第22回 からだが劇的にラクになる!じぶんを「ゆるす」コツ
わたしは職業柄、いろんな人の悩み相談に乗らせて頂きます。
わたしが話すのは大体20~30才くらいの男女なのですが、最近、みなさん大体同じような悩みをもっていることに気が付きました。
例えば先日、若い男性の方から相談を受けたのが、自分はとにかく一生懸命つとめている。自分の時間を削って、気を張りつめて、努力を重ねている。
ただ毎日イライラして疲れが抜けず、人に当たってしまう。上機嫌で生きることは分かるんですが、どうしたらいいでしょうということでした。
また、同じような悩みとして、若い奥さんからの相談。
子供が小さく、とても手がかかる上、夜泣きで夜もあまり眠れない。しかしまわりの目があるので仕事を休めないし、だんなさんも仕事をしているのであまり頼るわけにもいかず、苦しい思いをしているというもの。
これらの悩みに共通しているのは、「クタクタに疲れている」ということです。
体も心もなんかしんどくて、はつらつと気分良く毎日を過ごせない。こういった悩みが、とても多いように思います。
天理教の教祖「おやさま」は、「日々麦御飯にトミソガラ(醤油の実)を食べて暮らして居っても、人様につきあう時には鯛の焼物で日々食べて暮らして居るような顔つきで、人を大切にせにゃいかんで」(永尾よしゑ「よのもと」第二号(昭和6年2月)より)と、教えて頂きます。
「人に与えて、喜ばせたら徳積み」と聞かせて頂くように、いつでも上機嫌で、明るく前向きでいることが、自分にできる一番の人助けだと聞かせて頂くんです。
しかし、毎日仕事をしていると、きれいごとばかりではすみません。わたしも機嫌よく暮らしているつもりですが、なぜこんなに疲れが抜けないんだろう、やる気が出ないんだろうという時はあるんです。
わたし自身がいろいろと悩んで実践していく中で「どうしたら本当に上機嫌で暮らせるのか」を、改めて考えるようになってきました。
今回は「人間関係の話」ということで、自分と他人、お互いが楽になるコツについて、お話をさせて頂きたいと思います。
基本的に、わたしたちの身体の疲れは一晩寝れば解決するようにできています。それでも疲れや、イライラもやもやが抜けないのは、身体の問題と言うよりも、ストレスがたまっていることが原因なんです。
そしてこのストレスは主に「自分に厳しい」ということから起こります。
自分に厳しいというのは、簡単に言うと、「自分の欲求を出さずに、我慢してしまうこと」です。
例えば、仕事のスケジュールに無理があっても、休めない。人から嫌なことを言われても、言い返せない。耐えて、我慢をして、無理をしてしまう。
本当は休みたい。間違っていることを間違っていると言いたい。「こうしたい」という欲求があるにも関わらず、それを出すことができない。
これは「いい人」だから、起きてしまうんです。
これが「わがまま」だったら、楽なんです。
やりたくないことは「やりたくない」という。おかしいことは「それはおかしい」という。仕事をさぼっても平気な顔でいれる。
こうして自分の欲求に正直な人は、ストレスがたまりにくいのです。
つまり言い換えれば、わがままな人ほど「自分に優しい」し、いい人ほど、「自分に厳しい」と言えます。
そしてこの日本には、圧倒的に「いい人」が多いので、基本的に頑張りすぎたり、ストレスをため込みやすいという気質を持っているようです。
もっと自分に正直にわがままに生きられれば楽なのに、なかなかそれができないんですね。
なぜかというと、この日本では「みんな同じである」ということが、とても重視されるんです。
学校に行くと、毎日みんなで同じ授業をうけて、同じテレビやゲームの話題で盛り上がり、「いい大学に行く」「いい仕事につく」という、同じ目標を持たされる。
仕事をはじめると、同僚とは学歴も同じくらいだし、年収も同じくらい。毎日みんな同じような仕事をして、同じように飲みに行く。
こうして「みんな同じ」であることを刷り込まれているということは、裏を返せば「ルールから外れる人をゆるせない」という社会でもあるのです。
例えば、
結婚するのはふつう。子供ができるのはふつう。仕事に行くのはふつう。
これは裏を返せば、結婚しなければならない、子供を作らなければならない、休んではいけないと言っているのと同じです。
これはこどもの社会でも、同じことが起こっているんです。
体がうごくのがふつう。 → 体が動かないなんて、変なの!
