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死亡フラグ

「何があってもお前たちのことは忘れないぜ」

 と深い感慨に満ちた表情でセリフを言った瞬間、特撮戦隊エンピツマンの銀色エンピツ役を演じる柴田光輝は悪い予感に襲われて黙り込んでしまった。これってもしかしたら死亡フラグ?俺次回で消えちゃうの?そうしたら生活費は……。柴田は売れない役者でこの銀色エンピツの役は彼がようやくオーディションで合格してもらった役だった。特撮戦隊エンピツマンは戦隊モノの常識に従ってレギュラーは赤青黄緑桃の五人であり、銀色は彼らを助けるゲストキャラクター的な扱いであった。だから柴田はドラマの途中から出演したのだが、彼が出演し始めた途端に視聴率が露骨に下がり始めてきたのである。実際メインキャストも彼の目の前で堂々と銀色ってやっぱ人気ないよななんで金色にしなかったんだとイヤミを言っていた。これで終わりなのか。柴田はその場で思わず泣いてしまった。

「おい、何やってんだよ銀色!泣くシーンじゃねえだろ!むしろ笑ってエンピツマンたちから別れる大事なシーンだろうが!最後まで気張って演技しろよ!」

 笑って……別れ……最後!柴田は完全に死亡フラグがきたと思って絶望した。ああ!せめて自分の元に次回の台本があったらもう少し心を落ち着かせることができるのに。自分の運命がわかったら安心して笑ってエンピツマンたちを見送ることができるのに。柴田はそのまま号泣して演技どころではなくなってしまった。だけどなんでいきなりクビになったんだ!たしかに自分は元々映画か朝ドラ死亡だったし、特撮なんてバカにしていたからそれが演技に出てしまったのか。だけど自分はオーディションで勝ち取ったこの仕事に全てをかけていたんだ。しかし自分の登場でエンピツマンの人気がガタ落ちしたということはやっぱり自分のせいなのだ。柴田は涙が止まらなくなりとうとうその場に泣き伏してしまった。

 柴田の異常事態を見て撮影スタッフは一斉に柴田のところに駆けつけた。彼らは変わり代わりに柴田に声をかけるが柴田はただこう泣き叫ぶだけだった。

「なんで次回の台本俺にくれないんですか!次回で俺おしまいなんでしょ?どうせうぉぉぉ〜とか叫んで悪のボールペン軍団に削られるんでしょ?ハッキリ言ってくださいよ!俺いつ死刑にされるか分からない状況で演技なんてできないですよ!」

 この柴田の言葉にその場にいたスタッフはみんな黙りこくってしまった。その時だった。スタッフの中から今回の監督田原万作が現れたのだ。田原は柴田の肩に手をかけて言った。

「心配するな。オーディションの時にも言っただろ?俺はやる気のある奴は切らない。たとえ人気がなくなっても何かしらの形で残してやるって」

 柴田は監督を見た。監督のつるっぱげの神々しい頭がライトに照らされて輝いている。「眩しいな……」そう思わず柴田はつぶやいた。田原はその柴田の言葉を聞いた途端思いっきり柴田を突き飛ばした。そして「早く撮影再開しろ!」とスタッフに当たり散らして撮影を再開した。

 結局銀色エンピツはクビになることはなく、柴田もクビになることはなかったが、その後の銀色エンピツの運命は過酷を極めた。カッコつけキャラだった銀色エンピツはハゲキャラへと変貌し、そして毎回ボールペン軍団にカツラを取られるようになった。しかし銀色エンピツのキャラ設定を変えた途端に人気は上昇し特撮ドラマにも関わらずゴールデンドラマにも匹敵する視聴率をえた。ドラマは大好評のうちに幕を閉じだが柴田はその後もハゲハゲといぢられまくった。そんなある日柴田は誰かからあの次回の書き換えらる前の台本をもらった。柴田はその台本を読んで愕然となった。その台本にはあまりにもかっこいい銀色エンピツの最後が書かれていたからである。一人ボールペン軍団の居城に向かう銀色エンピツ。その彼を銀色エンピツなんて誰も使わないぜと嘲笑するボールペン軍団。だが銀色エンピツは銀色はたしかに使い道のないものさ、だけど魂を輝かせることはできるんだと銀色を飛び散らせてボールペン軍団の居城を大爆発させるという話である。

 台本を読み終えた柴田は台本を叩きつけて叫んだ。

「なんで俺あの時泣き喚いて下さないでくれって泣き喚いたんだ!この台本で素直に死んでれば今頃俺はイケメン俳優でゴールデンドラマ出まくりだったじゃねえか!」


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