屋上ランデブー4話
昼休み、図書館に用があって訪れた。目当ての本がないか身体を動かしながら視線を多方面に向ける。
中々見つからなくて壁面の本棚を暇潰しがてら、じっと眺める。
この本棚が成立する過程には、これまで本を作った著者と編集者。学校を設立した人、さらにはこの本棚から本を手に取った生徒まで多くの人間が関わっているとしみじみ思う。
そう考え込んでいたらトントンと肩に感触が生じた。
「ねえ、二年三組の風人君だよね。」
僕の横に一人の少女がいる。
「えっと君は。一年の時同じクラスだった。」
戸惑いつつ声を発したら、よく響く、清涼感溢れる声が耳に馴染む。
「うん、覚えてくれてたんだ。そう、今は二年一組の凪だよ。」
「とてもショートカットが似合う女の子だなって。ええと凪。何の用かな。後、ここは図書室だから一旦出て話そう。」
そう言って僕らは図書室付近の階段前で駄弁った。
「風人君、野球部で坊主頭だけど髪伸びたらカッコよくなりそう。」
「ありがとう。そんなの初めて言われた。」
「うそだぁ。」
「本当だよ。一年の時はそもそも言わなかったじゃん。」
溜めるように間を置いて、シオンのような美しい声を放つ。
「顔を合わせない間に凛々しい顔になったんだよ。だからさっき見かけて声をかけたの。」
「はは、褒め上手だな。」
「こんなこと、他の男子には言わないよ。ねえ。」
彼女の声が途中で切断されて刹那、世界は暗くなった。気付けば眼をパチリ開けて先生は呆れたような顔を示していた。
夢か。懐かしい二年前の記憶。中学校で出会った僕の初恋の人。凪。今年の夏休みに中学を卒業して数ヶ月ぶりに会い、短い期間、思い出を一緒に塗りたくって、告白し付き合った。
しかし、夏休み明けに遠距離が生じて、距離の前に僕は振られた。
月曜日が始まったばかりなのに、交点を結んだ後は決して交わらない二つの直線を想う。とりわけ数学の授業だから尚のこと。
昼休みになってふう、とため息堪えたような息を吐く。昼休みのランチ時に似つかわしくない表情を早速、友達の翔に指摘された。
「どうしたんだよ溜息ついて。恋の悩みか。」
翔の何気ない言葉に反応してか、他のクラスメイトの複数名が一斉に僕らに視線を向けた。
「別にそうじゃないけど。」
「言葉では否定しても表情が語ってるんだよな。」
友達の前では誤魔化せないと判断した僕は語り始めた。
「たまに昼食を一緒に食べる先輩がいるんだけど。その人とこの前出掛けて。」
「ああ、そういうこと。」
翔が不敵な笑みを浮かべてはもう遅い。尋問されるパターンだと気付いた。昼ご飯を食べ終えた後、人気の少ない、別館への渡り廊下前に移動した。
友達の興味津々な顔つきを前に僕は諦めの境地に入って、淡々とこの前のランデブーの流れを説明した。
「なるほど、風人はその人と屋上以外では会えないと。その人の真意を知りたいと。なるほどな。」
「そう。その人にとって俺は何か、どういう存在なんだろうって。」
いつもより真剣な眼差しで僕の言葉に耳を傾けてくれる。そして言葉一つ一つを精査するようにして、レスポンスが届いた。
「その人に率直に聞いてみたら。」
「野暮なやつと一蹴されて終わりだよ。」
「悲しいな。お前の臆病さが悲しいわな。俺に名案が一つだけあるけどな。」
友達からの名案が気になった僕は興味がそそられて、内容がとても気になった。僕が聞くまでもなく、翔は語り出した。
「俺をその先輩に会わせて、誰か意中の人はいるのか聞く。これでどうだ。」
さも満足気な顔を見せて僕を覗く。一呼吸置いて、静かさに満ちた浜辺にそよ風が通るような、落ち着いた声で伝える。
「うーん、初対面で答えるものかな。はぐらかすと思うな。それに自分で聞くべきだし。」
「まあまあ、無駄に悩むくらいなら聞いてみようや。それが友人の口からだとしても。それにお前の辛そうな顔を見たくないんだよ。まあ、聞くのは俺のエゴだ。それに。」
「それに。」
今度は翔が言葉を一度地べたに落とした。そして引き上げて僕に渡す。
「もし聞いて風人が恋愛対象じゃなかったら、その時はドンマイ。」
「さりげなく想像したくない未来を想起させるな」
ハハハと翔は高らかに笑う。その笑い声は流石に元野球部だけあってよく通る。
「いずれお前がその先輩と付き合ったら紹介イベントは起きるじゃん。結果がどっちに転ぶにしても、今俺を紹介して損は無いだろう。」
僕は少し釈然としないまま、頷いた。翔は少し、いやかなりニヤけていた。ちょっと気持ち悪いなと思う。しかし客観的に見たら、先輩と会っている時の自分も気色悪いのかもしれないと我が身を見つめ直すことにした。
その日の夜。先輩に友人を紹介したいとメッセージを送った。
風人:みなみ先輩こんばんは。明日ですけど、友達を紹介しても良いですか。
5分後にレスポンスが届いた。このマメさは女子高生特有なのか、はたまた先輩だからか。
みなみ:お風呂入ってて返信遅れちゃった。
みなみ:えー、風人君のお友達。会いたい会いたい。どんな子だろう。
上手に言語化できないが、みなみ先輩の期待値を思うと何か不安に駆られた。一方、明日は初めて3人での食事ということもあって楽しみでもあった。
※
