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葬式

 葬儀場の喫煙所で着なれなさそうな喪服を着た男たちが亡き友人についてしみじみと語り合っていた。

「全く突然ってのは嫌なもんだよな。彼女からアイツ亡くなったって連絡来た時は信じられなかったよ。彼女自身が混乱してアイツが亡くなった。お願い、あなたたちも探してって泣きついてたぐらいなんだから」

「アイツ全く変わっちまってたな。病気があんなにも人を変えるなんて思わなかったよ。アイツの死に顔まるで爺さんみたいじゃねえか」

「そうだな。病気ってのはホント怖いよ。俺もゾッとしたぜ。これがまだ三十代のアイツだなんてさ。歯なんてまるでなかったし、白髪で顔中皺だらけなんてさ。そりゃ彼女だって混乱するよ。俺もそうだと思うけどお前ら混乱してるだろ?俺何故かネクタイを蝶々結びにして電車飛び乗ってたよ」

「そうだな、俺たち居ても立っても居られなくて、ろくに事情も聞かないで黒いスーツをとりあえず着て電車に乗ってここに帰ってきちまったんだから」

「彼女……やっぱり葬式来なかったな」

 仲間が発したこの言葉を聞いてみんな黙り込んだ。しばらくして再び友人たちは話始めた。

「まぁ、あの混乱ぶりじゃ葬式なんか来られないよ。彼女電話でずっとアイツを探してって喚いていたんだから」

 煙草の煙が空に浮かんでは消えてゆく。男たちはその煙を見て今火葬場で焼かれている友人を思った。アイツの体も今頃煙になっているんだろうな。久しぶりに帰ってきた故郷。なのにあいつはもういない。

 その時葬儀場のスタッフがこちらにやってきた。スタッフの立てる靴音は真夏の昼間に不快な冷気を吹かせた。葬儀場のスタッフは彼らを抜けて故人の親戚らしきものたちにもうすぐ火葬が終わるので控え室に戻るよう伝えた。親戚らしきものたちは沈痛な表情で控え室に戻った。故人の友人たちもその後に続いて控え室へと歩き出した。戻っている途中で故人の友人たちは空を見上げた。葬式の時よく急に雨が降ったり、雷が落ちたりすることがあるという。だけど今空はやたら澄み切っている。それを見て友人たちは故人がなんの蟠りもなくあの世に行ったのだなと思った。そうもう完全にあっちに行っちまったんだな。

 控え室に戻った故人の友人たちは亡き友人の家族や親戚と共にくつろいでいた。彼らは参列者の誰かが持ってきたお菓子をがっつり食べながら友人の思い出話に華を咲かせていたが、他の参列者はそんな彼らを怪訝な顔で見ていた。それを見て男たちは自分たちは来ない方がよかったのではないかと考えた。一緒に暮らしていた彼女も来ないし、周りはまるで知らない人だし、何度か会っている亡き友人のご両親の顔すら昔とまるで違うし、みんな自分たちを揃って怪訝な顔で見ているし。彼らは今更だが香典ぐらい用意しておけばと思った。そうしたらこの人たちの反応もいいものになっただろう。その時友人たちを怪訝な顔でジロジロ見ていた参列者の一人が彼らの元にやって来て尋ねた。

「あの、あなた方どちらさん?記帳ちゃんとしてる?」

 故人の友人たちはこれに対して慌てて参列したので申し訳ない。香典は自分たち今全員手持ちがPaypayしかないから出すことが出来ないが、自分たちの友人を悼む気持ちだけは受け取って欲しいと謝り、そして最後に声を揃えて僕らは亡き友人の親友ですと力強く友人の名前をあげて言った。

 それを聞いて控室にいた参列者たち一斉に立ち上がって男たちを取り囲んだ。参列者たちは互いに顔を見合わせ男達を睨みつけてこう言った。

「あの、もしかして誰かと勘違いされてません?ここはうちの亡くなった爺さんの葬式ですよ」

 これを聞いて男たちは驚きのあまり声を上げた。まさか他人?でも彼女ちゃんとアイツの名前あげていたし。彼女がいつも呼んでいるアイツのあだ名でアイツが亡くなった。今すぐに地元帰ってきてってさ。

 男たちはその場で彼女に電話をかけた。しばらく待った後で眠たそうな声で彼女がでて来た。男たちは電話に向かって今友人の葬式のために地元に帰って来てるんだけど、葬式はどこでやってるんだと聞いた。すると彼女は大きな声を上げて男たちに向かって言った。

「はぁ〜!なんでアイツが死んでるのよ!私はアイツが“い”なくなったからアンタたちの所にいないかって聞いたのよ!で、アンタたち人様の葬式に出てなにやってんのよ!まさか私の名前出してないよね?名前出されたら迷惑被るのは私なんだからね!あっそうだ。アイツ昨日帰って来たからもういいわ。それじゃ!」

 電話のツーツー音があたりに虚しく鳴り響いた。男たちは揃って食いかけのお菓子を参列者たちに差し出した。参列者たちはそれを見て思いっきり不快そうな顔をしてこう言った。

「で、この落とし前どうつけるんだ?うちの爺さんの葬式に勝手に参列して。アンタたちこのお菓子の他に弁当まで食ったよな?どうりで弁当が足らなかったわけだ。一応参列してるんだから香典はきっちり出してもらうぞ。後爺さんの葬式潰された我々一同に迷惑料も払ってもらうぞ。いいか!」

 男たちはそれを聞いて彼女と多分今頃その隣で熟睡しているであろう友人を恨み、心の中でこう思った。

 ホントに死んでればよかったのに!

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