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偉人たちが眠る場所

 電車の窓から雨がシトシト降っているのが見えた。その雨が彼の涙のように見えてこっちまで悲しくなる。とっくの昔に死んだ人の墓参りなのになんでこんなに悲しくなるんだろう。私は駅を降りて雨降るバス停で彼の墓がある場所行きのバスを待った。目の街には彼が生きていた痕跡など何もない。ただのありふれた地方都市でしかない。維新の志士などどこにもおらず、今目の前を歩いているのは私たちと同じ現代人だ。

 バスがやってきた。ドアが開いて何人かの人たちが降りてくる。私はその古ぼけたバスを見て目が潤んだ。いよいよ彼に会えるのだ。彼は死んだ時私とほぼ同い年だった。なんだか恋人にでも逢うような気持になった。だけど彼はとっくの昔に死んだ歴史上の偉人だ。それにたとえ生きていたにしても私なんかが関りを持つような人じゃない。彼は歴史の表舞台を闊歩し、私は歴史に埋もれて一生を過ごような人間だ。運転手が声をかけて来たので私は物思いから覚めてバスに乗った。すると急に心拍数が上がってきた。心が乱れている。自分でも不思議なくらいだ。絶対に逢えるような人じゃないのに、お墓には多分骨すらないはずなのに。

 バスは舗装されていない田舎道をガタガタ揺れながら走っていく。もうじきだ。もうじき彼に逢える。もう心臓だけじゃなくて体まで震えて来た。雨はますます強くなりあたりの景色を隠してしまう。彼は私を避けているのだろうか。歴史に偉大なる足音を残した最後の侍。女など自分の墓に来るななどと思っているのか。だがバスは大雨の中ゆっくりと彼のもとへと向かう。雨の中うっすらと遠くに墓地らしきグレーの風景が見える。もう少しなんだ。もう少しで彼に逢える。

 バスの停留所に降りたら不思議な事に雨が急に止んだ。彼が私のために道を開けてくれたのだろうか。私は日差しが田舎道を彼の眠る墓へと向かってただ歩く。しかしなんで彼のお墓はこんな辺鄙な場所にあるのだろう。この土地は彼とはあまり関係のない土地だ。記録として残っているのは彼が脱藩する時ここに立ち寄って団子を買った程度の事だ。だけど彼はそんな場所に埋められている。彼の死んだ場所はここかずっと離れた寒い北国だ。銃弾に撃たれ切腹して果てる時彼はここで食べた団子の味を思い出しただろうか。

 墓地の前に着いた。墓地はあまりにも貧相でとても維新の志士の彼の墓があるとは思えない。私はゆっくり中へと入った。しばらく探してると彼の名がうっすらと浮かんでいる欠けた小さな墓石があるのが見えた。私はこれを見て泣いた。あんまりな扱いだ。これが歴史が彼に下した審判なの?彼の維新にかけた情熱も、命を賭して戦った日々も全部こんなちっこい墓にぶち込んでさようならっての?彼が最後に明治政府に謀反を起こしたからってこれはあんまりよ!私は彼の墓を抱きしめて泣いた。すると誰かが私に声をかけてくるではないか。

「あの、あなたうちの爺さんの墓に変な事しないでくださいよ」

 そこにはジジイとババアとその子供か孫かひ孫か、まあ田舎者たちが私の前に立っていた。

「何が変な事なんですか!大体あなたたちは何者なの?爺さんですって?嘘言うんじゃないわよ!ここに眠っている維新の志士土方隆盛は生涯独身だったでしょ?」

「確かにうちの爺さんは土方隆盛って言いますけどうちの爺さんが生まれたのは大正時代ですよ。あなた別の人と勘違いしてませんか?」

「勘違いもなにもないわ!土方隆盛は最初は新撰組の副長だったんだけど、改心して維新のためにつくすようになって、でも明治に新政府の一員になった時他の連中に裏切られて故郷に帰ったのよ。そして隆盛は弟分たちに担がれて反乱を起こして故郷の裏山で自決したのよ!そんな彼の墓を勘違いするはずないじゃない!あなたたちこそ勘違いしてるわ!ここは土方隆盛のお墓よ!あなたたちの貧乏ったれのおじいちゃんなんてここにはいないわ!」

 私は土方隆盛の若いころの洋服を着たイケメンの写真と、壮年時代の犬の散歩をしている恰幅のいい銅像の写真を並べて土方隆盛がいかに偉大であるか語ったが、田舎者はバカなので私の言っていることが少しも理解できないようだった。

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