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天かす生姜醤油全部入りうどんの逆襲

 とある田舎の町外れの国道沿いにあるうどん屋で町の高校生二人が天かすにペロペロ行為をしていた。高校生のうちの一人は薬味コーナーの天かすにソースをぶっかけ、皆が使う匙で掬ってそのままパクつき、天かすを頬張りならお好み焼きみたいな味するとかほざき、さらには口の中に入れた天かすを吹いて戻していた。もう一人は囃し立てながらスマホでその高校生がソースをかけた天かすを頬張る様子を撮っていた。田舎には何もない。その何もない退屈さが時として若者バカものたちをこんな威力妨害行為に走らせる。二人はきっとスマホに撮った動画を後でSNSとかTikTokにでもあげるつもりでいたに違いない。だが彼らの目論見はその場で遮られた。彼らのあまりの狼藉ぶりを見かねた常連客の一人が警察に通報してしまったのだ。

 常連客たちは電話で警察に通報するとみんなで高校生二人を取り囲んで逃げられないようにした。二人はどけやコラ!と凄んだが、常連客は警察が来るまで少し待ってろと一喝した。しかし二人は大人しくなるどころか逆ギレして喚き出した。

「ああいいよお!大人四人で俺らにビビってお巡りさん呼んじゃうわけ?へぇーっ!ただちょっとやんちゃしただけでさぁ、将来ある高校生を犯罪者にしちゃうわけぇ?こんなもん犯罪でもねえだろうが!さっさとどけやジジイ!」

「一体なんの騒ぎだい」とさっきから奥で客の揉め事を見ていたこのうどん屋の店長が顔を出した。店長が顔を出すと常連客は高校生を指差して言った。

「オヤジ、このガキどもは天かすにソースかけて匙で掬ってそのまま食ってたんだ。だからさっき警察に通報したよ。多分もう少しで警察が来る。それまでこのガキは……」

「バカヤロウ!」

 強烈なオヤジの一喝だった。あまりの迫力に店内にいた人間は震え上がり、食器さえ音を立てた。

「お前ら店の揉め事でお巡りなんか呼ぶんじゃねえや!」

 オヤジに叱られた常連客は必死に説得を始めた。

「いや、こんな連中放っといたら困るのはアンタだぜ。コイツらはスマホで自分たちが天かす食ってるところを撮っていたんだぜ。オヤジはわかんねえだろうが、今はSNSってものがあってだな、そこでコイツらが天かす食ってるところを撮った動画が流れたらアンタの店は汚ねえとか、店はどうしてんだとかいろんな事書かれて、それが広まったら誰も客なんか来なくなって店が潰れるぞ!だからそうなる前に警察呼んだんじゃねえか!こういうガキは警察呼んで徹底的に懲らしめなきゃダメなんだよ!」

「なんだそのエスエヌエスとかいうナスが三つ並んだみてえなのは!お前らは俺のうどん屋がそんなわけのわからねえもんで潰れると思ってんのかい!店で起きた問題は店で解決するのが筋だろうが!」

「オヤジ、そんな甘い事言ってコイツらを見逃すとまたしでかすぞ!それでもいいのか?」

 高校生の二人はうどん屋の店長と客の言い争っているのにうんざりして店から出ようとした。

「あの、俺らもう帰りますわ。うどん代ここに置いとくからね」

 しかしその時出入り口から警官が二人現れた。高校生は警官を見て急に立ち止まり俯いた。警官の一人は高校生の顔を覗き込みあっと声を上げた。

「お前らまたやったのか!何回やれば気が済むんだ!」

 そして店長に向かって言った。

「コイツらは最近いろんな店でペロペロしまくってるんですよ。一週間前は町ラーメン屋、三日前はここの近所の寿司屋。きっとその前だってどっかでペロペロしてるに違いない!我々がコイツらの泣き落としに負けて始末書だけで済ませたのが悪かったのです。もう三度目はないぞ。今すぐ現行犯で逮捕してやる」

