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偏食症のマリア

 レストランの向かいのマリアはディナーを食べるどころか、そばにあるナイフとフォークを触ろうともせずずっと僕を見つめていた。僕は不思議に思ってマリアに尋ねた。
「なんで料理を食べないんだい?早く食べないと料理が冷めちゃうよ」
 するとマリアは微笑を浮かべたまま僕を見つめて笑いながらこう言った。
「ゴメンね。せっかく誘ってくれたのに……。私偏食症なんだ。だから食べられないの」
「偏食症なのか。こっちこそゴメン。君の食べられるものを聞いておくべきだったよ。でも偏食は良くないよ。なんでも食べられるようにしなきゃ、体だって健康にならないよ」
「ゴメンね。ホントに」
 マリアはそう言って笑った。僕はそんな彼女を愛しく思った。長く友達だった彼女がプライベートの部分まで喋ってくれたのは初めてだった。もしかしたら今夜……。そういえばさっきからマリアはずっと僕を見ている。やはり彼女は誘いをかけているのかもしれない。僕は再び彼女に向かって言った。
「ところで君の好きな食べ物ってなに?言ってくれたらすぐにオーダーするよ。それがこの店になかったら、他の店を探すさ」
「ありがとう……。でも私の好きなものは目の前にあるの」
 そう言うなりマリアはフォークを取り出し目の前の太いソーセージを突き刺したのだ。刺した瞬間ソーセージの先端から肉汁がピュッと飛び出した。そしてナイフでソーセージまるで愛撫するかのようになぞり、僕を潤んだ目で見つめ顔を真っ赤にして照れ笑いしながらこう言ったのだ。
「私が今いちばん食べたいのは、あ・な・た・なの!」
「えっ⁉︎」
 僕は思わず息を飲み込んだ。こんな女性からの大胆な告白をされたことなど初めてだったのだ。僕はマリアからの告白を即座に受け入れた。そしてさっさと勘定を済ませると彼女を抱きながら店を飛び出した。
 マリアは自分のマンションに行こうと言った。「そこであなたをゆっくり味わいたいわ」そう彼女は僕の体を撫で回しながら囁きかけてきた。僕はもう爆発しそうだった。だからマリアがマンションの部屋を開けるなり僕は彼女を抱きしめ押し倒そうとした。しかし彼女息を吹きかけながら「ちょっと待って準備ってものがあるじゃない」と僕を押しとどめ、僕にシャワーを浴びるように言った。
 シャワーを浴びながらたしかに焦り過ぎだ。女性はデリケートなんだもっと紳士的に振る舞わないとと反省しているとバスルームのドアがカチャリと開いた。僕は彼女も一緒にシャワー浴びに来たのかと笑いながら振り向いたが、そこにいたのは斧を持ったコックの格好をしたマリアだったのだ。僕はなんかの冗談だと思い、彼女に向かっていたずらはやめろと叫んだが彼女は涎をボトボトタイルに流しながら獣のように絶叫してこう叫んだ。

「ぎゃあぎゃあ喚くな!もう逃げられはしないんだから!やっと食い扶持にありつけたわ!これであと一週間は持つわ!早くコイツをブッ殺して血抜きすれば極上のステーキにありつける!殺してやる!さっさと私のために肉の塊になりやがれ!」



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