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三月に別れを告げて

ダメだね。どうしても君を見てしまう。もう諦めたつもりなのに、もう君を忘れると誓ったのに、君を見ると胸がいっぱいになってしまうんだ。ガラスの向こうで体を振り乱して笑う君。ねぇ、君はどうしてそんなに楽しそうなの?僕がこんなに君を想って泣いているのに、どうして君は僕に微笑んでくれないのさ。もう三月だって事はわかっている。三月が卒業と別れの月だって事ぐらい僕にはわかっているのさ。だけど一度だけ、せめて一度だけ僕の方を振り向いて微笑んで欲しい、それだけなんだ!だから聡子……!

そうして僕が動物病院の窓から聡子を見つめていると、例の飼い主が聡子を抱いて動物病院から飛び出してきて僕のところへやってきて大声で怒鳴ってきた。
「ちょっとあなた!また人の犬つけて何やってるんですか!いい加減にしてくださいよ!もう警察呼びますからね!」
「バカバカしい事を言いますねあなた!僕はあなたなんかに警察に訴えられることなんかしていませんよ!聡子が僕をストーカーで訴えるなら別ですけどね!大体あなたは僕と聡子について何を知っているというのですか?僕は子供の頃にダンボールの中で震えていた子犬の聡子を拾った。あなたなんかよりずっと前に聡子に出会っているんだ!そう、ホントだったらあなたのペットの聡子は僕と一緒にいるはずだったんだ!だけど僕の両親は何故か犬なんか飼えないと言い出した!この犬を飼ったらバカの息子がもっとバカになるとか訳のわからない事を言ったんだ!あなたにはわかるまい!手放さざるを得なかったペットに再会できた喜びを!聡子は本来僕のペットなんだから早く聡子を返せ!」
そう僕が女に聡子への思いの丈を述べると女はすっかり黙ってしまった。恐らく僕の聡子への想いの深さに気づかず、僕をストーカー呼ばわりした事を反省したのだろう。僕は女のバカさ加減を許し、女に、『君もいい加減聡子を諦めて他のベットを探すんだな』と微笑んだ。それから僕は聡子に言った。
「さぁ、行こうよ、僕たちのお家へ!」
と僕が聡子に微笑みながら手を差し出した瞬間だった。聡子は僕に飛びかかり、引っ掻いて、挙げ句の果てに倒れた僕の額に山盛りのウンコをしてきたのだ。そしてあまりの残酷な仕打ちに泣きじゃくる僕に小便をかけて、飼い主に引っ張られて三月に別れを告げるように去っていった。


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