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「ミコマイ犯科帳(リポート)~今も私は、昔の男に恋してる」 第2話   [ねずみ小僧次郎吉に関する考察②]


 
○御子柴神社・拝殿
   舞と意義。
舞「『鼠賊白状記』に書いてあるとおりだ。では、江戸を所払いになったあと一時上方に身を寄せていた、というのも?」
意義「はい。大坂(現大阪市)のさる私塾で一から学び直しました。白状記に書かれているのは、私自身の事です」
舞「でも裏金運びをやめたのに、どうしてまた7年後に捕まったの?」
   真吾が呻き始める。
   意義の姿も薄くなっていく。
舞「これ以上は、無理ね。意義さん。大坂のあとは、どこへ?」
意義「しも、む、ら…」
   と言いながら、消えていく意義。
舞「下村藩は、確か現代の福島市」
 
○舞の部屋
   翌朝、舞のベッドに寝ている真吾が目
   を覚ます。
真吾「う~ん。全身がだるい。ここは?」
   辺りを見回すと卓にメモ書き。
   『お疲れのようなので、起こさずに大学 
   に行きます。ゆうべはステキな体験で
   したネ♡』
真吾「え、何?何かした、俺?」
   『PS.今度は二人で、温泉旅行に行き 
   ませんか?福島あたりで 舞』
真吾「ふ、ふたりはもうそんな仲に…?」
 
○東北新幹線の車内
   離れた席に座っている舞と真吾。
真吾「(独白)って、どんな仲なんだ?」
   舞は車窓の景色に見入っている。
   ひとり缶ビールで自棄酒の真吾。
 
○「下村」バス停
   
田んぼの中の停留所にバスが停まり、 
   舞と真吾のふたりだけが降りてくる。
舞「(独白)強い念を感じる。田沼意義がここにいる」
   飲み過ぎで足元がふらつく真吾。
真吾「あのお、温泉は?」
舞「(真吾を振り返り)あ、そうだ。これねえ、医学部の子からこっそり借りたの」
   と、バッグから注射器を取り出す。
真吾「はあ」
舞「こんなとこで巫女舞はできないんで、ごめんね」
   と、笑顔で真吾の首に刺す。
   バス停のベンチに崩れ落ちる真吾。
   合掌する舞。
舞「降りよ。降りて、真実のみを語れ」
   真吾の身体からエクトプラズム。
   馬に乗った意義が浮かび上がる。
   舞の身体も馬上に吸い込まれていく。
   相乗り状態の馬が歩を進める。
意義「巫女殿。七年ぶりでござるな」
舞「じゃあ、ここは1832年‥天保二年?」
意義「そなたには、この景色を是非見てほし
かった」
   辺りを見回すと、江戸時代の農地に変
   わっている。
   田を耕す一見のどかな田園風景。
   しかし、埋められているのは遺体。
舞「!」
意義「飢え死にです」
   瘦せこけた農民たち。
舞「天保の飢饉は、もっとあとのはずだけど」
意義「豊作でも、飢饉は起きるのです」
舞「え?」
意義「領主は年貢米を江戸や大坂でお金に換えるのですが、赤字の藩は豊作の年こそここぞとばかりに取立てて売りに出します。そして、農民たちは豊作なのに餓死する」
舞「そんな」
   念仏を唱える農民たち。
農民1「なしてだ。なして作ったおらたちが食える米だけねえんだ!田沼様が、なしてこっただご無体をなさるんだ」
農民2「もうここは、田沼様の藩ではねえん
だ。お上の領地だで」
   農民たちの会話に耳を傾ける意義。
意義「廃藩のツケを、全て領民に押しつけて
しまったな」
良左「…若、あまりお気に病まれぬよう」
   良左が馬の轡を取っている。
舞「(独白)この人が、話に出てきた‥」
   良左は中性的な美少年に見える。
舞「(独白)渡辺良左衛門‥うーん、どこかで聞いたような」
   意義馬から下り、舞を抱え上げて馬か
   ら降ろす。
   (良左には、舞は見えていない)
舞「(顔を赤らめ)ありがとう」
   舞と意義、あぜ道を歩く。
意義「藩よりもっと赤字が深刻だったのが幕府です。この地も田沼家が相良藩に復帰し、幕府の直轄領になったがために、この有様です。私が父の出世を願うあまり、結果としてこの悲惨な状況を作ってしまったのです」
舞「…」
意義「巫女殿。しばし、ご無礼を」
   意義、良左を振り返る。
意義「良左。俺は先生から、『武士道とは信じるもののために命を捨てる覚悟のこと』と教わった」
良左「信じるもの、ですか」
意義「今がそのときだと思う。江戸へ帰る。また手を貸してくれ」
良左「…無論です。若様」
   と、嬉しそうにはにかむ。

 ○温泉旅館・個室
   眠っている真吾。
   空間に向かって話す舞。
舞「天保二年は、次郎吉が二回目に捕縛され処刑される年ね。資料では小幡藩松平忠恵(ただしげ)の屋敷に忍び込んだところを捕えられたとあったけど、もちろん偽装ね」
   意義が、空間に浮かび上がる。
意義「当時、松平忠恵は奏者番でした。奏者番は、寺社奉行も兼任します」
舞「寺社奉行…つまり、あなたの狙いは…」
意義「はい。水野忠邦の屋敷に忍び込みました」
舞「!」
真吾「う。うーん。舞‥さん」
   真吾が呻き始める。
   意義の姿も薄くなっていく。
意義「天保二年…まさに、私はその時代から来ているんです。おや」
   と、消えていく自分の姿を見る。
意義「ここまで‥ですね」
舞「‥」

