ふわふわっ、もっちり釜あげ蕎麦がき

友人との初詣は、鼠にちなんだ神社に決めた。
気合を入れて早朝集合、理由は参拝前のモーニング。7時半からやっているというお蕎麦屋さんを目指し、まだ閑散とした朝の街を歩く。途中見かけた喫茶店のモーニング、炊き立てご飯のおにぎりセット、ハムエッグのトーストプレートなどにも目移りしつつ、古い住宅街をしばらく進む。藤蔓がびっしり絡んだ商店、緑青のふいた看板建築、時代が息づく街並みの一角にお店の入り口が隠れていた。趣ある細い路地はうっかり行き過ぎてしまったくらいひっそりしていて、目印は小さな暖簾だけ。私道なのでは、とドキドキしながら飛び石を行くと、ふわっと蕎麦つゆのにおいが不安を期待に変えてくれた。カララ、引き戸を開けるといらっしゃい、と優しい声に出迎えられた。

店内はダウンライトが照らす古民家調の落ち着いた雰囲気で、入ってすぐに蕎麦打ちのショーウィンドーが見え、手前に小さなカウンターが突き出している。その特等席には常連と思しきご老人が二人、仲良く熱燗のとっくりを挟んで語らっていた。朝からちょいと蕎麦で一杯、だなんて粋すぎる。近所のご隠居さんなんだろうか。
カウンターの後ろは切り株のテーブルセットが二席、左奥には下足棚、そして店の真ん中は大きな一枚板を渡したテーブルが三つ並んだ座敷席。テーブルが低いのか天井が高いのか、見通しが良くゆったり広々として見える。どうぞあちらへ、と座敷を案内されていそいそと畳に上がり込む。相席でもよろしいですかと聞かれたけれど、何しろ一枚のテーブルが6人掛けくらいの大きさだもの、相席という感覚は薄い。

さて、田舎蕎麦、更科蕎麦、悩んだ末に頼んだのは私が更科の鴨せいろ、友人が釜あげの蕎麦がき。先ほど見かけた徳利のことがちらりと頭をよぎったけれど、参拝前だとぐっと我慢。熱々の蕎麦茶を啜るとほっと気持ちがゆるんでいった。暖冬とはいえ朝は冷える。香ばしい香りとまろやかな甘み、ぐうと腹の虫が騒ぎだす。

それにしても、蕎麦がきとはずいぶんツウな注文だ。

蕎麦好きだったかしらと聞いてみると、以前食べたものが美味しかったのだと教えてくれた。蕎麦がき、私もむか~し食べたことがあるはずだけれどよく覚えていない。確か蕎麦湯の中でぽつんと丸まっていて、触感がねっとりしてたかなぁ、という記憶だけ。甘味屋さんにはあんみつやお汁粉と並んで蕎麦がきのぜんざいが定番だけど、馴染みがないせいか食指は動かされてこなかった。

お待たせしました~、先に運ばれてきたのはその蕎麦がき。すり鉢にふるふるの薄鼠色の蕎麦がき、薬味は大根おろしに醤油、塩、焼き海苔が添えられた。お湯に浸かっていない剥き出しの蕎麦がきは配膳の振動にふるふると揺れている。どうぞ、と取り皿を私の分までいただいたので、ではではと味見させてもらうことにした。

箸を入れるとすくっと割れて、最後にみょいんと軽く伸びた。おや?こんなに柔らかいものだったかな。塩をぱらりとひとつまみして、いざ。
食べるなり蕎麦がきのイメージが一変した。ほのかに温かく、ふわふわで、滑らかで、控えめなモチッとした弾力。まるでつきたてのお餅のよう。
ふわふわだね、二人して感嘆の声を上げながらも意識は味覚に総動員。お餅のようだけど、お米のような粘り気はない。歯ではなく上顎と舌で食べられるくらい柔らかい。きめ細かい粒子感をかすかに感じる舌触り、さりげない穀物の甘み、飲みこんだ後の上品な蕎麦の香り。
香りは本当に繊細で、海苔で巻いてちょっとお醤油をつけたらもう完全に磯辺焼きだった。蕎麦がきのモチモチふわふわ、海苔のパリパリ感、醤油の塩気と香りは三位一体、相性抜群。でもちょっと調和しすぎている気もする。もう一口、とひとさじもらい、再び塩で。うん、やっぱり、塩が一番香りを引き立てるな。

蕎麦がきに舌鼓を打っていると、きたきた、きました、私の鴨せいろ。
キリッと角の立つ細い麺を、まずは何もつけずにそのままで。お蕎麦屋さんの蕎麦は麺単独でも美味しいからすごい。ちゅる、すそそっ・・・たぐって噛みしめると小気味よい弾力が歯を押し返す。冷たく締めた麺をぐっぐっと噛んでいくとほのかな甘みと香りが広がっていく。野暮かもしれないけれど喉越しよりじっくり噛みたい派だ。
つくづく、蕎麦打ちってすごい技術だと感心する。食べ比べてみると同じ蕎麦とはとても思えない。

さて次は鴨汁につけ、・・・熱ッ!!大ぶりな蕎麦猪口を持ち上げようとして熱さに怯む。かなり厚手の蕎麦猪口なのに、汁が熱々且つたっぷり入っているせいでとても素手では持ち上げられない。ならばとちょっと顔を近づけて、ちょんちょん、す、す、ずずっ。

おお・・・!
冷たい麺が熱いつけ汁をまとわせて、つるるるっ・・・と滑りこんでくる。汁は甘さ控えめでやや味が濃く、鴨の出汁が出てコク深い。ずるるる……っ。たっぷり入った三ツ葉ごとたぐると、シャキシャキ!と爽やかな風味が加わってまた美味しい。別添えの白髪ねぎも早々に投入。汁で軽く煮えたところで鴨肉に添えてぱくり。こちらのお店はしっかり火を通してあって、奥歯で噛みしめるとじわじわうまみが染み出てくる。最近鴨肉はしっとりレア感あるタイプが主流なようだけど、こういうのもいいものだなぁ。

ややっ、嬉しいことにつくねも入っていた。箸で割って一口、これはふわふわであっさりした味わい。ひき肉からじわりと透明な肉汁がにじむ。この感動をぜひ、と鴨せいろを友人にもおすそ分け。美味しい、と目を輝かせて蕎麦をたぐる友人に得意げに鴨肉も勧める。つくね、つくねも食べてみて。びっくりするよ、美味しいよ。

美味しい、をこうやってシェアするのも楽しい。はふはふと熱々を保つつけ汁と格闘する姿を見守りつつ蕎麦茶を一口。ほぅ、香ばしさが体を軽やかに駆け抜ける。

はぁ~。蕎麦がきもせいろもすっかり平らげて、もちろんつけ汁は蕎麦湯で割って堪能して。二人して満腹満足、汗をかくほど指先まで温まった。

なんて上々のすべり出しだろう。

この後うきうきとお参りし、美味しい出会いがありますように、と願って引いたおみくじでなんと大吉を引き当てた。

美味しく、楽しく、また一年。