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全身女優モエコ 第四部 第五回:モエコ十七歳

 電話で私がモエコがドラマの出演を承諾したと報告すると鶴亀は「せやろあの娘やったら絶対にやると思とったんや。これであの娘も人気ものになれる。見とれよ!今にみんな火山モエコ火山モエコと騒ぎ出すわ!」とえらく喜んだ。そして電話の終わりに私に向かってモエコを事務所に連れて来るように言った。

「ほなドラマの前にモエコ事務所に連れて来いや。あの娘とは最近会うてないしいろいろ話がしたいんや。明日や。ええな?」

 受話器を置くと私は台本を持って喜びのあまりバレエのように爪先でクルクルターンしているモエコを見た。本当にいいのだろうか。このままモエコをあのドラマに出演させていいのだろうか。17才の少女にあんな事をさせていいのだろうか。17才なんて青春真っ盛りじゃないか。なのにあんな汚れ役を自ら志願するなんて!真理子も喜びのあまりコマみたいにスピンしているモエコを複雑な顔で見ていた。モエコはそんな私たちの心配など気にも止めずただ喜びのままにスピンして床に穴を開けそうになってしまっていた。

「ああ!最高よ!モエコはまるでカモメにでもなったみたい!今、生きている!モエコは今、生きてるの!」

「モエコ!」と私は大声で彼女を呼んだ。すると彼女は今までにないくらいの天真爛漫な笑みで私に答えた。私はこの笑顔にもはやモエコを止める事は不可能だと完全に悟り、これからとてつもない苦痛を味わうであろう彼女を全力でサポートしようと決意した。私はモエコに言った。

「社長がお前に会いたいそうだ。実はな……今回のドラマの仕事を紹介してくれたのは社長なんだ」

「まぁ、鶴亀おぢいちゃんがモエコにこんなステキな役をモエコに紹介してくれたの?モエコおぢいちゃんになんてお礼を言ったらいいの?」

「じゃあ明日だな。しかし明日は真理子の仕事も入っているしどうしたもんか」

「私なら大丈夫よ。明日は台本の読み合わせだし、私一人でも大丈夫よ。猪狩さんモエちゃんについて行ってあげて」

 真理子が横から私にこう言った。私はその真剣な眼差しに彼女のモエコを託す強い思いを感じた。

 さてそれから私は彼女たちの部屋から出て自宅に帰ったのだが、私はやはり悩んでいた。今モエコは人生の分かれ道にいた。よく考えればそモエコは十七歳だ。そのまま高校に通っていれば受験するか否かを選択しなければならない時期だ。多くの高校生が人生の最初の岐路にたち思い悩む。この時のモエコもまた、同じ十七歳の女として天真爛漫に未来への希望を抱きなら女優への道を歩こうとしていた。だが私はそれでも彼女の選択を受け入れがたかった。モエコがただならぬ才能を持っている事は彼女を見た人間は一瞬で気づくだろう。だから今こんな形で注目される必要などないのだ。

 後から真理子に聞いた事だが、私が帰った後モエコは食事中も台本のセリフしか言わず、挙句に台本をフライパンで炒めて食べようとしたらしい。流石にそれは真理子も止めたが、モエコはそれでも台本を食べなきゃ本気の演技なんか出来ないわ!と言い張り、さらには「モエコは小学生の文化祭の時の『シンデレラ』の王子にも高校演劇大会の時の『カルメン』のホセにも台本を食べさせたのよ!自分の役を丸呑み出来なきゃ演じるなんて出来ないわ!」と喚いたそうである。なんだかんだで結局台本は炒められずにすみ、その後で二人ともシャワーに入って一緒に寝たのだが、その時真理子はモエコに対して改めて尋ねたそうだ。

