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行列ができるとんかつ屋

 東京のとある繁華街に古ぼけたとんかつ屋がある。その店の外観はありふれたとんかつ屋であるが、夕方の開店前になると決まって行列が出来ていた。店も近所に気を遣っているのか、店の戸や壁の至る所に行列のマナーの注意書きを貼っていた。ここまで読んだ方はこのとんかつ屋が超有名、あるいは隠れた名店的なものだと思うだろう。しかしこのとんかつ屋は一度もテレビや雑誌で紹介された事はなく、人からこの店のとんかつがうまいという話を一度も聞いた事はないのである。そんなとんかつ屋にどうして毎日人が詰めかけるのだろうか。私は前からこの現象に興味を持ち、一度とんかつ屋に行ってみようと思っていたが、なかなか機会がなく、また勇気もなかった。だが今日は思い切ってとんかつ屋に行くことにした。

 私は仕事を終えてまっすぐとんかつ屋に向かった。開店一時間前であるにもかかわらずすでに長い行列が出来ていた。しかし客は何故かみんな秋葉原にでもいそうな格好をしていて、あまりこのとんかつ屋には相応しくなかった。私はそれを見てもしかしたらこのとんかつ屋の店員が可愛いとかそんな理由できているのかと思った。なるほどそれだったら行列が並ぶのもわかる。行列に並んでいる連中は互いに一言も喋らずただ俯いて黙り込んでいた。たしかにこんな連中ばかりだったら貼り紙を貼りたくなるのもわかる。というわけで味のために行列が並んでいるのではない事は分かった。あとは店の中に入って店員の可愛さを確かめるだけだ。

 その時だった。行列の中から突然歓声が起こった。私は店員が出勤してきたのかと思ったが、どうやら違うようだ。行列の連中はスマホやカメラを手に何故か目の前の踏切を横切る電車を撮りだしたのである。私は思わぬ答えに唖然とした。

「かっけえなぁサザンクロス!やっぱりこのとんかつ屋からが一番見えるわ!」

「テメエらいつまで撮ってんだよ!俺と代われよ!」

 そう言って撮り鉄たちは争い事を始めた。私が唖然としていると撮り鉄たちは邪魔なんだよお前と私を突き飛ばした。だがその時店の店主らしきいかつい親父らしきこちらに駆け寄ってくると撮り鉄たちは一斉に逃げ出した。私はなんだかわからずにただ呆然としていたが、親父が私の元に来てこう言った。

「お前アイツらの仲間なんだろ?さっさと場所代払えよ!お前ら約束したよなぁ?ここで電車撮らせてやるから金払うって!なのに一度も金払らわねぇじゃねえか!今すぐ全員分払え!今までバックれた分払えよ!オラ負けに負けて二十万だ!」

「誤解ですよ。僕は連中とは関係ないです!ただあなたのお店のとんかつが食べたくて行列に並んでいただけですよ!」

「そんな嘘に誰が騙されるんだ!そんな嘘ついてバックれようとしたって無駄だ!」

「嘘じゃないですよ!大体こんなスーツ着た撮り鉄がいると思ってるんですか?」

「あくまで関係ねぇって言い張るのか。お前は撮り鉄じゃなくて純粋にとんかつ食べたくて店に来たってことでいいんだな?じゃあそれを証明するために二十万払って俺のとんかつ食べてみろよ!でなきゃ信用できねえ!」

「なんでそうなるんだ!僕はただの客だぞ!」

「テメエやっぱり撮り鉄じゃねえか!とんかつを食べにきたとか言って二十万ポッチも出せねえのか!」

「たから何でそうなるんだと聞いている!この店のとんかつは二十万もするのか!」

「バカヤロウ!俺はとんかつの値段みたいなどうでもいいことを聞いてんじゃねえ!お前の良心に聞いているんだよ!お前が撮り鉄じゃなくて本当にとんかつが好きでうちの店に来たんなら二十万ぐらい今すぐ払えるはずだ!二十万出せよ!したら最高のとんかつ作ってやるから!」

「アンタは人の良心をどうして金で見るんだ!」

「金ぐらいしか人の思いを計れるものがないからに決まっているじゃねえか!さぁ、俺のとんかつ食いたかったらキャッシュで二十万払え!」

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