 警官はそう言って高校生の肩を掴んで店から連れ出そうとした。高校生はさっきと打って変わって泣きそうな顔で反省してるから逮捕だけはやめてくださいと懇願している。しかし警官は前にもそんな事言ってたよなと言い放ち無理矢理連れ出そうとした。しかしその時である。うどん屋の店長が警官に向かって言ったのだ。

「そのガキたちを連れてくのちょっと待ってくんねえか?」

 警官は店長の言葉に驚いて振り返った。

「確かにそのガキたちはどうしようもねえ悪たれだ。だけど逮捕なんかしたらガキたちの親も悲しむし何よりガキの将来がめちゃくちゃになる」

 この言葉を聞いて客たちは店長に言った。

「オヤジ、甘いこと言ってんじゃねえよ。さっき聞いただろ?このガキどもはしょっちゅうこんなことばっかりやっているんだ。オヤジが見逃したら別の店でまたおんなじこと繰り返す。もしかしたらやってる所を撮った動画がネットに流れて大惨事になるかもしれねえ。オヤジ、ガキたちのことが心配なのはわかるけど甘やかしちゃいけねえ」

「うるせえ、テメエら俺に口出すな!テメエらだって悪ガキだった頃は未成年のくせに店ん中でタバコふかして麻雀なんかしていたじゃねえか!それを忘れてそんな事が言えたもんだな!」

 だがここで警官が話に割って入ってきた。警官は店長と客たちを交互に見て言った。

「私たちはお客さんの言っていることの方が正しいと思っています。このような不法行為を放置したら大変なことになる。店長さんのこの情熱たちを思う気持ちはわかりますが、ですがこの少年たちはそんなお店の方の思いを散々踏み躙ってきたのです。だから逮捕して自分の犯した罪をわからせる以外に彼らを更生させる方法はありません。店長さんお願いします。二人を逮捕することに同意してください」

 店長は警官の言葉を聞くと俯いて考え込んだ。確かにこの悪ガキたちはいろんな店で悪さをしてきたに違いない。だけどまだ尻の青いガキだ。まだ悪に染まりきっちゃいねえ。店長は何かを決心したかのように頭を上げた。

「確かにお巡りさんの言いてえことはよくわかる。確かにガキを逮捕しなきゃ悪さを止めらられねえかもしれねえ。だけど俺にはガキを警察にしょっぴくなんて事は賛成できねえ。それで俺は考えたんだ。俺が今からこのガキどものためにうどん作ってやるから、ガキどもがそれを全部食えたら今日のことは忘れてやる。逆に残したらコイツらはアンタらの好きなようにすりゃいい。いいかいお巡りさん。コイツは俺の一生の頼みだ」

 この店長の凄みのある言葉に警官は思わず頷いてしまった。彼らは本来職務に従わなければいけない立場であったがそれでも店長の思いには逆らうことは出来なかった。

 店長は警官の同意を得ると早速厨房に入ってうどんを作り始めた。高校生はまさかの事態に喜んだ。逮捕されるどころかうどんまでご馳走してくれるとは。二人はペロペロ行為をしたおかげでうどんただ食いできてラッキーと思った。後で『うどんペロペロ行為したら何故かただうどん食えた』って感動動画作ろうと能天気に考えた。しかし高校生は出てきたうどんを見て青ざめた。目の前に出てきたのは天かすが山盛りに乗せられた生ゴミのような悍ましいうどんだったのである。ああ!罠だったのか!どうりで怪しいと思っていたが、やっぱりそうか!こんな不味さMAXのうどんなんか食えるわけないではないか。うどんに次郎どころじゃないほど山盛りに乗せられた天かす。その上にべったり乗っかっているヌメヌメと腐った匂いがしてきそうなほど光っている生姜。さらにその上からトグロ状に五回まわしでカラスの小便みたいにかけられている醤油。こんな口に入れたら即泡吹いて倒れそうなうどんなんか食えたもんじゃない。客も警官もこのうどんを見て青ざめた。まさかこんな食べたら食中毒になりそうなうどんを子供たちに食わせるなんて。いやこれは店長なりの子供たちへの説教だ。彼らは固唾を飲んで事態を見守った。

