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【短編】いっしょにごはん、たべたくない
わたしは、ご飯が大好きだ。
作るのも、食べるのも、大好きだ。
書店でレシピ本を眺めてる時の気持ちはふわふわで、スーパーで買い物をしている時はわくわくで、台所で包丁を握っている際にはどきどきする。
味付けの瞬間は、ちちんぷいぷいの時間だ。
魔法の杖を振って、自分の脳味噌を取り出す作業を夢中にやる。
塩、こしょう、醤油、みりん、酒、めんつゆ……。
濃い目の味付け、薄目の味付け。
入れすぎ、足りなさすぎ。
計量スプーンできっちりはかる派か、目分量でどばどば入れる派か。
……全ての作業にその人の個性が丸見えだ。
普段のその人の考え方が、まるっと見えている。
だから、ちちんぷいぷいの、脳味噌を取り出す魔法の時間になるのだ。
わたしは、ご飯が大好きだ。
作るのも、食べるのも、大好きだ。
他の人とご飯を作るのも、その人のちちんぷいぷいを見るのも、その人の料理を食べるのも、逆にわたしのちちんぷいぷいを見てもらうのも、わたしの料理を食べてもらうのも……全部好き。
好き、好き、大好き! 本当に好き。
だからこそ……。
うちの家族とは、一緒にご飯を、食べたくない。
***
家の晩御飯は、わたしが作る。
これは、わたしが小学六年生になってからの習慣だ。
この習慣は、わたしが高校生になった今でも変わっていない。
今日も今日とて、わたしはお気に入りのレシピ本をぺらぺらめくって料理を選ぶ。
ぱらら、とページがめくれる度に、紙の匂いが舞う。
わたしの脳内には、野菜の皮膚の香りが舞っている。
何を作ろうかな。
どうしようかな。
三回ほど頭を巡らしたあと、わたしはあっさりレシピを決めた。
今日の晩御飯は、トマト卵スープ(えのき入り)と高菜丼にすることにした。
… … …
レシピが決まれば、スーパーに行ってすぱすぱ材料をかごに入れていく。
トマト卵スープ(えのき入り)を作るので。
トマト、卵、えのきを買う。鶏がらスープの素は台所に収まっているので買う必要はなし。
高菜丼を作るので。
高菜一袋(小さめのやつ)、豚のひき肉(大体の量で)を買う。調味料は台所に収まっているので買う必要はなし。
かごに材料を入れたなら、一旦その場に立ち止まって携帯を取り出す。
携帯に入れてる電卓のアプリを開いて、ポチポチ、計算をする。
うん。あらかじめ渡された食費は超えていない。
食費は、居間のテーブルに置かれている。
今朝も、「これ食費」というメモと一緒にテーブルの上に千円札が座っていた。
共働きの両親は、朝からいない。
お兄ちゃんは大学で一生懸命勉強しているので、やっぱりいない。
お姉ちゃんは、部屋から出てこない。
自由に動き回れるのは、わたししかいない。
… … …
家に帰ってきたら、まずは手洗いうがいだ。
爪の先まで、石鹸で丁寧にごしごし洗うのが大切。
ここから料理は始まっているのだ。
まずは、鍋に水を入れる。
大体の水分を鍋に入れ、コンロにかちゃりと腰かけさせる。
そして、……ボッ、と火をつける。
鍋の中に、鶏がらスープの素をぱらぱら入れる。
一応、計量スプーンではかって入れる。
どんな料理も、言われた通りが一番美味しい(持論)。
……で、ここまでやったら次の作業。
どうせ鍋の中身が沸騰するのはまだ先だから。
この間に、わたしはお米をぴちょんぴちょと洗ってセットする。
お米の洗い方にも、色々工夫できるとは聞くけれど。
最初はミネラルウォーターで洗うんだとか、洗ったあとは30分程置いておくのだとか。
どのやり方も否定する気はない。だって、その人の素敵な脳味噌のお話だもの。
でも、わたしは、お米は「美味しくなりますように」と丸い気持ちで願いながら洗えば、勝手に米粒がふっくら炊き上がるのを知っている(持論、科学的根拠は一切なし)ので、今後もそのように炊くつもりだ。
そして、そんなことをうだうだ考えつつ炊飯器をいじっている間に。
鍋がコトコト震え出した。
ここから、どんどん、進めていこう。
まずは、(洗ってある)トマトを、とてっ・ととてっ・てっ・てっ、と一口サイズに切る。
そして鍋に入れる。
次に、(洗ってある)えのきを、とっ・ととっ・とっ、とざっくり切る。
同じく鍋に入れる。
具を入れたら、ひと煮立ちするまでそのまんまだ。
で、鍋の隣のコンロにそろそろとフライパンを置く。
高菜丼を作るのだ。
手順は単純。そして、リズミカルだ。
①豚のひき肉、炒めます。じゅわわのわ。
②次に高菜を、袋ごと、丸ごといれます。どたどたと。
③最後は味を調えます。てろてろりん。
この③までの歌を、フライパンの上でじゅうじゅう鳴らせば完成だ。
ちなみに、調味料の分量は、教科書通りレシピ通り。
高菜丼が完成する際には、鍋もすっかりひと煮立ちしている。
ここで冷蔵庫に手を伸ばし、卵を三個ほど手に取る。
