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人情刑事~村雨孝蔵の事件簿

 事件のクライマックスはいつも崖での容疑者の弁明から始まる。今日も追い詰められた容疑者の男が崖で必死の形相で最後の弁明をはじめた。しかし捜査員はそんな男の嘘をたちどころに見破り逆に男を追い詰めていった。男は自らの罪がすべて白日の元に晒されたと観念して一緒に付いてきた愛する女を見つめると涙ながらに自供をはじめた。そして最後にこう叫ぶと号泣してそのまま地面に崩れ落ちてしまった。

「すべて私がしたことなんです!この人は全く関係ないんです!だからこの人だけはそっとしておいて下さい!」

 刑事は手錠を片手に男に近寄り最後に聞いた。

「今言ったことに間違いはないんですね。あなたがこの資産家50人連続殺人事件を起こしたことに間違い無いんですね?」

 そう聞かれた男はハッとした表情で女を見つめた。そして急におどおどしはじめ、手錠をかけようとする刑事に向かって口を開いた。

「あ……あの」

 その時だった。一人のうらぶれた初老の男が刑事たちの中から出てきたのだ。この男こそ村雨孝蔵、通称人情刑事と言われている男だ。この男の説得かかったらどんな悪人でも涙を流して懺悔すると言われている伝説の刑事だ。彼は男をじっと見つめた。そしてしみじみとした調子で容疑者の男に向かって言った。

「アンタ、そうやって意地貼るのも悪くないが、それは……」

 容疑者の男はゴクリとつばを飲んだ。やはり伝説の刑事村雨孝蔵は騙せない。大体この女がちょっとした事故で男を殺してしまったのとか言ってたからかばったのに。まさか50人も人殺ししている鬼畜だなんて思わなかった。いくら愛している女だからって50人も人殺している女なんてかばえるかよ!さあ刑事さん、言っておくれ。俺の自供が全部でたらめだって!そしてこの腐れ女をとっとと捕まえておくれ!

「……悪くないぜ。アンタ最後の最後に男を見せたな。そうやって自分の罪を素直に認めたってことは俺がちゃんと刑務執行官に言っておくよ。じゃあパトカーに乗ろうか」

 そう言い終わると村雨孝蔵は泣き叫ぶ容疑者の肩をそっと叩いた。それから犯人の連行を部下たちに任ると、彼はめでたく殺人容疑が晴れた女の肩を抱いてさっさと崖から立ち去って行った。


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