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アリオルトルとマルコス

 昔ギリシャのある地方にアリオルトルとマルコスという哲学者がいた。二人は共に同じ家に住み、同じ石の両面に互いの著作を書いていたが、とある旅の賢人が二人の噂を聞きつけたのかその二人の書いた石板を見て興味を持って尋ねたという。表の石板の字は上手いが哲学が陳腐だ。逆に裏の石板は字は下手だが哲学は深遠だ。これはあなたたちがどちらを書いたのかね?

 この問いにアリオルトルは私が裏の石板を書いたと答えた。いやぁ、私は昔から筆不精でそれで字が一向に上手くならないんですよと。するとマルコスが憤然としてこう答えた。何を言っているアリオルトル。貴様は達筆だと自慢していたではないか。賢人、この男のホラに騙されてはなりませぬ。その下手な字は私のものです。

 二人の答えを聞いて賢人は腕を組んで考え込んだ。アリオルトルとマルコスは賢人を凝視して彼が口を開くのを待った。そうしてしばらくしてついに賢人が口を開いた。

「いやぁ、どうやらあなた方は私を賢人か何かと勘違いなされているようだ。私は賢人じゃなくてただの旅の商人です。でも多少哲学を齧っているのでこうして哲学者の皆さんを回って石板を買っているんですよ。さっきあなたたちの石板について感想を申し上げましたが、それで相談があるんです。私はさる貴族の方に字がうまくて立派な文章を書いておられる哲学者の石板を集めているのです。だからお二人方のどちらかの字でもう人方の立派な文章を書いてもらいたいのです」

 これは貧乏哲学者の二人にとって思いがけぬ幸運であった。哲学者たるものお金に寝コロンビア してはならぬと師匠のソクラテスや兄弟子のプラトンは言った。だが二人はお金が欲しかった。出来れば独り占めで。

 アリオルトルとマルコスはゆでたまごになることは出来なかった。卵が先か鶏が先かなんて命題より自分の金と名声が欲しかったのである。二人はそれぞれ商人の前で自己アピールを始めた。私は絶対に字が上手くなって見せるから私の石板を買ってくれ。私はもっと立派な哲学を書くから私の石板を買ってくれ。しかし商人は呆れて二人にこう言って別れを告げた。

「いや、他の哲学者あたりますんでいいです」

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