 二人の高校生は青ざめた表情でしばらくうどんを観ていたが、一人がこれを平らげたら逃げられるんだと叫びそのまま箸を天かすの山に突っ込んでうどんを取り出した。そして涙目でそれを口に入れた。途端高校生の表情が変わった。客と警官は表情の変化を見てまさか食あたりを起こしたのかと思ってスマホを取り出して救急車を呼ぼうとした。しかしその時である。うどんを食べた高校生は目をキラキラさせてこう叫んだのである。

「うめえ!こんなうどん今まで食った事ねえよ!」

 もう一人の高校生は友達がうどんのあまりの不味さに頭がおかしくなったと思った。だから彼は慌てて友達に向かって気を取り戻すよう呼びかけた。

「お前気違いうどん食って頭おかしくなったのか?正気に戻れよ!」

 だがうどんを食っていた高校生は目をキラキラさせながら友達に言うではないか。

「バカ何が気違いうどんだ!このうどん本当にうめえんだよ!なんだか懐かしいお袋の味がするんだよ!お前も食ってみろよ!」

 高校生は友達の言葉を聞いてあらためてうどんをみた。なんて気持ちの悪いうどんだろう。こんなもの食ったら間違いなくコイツみたいに頭がおかしくなる。だが助かるためにはこの気違いうどんを食うしかない。彼はヤケクソでどんぶりに箸を突っ込んだ。

 うどんを口に入れた途端彼は一瞬にして友達の言っている事が正しい事を理解した。確かに懐かしい。天かすは裸のうどんを包み込むタオルのようだった。生姜の刺激は母ちゃんのきつい拳骨だ。醤油の匂いは昆虫採集していたあの夏の真っ盛りを思わせた。うどんのように真っ白だった少年時代。思えば自分は生まれてからずっとうどんを食べてきた。親に連れられたはなまるうどんで初めてうどんを食べた幼少の頃。初めて自分でうどんを注文して食べた小学六年生の日。ああ!それなのになんで自分はこんな汚れた人間になったのだろう。

 彼はうどんの海底の底を探っているうちに自分が生まれる前の記憶が浮かんでくるのを感じた。両親が初めて出会ったのは丸亀製麺だった。両親は彼を種づけた夜、沢山うどんを食べていた。うどんの力が彼という人間を産んだと言っていい。うどんの記憶は更なる過去へと巡った。天かすが初めて日本に来た戦国時代。生姜が生まれた室町時代。醤油が日本に来た平安時代。そして空海が讃岐にうどんを持ってきたあの日。高校生はこの長すぎるうどんの歴史を見て自分がどれほど愚かな事をしたのか激しく悔いた。ああ!日本の歴史と共にあったうどんに俺はなんて愚かな事をしたのか!彼はうどんを食べ終わるとその場に泣き崩れた。すでにうどんを食べていたもう一人の高校生もまた号泣していた。二人は激しく泣きながら床に土下座して何度も店長に詫びた。客と警官はこの光景に呆気に取られた。まさかあのゴミみたいなうどんが悪タレどもをこうまで改心させるとは。

 店長は客と警官を見てお咎めはなしでいいだろと聞いた。客も警官もこの高校生の真からの謝罪を見て頷くしかなかった。店長はみんなが頷きを見て頭を下げると、屈んで土下座している高校生に声をかけた。

「お前らまたこの天かす生姜醤油うどん全部入りうどん食いに来いよ。次はちゃんと金払って食ってもらうからな。それと今度天かすになんかしたらお前らを一生天かすの山に閉じ込めてやるからな」

 高校生は涙に濡れた顔をあげてはいと大きな声で返事をした。




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