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最期の授業

「これが先生の最後の授業よ。あとはあなたが大学に合格するのを祈るだけ。長いようでほんとに長い時間だったわ。私はあなたと過ごした時間は絶対に忘れないわ。人生の終わりにはきっとあなたの顔を思い出すわ。だってそれぐらいあなたとは深い時間を過ごしたんだもの」

「先生、俺今度こそ絶対合格するよ。もう二度とお袋を泣かせない。そして先生が俺のためにしてくれた事を絶対無駄にはしない。先生、今までホントにありがとう。出来の悪い生徒だったけど、俺、先生がいたからここまでやってこれたんだ」

 それから家庭教師と生徒は別れを惜しみさよならを告げたが、その時家庭教師が自分の杖はどこにいったか生徒に聞いた。生徒は笑いながら嫌だなぁ、先生杖持ってるじゃないかと指差しながら言い、それから先生ボケちゃったの?と冗談を言ったが、それを聞いた家庭教師は急に真顔になり、もう先生そういう歳なんだからそんな笑えない冗談はやめてと言った。続けて家庭教師はあなたもいずれ近いうちにこうなるんだから気をつけるのよ、と忠告した。さらに続けて、あなたの家もいつまでもお金があるわけじゃないし、寝たきりのお母さんのためにも今度こそ大学に合格するのよ。先生もう知力と体力が限界であなたの面倒見切れないの。だから家庭教師は今年で最後よ、と言って杖をつきながらゆっくり去って行った。生徒は寝たきりの母に水をやると、仏壇の父に向かって今年こそ大学に合格するからと誓った。

 それから二ヶ月が経ったある日の事である。家庭教師を引退して余生を送っていた彼女に孫が知らないおじいちゃんがおばあちゃんに会いたいって言ってるよ。と伝えてきた。彼女はまさかと思ったがそのまさかだった。老人は彼女は出るなり土下座してこう言った。

「恥ずかしながら50回目の大学受験に落ちてしまいました!先生もう一度僕の家庭教師になって下さい!お願いします!」

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