい分野や事業モデルと噂されている日本の会社が、海外市場でBackdoor Listing (裏口上場)を予定しているからプレIPO投資しませんか?という提案を受け、裏口上場の確度の高さをアピールする入念なピッチデックを渡されたりしました。

いずれも、上場確度以前に日本での業界内での風評が良くない会社であったためお断りしましたが、ストラクチャーとしてはほぼ今日でいうSPACと近いものだったと記憶しています。また、2010年頃に筆者の前職VCが韓国でのSPAC活用に取り組むと発表したことがあり、韓国オフィスのメンバーと韓国のSPACのターゲットのDDなどを議論したこともありました。

こうした経験から、SPACのコンセプトと事例自体は昔からあるので懐かしいと感じつつも、米国を中心に上場審査の抜け道を揶揄されてしまうような悪用事例が起きる度に規制や投資家保護が強化されて進化しており、国内VCの多くがシリーズB以降等のグロース・ステージ以降の大型投資を敬遠しがちな日本のディープテックのスタートアップなどにとって飛躍のための選択肢の一つになる可能性もあり、今後の取り組み事例にも注目です。

今回は以上です。

▶︎株式会社ファイナンス・プロデュース

「社会を変える事業を創るためのファイナンスをプロデュースする。」というミッションのもと、ドリームインキュベータから新規事業カーブアウト・MBO(マネジメント・バイアウト)を実行して誕生した、スタートアップ起業家専門の投資銀行事業を行う会社です。

特に、日本のスタートアップ業界のボトルネックとも言える、" スタートアップM&Aの規模化と質の向上 "を中核テーマとして、主にシリーズB以降等のグロース・ステージのスタートアップ起業家側のセルサイドFA(Financial Adviser)としてのM&A助言や、大型IPOに向けた資本政策・資金調達の助言事業を展開しております。

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