◯中野大学医学部研究室(回想)
   PCで実験観察中の淳子と舞。
淳子「降霊術?あぁ。私見だが、あれは遺伝子情報を解読する作業だろうね」
舞「遺伝子情報の解読?」
淳子「遺伝子にはその人が経験した膨大な記憶が書き込まれている、という説もある。大脳をCPU、海馬をストレージだとすると、遺伝子はメモリカードだ」
舞「‥文系にはよくわかんないけど、急いで降霊させたい時はどうするの?」
淳子「そんときゃ触媒(メディア)を、こうするだけさ」
   と、メモリカードをPCに挿入。

○温泉旅館・個室
   
起きかけた真吾にキスする舞。
   舌を挿入。
真吾「だ、大胆な…あ、でもまた…」
  
 と、恍惚の表情でまた気絶する。   
舞「意義さん。今度は私が1832年に飛ぶ。その方が早い」
意義「…なんと。そんなことが?」

〇武家屋敷の屋根
   江戸の夜空にドローンが出現する。
   舞の意識が、具現化している。
舞の声「俯瞰よ。鳥の目になって、あなたを見守るわ」
   屋根の上でドローンを見上げる意義。
意義「さすがは神の使い。恐れ入る」
   屋根の上を走り始める意義。
   小脇には千両箱を抱えている。
舞の声「どうして、こんなことを?」
意義「正義を学んだのです、大坂で。裏金などあってはならない。もしそんなものがあるのなら、それは民に返さなければならない」
   下界の往来には、捕り方たちが集まっ
   ている。
   「御用」の提灯が、往来を埋め尽くして
   いる。
捕り方1「狼藉者。神妙にしろ!」
   警笛が鳴る。
意義「(走りながら)良左。ついてきているか?」
良左「はい。若様」
   見ると、良左が並走している。
意義「俺が囮になる。おまえは、これを」
   と、千両箱を良左にパス。
   良左、受け取って逆走する。
良左「若様。御武運を」
   意義、ひらりと往来に飛び降りる。
捕り方2「いたぞ。あっちだ」
   大挙して追ってくる捕り方たち。
   逃げのびる意義。

○廃寺
   
夜が明け始める。
   積み上げられた千両箱。
   金勘定している意義と良左。
意義「およそ一万、といったところか」 
   良左、百両ほどを財布に入れ
良左「さっそく私は、これで買えるだけの米を買って参ります」
意義「頼む」
   と、出かける良左を送り出す。
 
○忠邦邸・蔵
忠邦の叫び声「何ごと!」
   忠邦の目の前には、棺桶の中にしゃれ
   こうべが数体。
   添えられた紙切れには『義』の文字。
忠邦「…」
   
○南町奉行所・奉行執務室
忠邦「金四郎。近う」
   金四郎が入室し、膝頭で歩み寄る。
忠邦「わしの屋敷に鼠が出た」
金四郎「!」
忠邦「あの件を知っておるのは、お主と?」
金四郎「田沼意義と渡辺某だけです」
忠邦「町奉行には、わしから含んでおいた。お主が陣頭指揮を執り、隠密に鼠を捕えよ」
金四郎「…はは」
   足音がして、廊下から与力が声かけ。
与力の声「ご無礼仕る。遠山様は、こちらにおられましょうか?」
金四郎「参じておりますが、何事ですか?」
与力の声「奉行所に次郎吉という者が参っており、遠山様にお取次ぎをと」
   忠邦と顔を見合わせる金四郎。
 
 ○廃寺の門前
   
大八車には米俵と千両箱。
   荷台に腰掛ける意義。
意義「…やはり、良左は戻らぬか」
   捕り方の警笛が聞こえてくる。
   寺の周囲が取り囲まれていく。
   捕り方の大群。
意義「…来たか」
   と、太刀の鯉口を切る。
   意義の前に出る同心。
同心「御用だ。神妙に致せ」
   と、十手を向ける。
意義「すまんが、できぬ」
   居合いで同心の手首を刎ねる意義。
   さらに、後ずさりする役人たちを峰打 
   ちで撃退していく。
   前途が斬り拓かれていく。
意義「罷り通る!」
   と、自ら大八車を引いていく。
   捕り方が立ちはだかる。
意義「どけ」
   気迫に負けて道を開ける。
   徐に進む車。
意義「(独白)これだ。これが、俺の道だ」
   前方から新たな捕り方たち。
   その中に、金四郎の姿。
意義「…」
   意義、一旦車を手放す。
意義「聞いてくれ、ご同輩!この米と金は義のために使うものだ。今も飢えて死にかけている百姓たちを救いたい」
   一同、立ち止る。
   金四郎も目を見開いて聞く。
意義「これを村に運んだら、俺はその場で腹を切る。お主らが役人ではなく侍なのであれば、武士の情けを俺にかけてくれ」
   一同、顔を見合わせながら逡巡する。
意義「頼む!」
   と、その場で土下座する。

(つづく)


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