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帰還

 帰還は必ずしも喜ばしく感動的なものばかりではない。中には悲しいほどに悲劇的なものもある。先日ダグラス・フェイバーは未だ争いが止まない中東から帰還した。ダグラスの帰還は世に驚きの目で迎えられた。ダグラスはニュースでテロリストの爆弾で木っ端微塵となって死亡したものだと言われていたからである。

 ダグラスは自分を追ってくるマスコミを撒いてボロボロのローカル線に乗った。もはや彼を追うマスコミは現れなかった。彼が軍服を着ていなかったからである。ダグラスはローカル線に乗っている間ずっと婚約者のシンディー・フェイバーのことを考えていた。ああ、シンディーとは三年ぶりか。彼女は僕を待っていてくれるだろうか。自分は彼女に会うためだけに生きていたような気がする。子供の頃からずっと見つめていたシンディー。僕の中にポリスの『見つめていたい』がずっと鳴っていたよ。夜通し君の家の前でスティングのモノマネで歌った見つめていたい。歌うたびに君はそんな下手くそな歌私の家の前で歌わないでってむくれていたね。だけどこれが僕の本当の気持ちなんだ。

 電車から降りたダグラスは急に胸の鼓動が高まるのを感じた。シンディー会いたいよ。今すぐに。駅を降りたダグラスは近くに泊まったタクシーに乗って緊張の面持ちで乗った。

 そしてダグラスはいよいよシンディーの家の前にだった。彼はポケットから紙を出して広げてみた。婚姻届だ。戦場で肌身離さず持っていた婚姻届はあちこちが破れ至る所にシミがついていた。だがそこに書かれたダグラスの筆跡は今書いたんじゃないかと思うぐらいに鮮やかだ。シンディーは僕は毎日この婚姻届の自分の名前をなぞっていたんだよ。毎日君へ永遠の愛を誓うために。

 ダグラスは静かにインターフォンを押した。するとドアの向こうからバタバタと足跡が聞こえてきてドアが開いた。

 前に現れたのは子供であった。子供はシンディーにそっくりであった。ダグラスは一瞬自分の子供かと思ったが、それが空い想像でしかないことは彼自身がよく知っていた。

 すると奥から子供を呼ぶ聞こえた。その声と同時に子供の母の、いやかつてのダグラスの婚約者であったシンディーが現れた。

 表に現れたシンディーはダグラスを見て止まった。ダグラスはシンディーと子供を交互に見て呟いた。

「この子は君の子かい?可愛い女の子だね。まるで君が子供になったようだ」

 二人の間に沈黙が訪れた。西武デパートの乾いた風が二人の間をすり抜ける。ダグラスは先程ポケットにしまった結婚届をまた出してシンディーの前に突きつけた。

「これ書いたんだけどもういらないね。結局僕の独りよがりだったんだ。僕は君とずっと一緒に暮らしていけると思っていたんだ。君の後を追っかけている間君とのあり得ない未来を思い描いていたんだ。この徴兵制のない国でなぜか徴兵されて中等くんだりまで飛ばされた三年間君を思い出さない日はなかった。夜通し君の家の前に張り付いたあの輝かしい青春時代。今僕はそれに別れを告げるよ」

 ダグラスはそう言うとシンディーの前で結婚届を引き破った。そして彼はシンディーの子供を指してこう宣言した。

「これからは君の代わりにこの子をストーカーするよ。今度はもう徴兵されるヘマなんでしない!」

 シンディーは隠し持っていた銃をダグラスに突き立てて言った。

「死んだと思って安心したのに懲りずにまだ現れたのかこのストーカーめ!今度は中東じゃなくて二度と戻って来れぬ地獄に追い払ってやるわ!」

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