「モエちゃん、最後に聞くけど本当に出るの?こんな事聞くのは今のモエちゃんにとって愚問かもしれないけど……今ならまだ引き返せるよ」

 しかし、モエコにはそんな問いは無意味であった。真理子によるとその時彼女は決然とした表情で彼女にこう言ったという。

「モエコはやると言ったらやるの。誰もモエコを止めるなんて出来ない!」


 翌朝、私はモエコを迎えに再びマンションに行ったのだが、ドアのベルを鳴らすなり部屋の中から派手な服を来たモエコが飛び出してきた。それから矢継ぎ早に話しだした。

「ああ!モエコどれほどこの時を待っていたでしょう!長かった、本当に長かった。女優を目指して東京に出てきてそれからの苦節二ヶ月。耐えに耐えてようやくまともなドラマに出られるんだわ!ああ!神様はやっぱりモエコを見放さなかった!当たり前だわ。こんな田舎の純真な美少女を世界が放って置くわけないもの。さあ連れて行って!このモエコを煌びやかなスポットライトの下へと連れて行って!」

「落ち着けバカ!今日は収録に行くんじゃないんだぞ!というよりまだ契約さえ決まっていないんだ!もしかしたら先方の都合でいきなりドタキャンてこともあるんだ。浮かれるのはもう少し後にしとけよ」

「なに?ドタキャン?あなた何よ、その女の子がすっ転んで痛くて思わず叫んだような言葉は!」

「けっ、ドタキャンの意味も知らないのかこの田舎者め!いいか?ドタキャンってのはな、土壇場でいきなり約束が取り消されるってことだよ!つまり先方の判断でお前のドラマの仕事もなくなるかもしれないってことだ!お前も芸能界に入るんだったら業界用語ぐらいは覚えろ!」

「やかましい!誰がモエコの仕事を取り上げるのよ!ドタキャンってそういう意味だったのね。よ~くわかったわ!その先方って変な名字の奴がそんなことしたら、そいつの所に乗り込んでボコボコにしてやるわ!」

「このど田舎モンが!お前は芸能界よりまず社会のルールを学べ!とにかくまず今日は事務所行って正式な契約書交わすんだから変なこと起こすんじゃないぞ!お前は何するかわからないんだからな!」

 その時ずっと黙って私とモエコのやり取りを見ていた真理子がしびれを切らしたかのようにこう言った。

「あの〜、二人とも。私もう時間だから出なくちゃいけないの」

 私は真理子の言葉を聞いてハッと思い出して慌てて彼女に声をかけた。

「あっもう時間か。すまんな真理子、一人で大丈夫か?モエコを社長の所に連れて行ったらそっちにも行こうか?」

「私はいいわ。今日はずっとモエちゃんについてあげて。大事な時なんだから」

 私は真理子に向かってわかったと相槌を打った。真理子はモエコに向かってガッツポーズをして彼女を励ましそして私に向かって念を押すようにこう言った。

「モエちゃんをお願いね。彼女にずっとついていてあげてね」

 それから真理子は玄関を開けて出て行った。


 事務所へと向かう車の中でモエコは熱に浮かされたように来たるドラマ撮影について喋りまくっていた。

「ああ!煌びやかな世界がモエコを待っているわ!モエコがスタジオに入るとカメラマンが一斉にフラッシュを浴びせるの。そしてリポーターがモエコにこう聞くのよ。『火山モエコさん、次のドラマの役について一言!』モエコは軽く笑みを浮かべてこう答えるのよ。『それはシークレットよ』ああ!もう待ちきれないわ!」

 私はこのモエコの誇大妄想ぶりに呆れ果てだが、運転中の今彼女を怒らせたら間違いなく大惨事になるので我慢して何も言わなかった。だが、いつのまにか我に返っていたモエコはいきなり私の持っていたハンドルを掴んできたのである。

「あなたいい加減チンタラ運転してんじゃないわよ!早くおぢいさんのとこに挨拶しなきゃ!全く泥臭いんだから!いいからモエコにハンドル貸しなさいよ!」

「やめろー!殺す気かぁー!」


 しかし、私たちはどうにか無事に事務所まで辿り着いた。人を轢き殺す寸前まで行ったが、奇跡的に誰も死ななかった。私は事務所の駐車場に車を止めた途端どっと疲れが押し寄せてその場に倒れ込んだ。しかしモエコはそんな私に眩しい笑顔でこう言うではないか。

「さぁ、早く鶴亀おぢいちゃんに会いましょ!ああ!モエコ晴れの舞台に上がる日が待ちきれないわ!」


 


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