きれいな服をきて、清潔なのがふつう。 → 汚い、臭い、おかしい!
ゲームを持っているのがふつう → え?お前持ってないの?
裏を返せば、絶対にテレビを見ていなければならない、ゲームをしていなければならない、健康でいなくてはならない、清潔でいなくてはならない、ある程度裕福でなくてはならないという暗黙のルールがあるのと一緒です。
ルールにそうことが得意な日本人は、ルールを作ることも大の得意。そしてそこから外れる人をゆるせないのです。
ほんとうは人間なので精神的にも肉体的にも個人差があり、その人それぞれの「個性」があります。
だから結婚したくない人もいるし、子供を作りたくない人もいれば、そもそも子供ができない人もいて、人それぞれで多種多様です。
また「毎日楽しく生きる」というのはある意味きれいごとであって、気分がのらない、仕事をさぼりたい日があっても当然です。
しかし日本人は、ルールからちょっとでも外れることを許さない。
「みんな同じで当たり前」という発想が根底にあるから、ルールにそえない人間が出てくると「あいつはおかしい」「間違っている」「努力が足らない」と陰口を叩かれ、馬鹿にされてしまう。
こうして私たちは、暗黙のルールによってがんじがらめに縛られているようなものです。
そしていい人ほど、この枠にはまろうとしてしまうのです。いい父親、いい母親、いい上司、いい友達であろうとする。仕事を頑張ろうとする。結婚できない、子供ができないことを悪いことのように感じている。
みんな「いい人」で、自分に厳しいので、枠にはまれない部分が出てくると罪悪感を感じてしまう。
いろんなルールに縛られた、ストレスがたまりやすい社会だということを覚えておかなくてはなりません。
こうしてストレスで疲れ果てている日本人の前にさっそうと登場したのが「心理カウンセラー」です。
メンタリストDAIGOや、心屋仁之介さんなどが有名ですが、最近「いいことを言う心理カウンセラー」が流行していて、テレビに出たり、本が売れたりと、もてはやされるようになってきたんです。
では、今を時めく心理カウンセラーが、「結婚しなければならない」と悩んでいる人に何と言うかというと、
「結婚しなくたって、幸せな人はたくさんいますよ」と言ってあげるんです。
つまり結婚できない人は「結婚しなければならない」というルールに縛られて苦しくなっていますから、それをほどいてあげているのですね。
「子供ができなければならない」と悩んでいる人があれば、「子供がいなくてもいいじゃないですか。時間とお金に余裕ができるんだから、人生をもっと楽しみましょう」という。
仕事でがんじがらめになっている人に対しては、「もっとわがままになっていいんですよ、休んでいいんですよ」と言ってあげる。
つまり縛られて苦しくなっているものから、解放してあげているんです。
こうして「積極的に許してあげる」ということをするから、心理カウンセラーの人気が出ているんですね。
人と接するときに「こうしなければならない」と、追い詰めるようなことを言うのではなく、「できなくてもいいんだよ」とほどいてあげることを意識すると、喜ばれるんですね。
そして当のわたしたちも例外なく、いろんなことに縛られているんです。
いい父親でなくてはいけない、仕事を休んではいけない、まじめにしておかなくてはいけない。
わたしもふと気が付くと、やらなければならないことでがんじがらめになって、苦しくなっています。
じつはこれ、自分が苦しむだけではないんです。
人間は「自分を扱うようにしか、人を扱えない」と言われます。
しばられている人は、相手をしばろうとするんです。
辛くても休んではいけないという思いに縛られて、苦しんでいる人は、休んでいる人を見た時に許せなくなってしまいます。
自分が我慢すればいいんだ、と縛られて、自分を抑え込んでばかりいる人は、自由奔放な人間を見ると、「なぜあいつは我慢をしないんだ」と、腹が立ってしまいます。
「こうしなければならない」という思いが強いと、自分にストレスが生まれてしまうだけでなく、無意識に人にもそれを求めてしまうんです。