卵を割って、ぐるぐる、混ぜて。
きれいな黄色がとろん、と溶けたら……鍋の上でふうわり回す。
回し入れたら、箸をゆっくり巡らせる。
そうすれば、溶けた黄色が立体的な帯になって踊り出す。
ぴ、ぴ、ぴい、ぴいぴい、ぴ。
ここで炊飯器がぴゃあぴゃあ鳴いた。
炊けたんですけど、と鳴いた。
コンロの火を止め、わたしは小さく息をつく。
――今日の晩御飯、……ちゃんと完成しました。
… … …
熱いご飯が、大きい器にお引越し。
その上に、フライパンで炒めた高菜そぼろも越してくる。
汁椀にはスープをさらさら招き入れる。
それを、三人分、用意する。
お兄ちゃん・お姉ちゃん・わたしの、三人分だ。
お父さんとお母さんはまだまだ帰ってくる時間ではないから、三人分で十分なのだ。
こんこん、こんこん、こんここん。
お箸も器も、全部きれいに並べる。
ついでにコップも置いておこう。
冷えた麦茶がたっぷり入った……そういうコップも置いておこう。
わたし、この瞬間が一番好きだ。
茶色い細長い木の机の上に、わふわふっとした湯気が立った料理が並ぶ。
この瞬間が、一番わくわくするし、美しいと思う。
だから……いっそこのまま、机をひっくり返したら完璧になるんじゃないかって、お家の中だと余計に思う。
でも、そうは言ってられないので。
覚悟を決めて、わたしは大きな声で呼ぶ。
……お兄ちゃんとお姉ちゃんを、この声で呼ぶ。
「ご飯できたよ」
わたしの声がして、数分経ってから……家の奥の、二つの部屋がガタガタ鳴り出す。
最初に台所に姿を現すのは、お兄ちゃん。
携帯と本を片手に、どすどす歩いて、席につく。
お兄ちゃんは勉強が大好きだから、本をいつも読みながらご飯を食べるのだ。携帯で情報収集しながら、ご飯を食べるのだ。
次に姿を現すのは、お姉ちゃん。
お姉ちゃんは、顔を天井に思いっきり向けながら、ぴょんぴょん歩いて、席につく。
お姉ちゃんの唇はひくひく動いていて、どうやら誰かと話しているみたい。
いつからかお姉ちゃんは、自分の部屋に引きこもって見えない誰かとのお話に夢中になるようになった。
二人が、一応、席につく。
二人は、なんにも、言おうとしない。
わたしは黙って手を合わせて、小さく言った。
「いただきます」
そうしたら、そこから先は騒音だ。
だって、お姉ちゃんの食べ方がうるさいから。
顔を上に向けたまま、口にご飯を無理やり詰めるから、ご飯粒もその上の具材もぴょんぴょんどこかへ飛んで行ってしまうのだ。スープもうまく飲めなくて、ぼたぼたと机に散っていく。
「あっちゃあ、あっちゃあ、あちゃちゃあっ!!!」
お姉ちゃんの素っ頓狂な声が、甲高く、食卓に響き渡る。
その声があんまりうるさいので、私は、箸に触れることもできずにその場に姿勢正しく座っていた。
お兄ちゃんもお兄ちゃんで、何も周囲に関心を示さない。
口いっぱいにご飯を放り込み、上の空で本をめくり続けている。口の端からぼろぼろ物がこぼれていても、構わずぼんやり食べ続けている。
その食べ方があんまり汚いので、私は、箸に触れることもできずにその場に姿勢正しく座っていた。
二人とも、三分ほどでご飯を全てたいらげた。
そして二人は無言で席を立ち、さっさと自分の部屋へと引き上げていった。
お兄ちゃんは、本と携帯を交互に眺めながら、お姉ちゃんは、上を向きながら大きなげっぷをしていた。
当然のように、空になった汚い食器はそのまんまだった。
流し台に食器を置くことすら、してくれなかった。
わたしは、ただただ黙ってその場に姿勢正しく座っていた。
黙っていないと、吐いてしまいそうだった。
胃液をどばどば吐き出してしまいそうだった。
***
わたしは、ご飯が大好きだ。
作るのも、食べるのも、大好きだ。
書店でレシピ本を眺めてる時の気持ちはふわふわで、スーパーで買い物をしている時はわくわくで、台所で包丁を握っている際にはどきどきする。
味付けの瞬間は、ちちんぷいぷいの時間だ。
魔法の杖を振って、自分の脳味噌を取り出す作業を夢中にやる。
塩、こしょう、醤油、みりん、酒、めんつゆ……。
濃い目の味付け、薄目の味付け。
入れすぎ、足りなさすぎ。
スプーンできっちりはかる派か、目分量でどばどば入れる派か。
……全ての作業にその人の個性が丸見えだ。
普段のその人の考え方が、まるっと見えている。
だから、ちちんぷいぷいの、脳味噌を取り出す魔法の時間になるのだ。
わたしは、ご飯が大好きだ。
作るのも、食べるのも、大好きだ。
他の人とご飯を作るのも、その人のちちんぷいぷいを見るのも、その人の料理を食べるのも、逆にわたしのちちんぷいぷいを見てもらうのも、わたしの料理を食べてもらうのも……全部好き。
好き、好き、大好き! 本当に好き。
だからこそ……。
うちの家族とは、一緒にご飯を、食べたくない。
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