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ウサギと亀

 天才とは滅多に現れるものではない。百年に一人出ればいい方である。今天才を自称している人間はおめでたい事に自分が凡才である事に気づいていないか、また自分が凡才である事を隠して天才を気取っているだけだ。自分に才能がある。そう信じるだけなら確かに容易い。そう人に語って騙すこともまた容易い。だが本物の才能を手に入れるには努力では不可能だ。しかしたった一つだけ才能を手に入れられる方法がある。

 今私はそれを実践しようとしている。皆さんはウサギと亀という有名な童話はご存知であろう。あれは芸術家の譬え話なのだ。天才がウサギで凡才が亀である。イソップはこの童話で天才への道は険しいと説いている。だから凡才の亀を選べ。それがイソップが童話で言わんとしたことなのだ。この童話は確かに凡庸な連中に勇気を与えた。才能なんかなくでもいい。ただ努力を重ねればいずれ大成するはずだ。凡庸な連中は凡庸らしく亀みたいにゆっくりと一歩ずつ足を踏み締めて歩いている。だが天才のウサギは違うのだ。階段を華麗にぴょんぴょん跳ねてあっという間にてっぺんまで登ってしまうのが天才なのだ。

 だから私は今ウサギになって必死に階段を跳ねている。足がすでにおかしくなっているが、これは天才にとって必要な苦行だ。みよ、バカな亀どもお前らがのっしのっしとのろく……ってもう先に進みすぎじゃねぇか!何故そんなに早く歩く!お前らは亀なんだから俺の後ろについてあるけ!俺は天才のウサギなんだぞ!しかし彼らは天才の私の言うことを聞かず階段を上りきり、今は私の到着を待っている。私はこの有り様を見て一瞬自分も普通に歩こうかと考えた。しかし私はお前は天才だろ!あんな凡才連中の真似をするなと自分に気合いを入れた。

「頑張れヨォ〜」などと凡才連中のバカな声が聞こえる中、私は足に果てしなき力を込めて汗をまき散らしながら、汗まみれの足を果てしなく震わせた軽やかなジャンプで一段ずつ階段を跳ねていった。

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