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文トレDAY90 ある半生1から10

ある半生を書き始めて約2カ月、現在60話。過去の記事がわかりずらいので簡単なあらずしとリンクをつけました。

お時間ある人は寄り道してください。

1-高校から大学

高校卒業し社会人になり友人の影響で夜学で大学に通い、クラブ活動までする。この時のモチベーションは友人を仮想ライバルとして見立てることだった。

2-アルバイトと新天地

大学生活を満喫するために会社を辞める。アルバイトは一つでも多くのことを体験したいそんな気持ちからアルバイトをしまくる。お金の為ではなかった。スキーツアーのアルバイトで知り合いになったMさんの仕事っぷりに惚れ営業職に応募する。

3-OA機器販売の会社

念願のOA会社に就職、長い研修期間の末、大阪営業所に配属され2カ月が経過したとき、寝耳に水の辞令でプログラマーに配属命令がでた。30秒後に辞めると言う。

4-営業会社(倒産)

アルバイト時代にお世話になった企画会社に訪問し、そこで営業の仕事をすることになる。インターネットがなかった時代情報端末機の存在すら人々に認知される以前の状態であった。営業は難航し、その会社は倒産する。

5-小学生とスピーカー事件

「倒産」から私の小学生時代の追憶になる。大阪市西成で親父が営んでいた会社の2階と3階が住居だった。そのころから電気には異常な興味があった。中古のテレビから外したスピーカーを弄んでいるうちにそれが元で大事件が起こる。

6-高校時代 倒産+夜逃げ

西成の家は近く小学校の拡張工事のため立ち退きとなり、一家は東住吉区に
引っ越す。豪華な家に住むことになるがその幸福はな長くは続かなかった。親父の会社が倒産し、一家は夜逃げ。

7-夜逃げの後

渡部の家は強かった。夜逃げのあとも精神的に落ち込むことなく狭いながらも楽しく生活を営む。それは、両親の気遣いだった。特に母の底力はすごい。数年後、堺の中古住宅を購入する。

8- 映像制作会社

営業会社倒産後、映像制作の会社に就職する。このころから「映像」には興味があった。クリエイティブな仕事に携わるにつれ、営業職に就きたいという気持ちはいつの間にかなくなっていた。

9- 転職・転職・天職

26歳にして職歴は4社になっていた。もう後がない。営業会社のツテで大阪の千里にあるディスコの照明設備を設計施工する会社に就職する。照明との出会いは運命との出会いだったのか・・・

10-痛い話(泥水帳)を書こう。(付録)

痛い失敗を繰り返さないために、私の経験を見せることでこれから現場にいく人たちがひどい失敗をしないためになにができるか書いてみました。






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