かたよった考え方は自分をしばりあげるだけでなく、人も縛り上げてしまうので、お互いにどんどんと苦しくなってしまうのです。
そのためには、わたしたちはまず「自分をゆるしてあげる」という事をしなければなりません。
おやさまのお言葉にも『枯れ木に肥やってもあかん。生身の身体を大切にせよ。金の心棒でも油ささんことにはあかん』(「御存命の頃」高野友治 p220乾やす談より)と教えて頂きます。
「こうしなければいけない」とがんじがらめにしばられて、動けなくなってしまう時には、油をさすことが大切なんです。
まずは自分が何にがんじがらめになっているのか、考えてみましょう。
そしてじぶんでじぶんをゆるしてあげることが大切です。
あの失敗は、もう過去のことだ。
結婚しなくたって、幸せにはなれる。
子供ができなくたって、仕方ない。
仕事がつらければ、休んでもかまわない。
「こうしなければいけない」と思っていることに対して、「いいんだよ」と許してあげる。
こころのかたくなになってしまっている部分をほどくことが、上機嫌で過ごすことに繋がり、相手をいたわることにもつながる。
疲れている時には、自分自身を許してあげるということが、自分と相手にとって大切なことなのです。
こうして「ゆるす」という話をすると、じゃあ仕事をしなくていいんですかとか、人に迷惑かけていいんですかという人がいます。
確かにゆるしてばかりでは、人生に行き詰ってしまいます。
教祖、キリスト、ブッダなど、ひと助けをした人達は、飲まず食わずで人に与え続けた。皆めちゃくちゃストイックだったんです。
現代で結果を出しているビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなども、のんびりゆっくりなんて絶対にしていません。毎日何時間も仕事にのめり込む生活をして、膨大なプレッシャーと常に戦っています。
だらしない、行動力のない人には誰もついていこうとは思わないので、行動することがなにより大切だということは間違いありません。
ただ、上手くいく人の行っている努力は、やらされてやっているものではないんです。
ある時、教祖に桝井伊三郎先生が、「われわれ子供を思うていただくなればこそ、こんなにも教祖にご苦労をおかけ申して、誠に申し訳もないことでございます。」と申し上げられると、おやさまは、
「わしは苦労でも何でもないねで、人に頼まれてしていることやったら、またやめるということもあるやろうが、人に頼まれてしていることやないもの、やめるにもやめられんがな、苦労でもなんでもないねで」とお聞かせくだされたそうです。
(『みちのとも』立教166年2月号 寺田好和 より)
つまり、やらされてやっているのではなく、やりたくてやっているから、苦労ではないということなんですね。
「あれがしたい」「これがしたい」と、やりたいことを自発的に行うことは、ストレスにはならない。どこまでも努力をすることができるんです。
わたしたちも、やらされているばかりでなく、「やりたい」と自発的に行動することが大切なのですね。
「与えて喜ばせたら徳積み」と教えて頂くように、人に与えて、喜ばせて通ることが何より大切です。
ただ、そのために自分を押さえつけて苦しくなっているのでは、陽気ぐらしとは言えません。
もしもあなたがしばられて苦しくなってしまったときには、「やらなくてもいいんだよ」という視点をもって、自分を認めて、許してあげることも必要だということです。
「二つ一つが天の理」と教えていただくとおり、ストイックに自分を高めることも大切だし、自分を認めて許してあげることも大切。
自由自在にどちらもできるようになって初めて、おもいやりをもって人に接することができるのです。
上機嫌で、人を喜ばせたら徳積みだと通らせて頂きましょう、
ただつらくなったときは、しっかり自分をゆるしてあげてくださいね。
自分をゆるし、相手をゆるし、ゆるすことが上手になることこそが、人間関係を円滑にして上機嫌で過ごすコツなのです。
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