翌日、4限終了のチャイムが鳴る。いつもの通り、お弁当を持参して屋上へと向かう。
今日の昼休みはちょっとしたイレギュラーだ。
僕の友達の一人、翔がみなみ先輩に会いたいからと、翔が左に並んで屋上へ続く扉を開ける。開放的な空間に友達の目は輝いた。
「おお、ここが屋上か。初めて入るな。」
「うん、いい場所だろ。」
「ああ、ここでお昼ご飯を食べる気持ちも分かる。うんうん。」
曇りなき青空と形容したくなるほど、翔の目は澄んでいた。友達になって一年と半年が経つ。友人の新しい顔を覚えるのは楽しい事実を久々に思い出した。
「ところで先輩はどこにいるんだ?」
「おかしいな、もう来ているはずなんだけど。」
僕らがあたりを見渡すと、後ろから扉の開閉音が聞こえた。
「遅れてごめん。風人君お待たせ。」
いつにも増して明るい声を響かせる。僕と目が合った後、翔に視線を送る。
「へえ、本当に風人君に友達がいたんだ。」
何故か心躍るような顔つきの少女。
「嬉しいことにいますよ。いないと思っていたんですか。」
「うーん、いなくても違和感無いかもね。」
笑いながら答える先輩。その先輩を多分、温かいような目で見つめる翔。
「いつもうちの風人がお世話になっています。僕は風人の友達の翔です。」
「翔くんね、私はみなみ。よろしく。」
「風人から話は伺っています。とても可憐で儚い、百合のように美しいお方だと。」
初対面で空を仰いでいたこと、可愛い容姿だとは事前に伝えていた。
そこから拡大解釈し、良い加減な口八丁ぶりを発揮するものだから敬意と苛立ちを同時に覚えた。気付くと僕は翔の頭を優しくチョップしてしまった。
「痛っ。何するんだ。」
「ごめん、勝手に手が動いたんだ。悪いと思っている。それに豆腐よりソフトなチョップだ。痛くないだろ。」
「お前分かりやすいヤツだな。そんな嫉妬を剥き出しにするなよ。」
僕らのやりとりを見て先輩はクスクス笑う。
「2人とも面白いね。ずっと見てられるよ。なんかほっこりするというかさ、見てて安心するよ。」
どうやら僕らのアホなやりとりはお気に召されたようだ。すかさず翔も下僕的なアピールを欠かさない。
「こんな麗しいみなみさんが笑ってくれるなら僕は道化にもなりましょう。この澄まし顔の野郎からのチョップも数回は許容できます。」
「ふふ、翔くんて面白いんだね。」
先輩から褒められたことで翔は誇らしい顔つきをし、単純明快なやつだと素直に感心した。
「ええ、女性を楽しませるのが紳士の務めですから。まあ、みなみさんの彼氏はもっと紳士的でカッコいいでしょうけど。」
腑に落ちない顔を先輩は露わにした。
「何言ってるの。私は彼氏いないよ。」
僕はこのやりとりを聞いて、ベタな引き出し方だけど実行する翔の度胸と行動力を尊敬した。
「え、みなみさん彼氏いないんですか。こんな可愛いのに。」
「へえ、翔君が見つめる私は随分と魅力的なんだね。」
「勿論。好きな人もいないですか?」
「うーん、秘密。知られると恥ずかしいじゃん。」
言葉の通り、恥ずかしそうな表情をしてかわす。言葉のチョイスとそぶりから、演技力があると唸った。
勢いで聞く翔にも心の中で拍手を送る。
「秘密ですか。謎めいていると興味が生じやすいですよね。」
「それは当然だよ。それに初対面の人に好きな異性は教えないでしょ。」
二人の軽快な言葉のやりとりを聞いて、普段の翔との変化に驚いている。さりげなく格好つけた言葉を並べて、同性の僕からすると痛いなと素直に思った。
ただ、異性の視点では、フィルター次第で心を掴む言葉が散りばめられていて凄いとも思う。
僕が考え込んでいる間にも二人は会話を続けていて、とある事実を思い出して僕は恥に囲われた。初対面の時の発言の数々をサルベージすると、自分の方が恥ずかしさに塗れてしかるべき。
恥じらいが急遽、台頭し始め前進した。そこへ洪水が起こった。
「ねえ、風人君もそう思うでしょ。」
「え、何ですか。」
さっと我に返る。僕の顔を覗く少女。
「ボーッとし過ぎ。翔君が私にタイプの子を聞いたのに、翔君に聞いたらいないって。いないことは無いでしょ。」
「残念ながら翔は今、誰にも心を寄せていないんですよ。好きなタイプも無いんじゃないですか。」
「ふーん。」
拗ねた表情も似合う。似合ってしまう。きっと、表情豊かな人に弱いタイプだなと自己分析した。
「じゃあ風人君のタイプの子を教えてよ。」
首を傾けて僕の顔を覗く。まじまじと人の視線を向けられるのは老若男女、美男美女問わず恥ずかしい。こみかみに掌を添えて考えあぐね、答えを放り投げた。
「一緒にいて明るい気持ちになれる人。」
翔は口をすぼめて、今にも口笛を吹きそうだ。当のみなみ先輩は「そう。」と呟いた。一秒。世界に平等に流れる一秒間の沈黙。まるで時が止まったように錯覚した。
ささやかなそよ風は空気を読んで、戯れに通りかかった。
「なんか無理に聞いたりしてごめんね。」
みなみ先輩の言葉を受けて僕と翔はすぐさま、フォローを入れた。
「そんなことないですよ。」
僕の後に翔が続ける。
「そうですよ。風人みたいな臆病者を相手に謝らないでください。」
雫が髪の毛にピシャリと触れるような、軽い驚きを先輩は露わにした。
「風人君は臆病者じゃないよ。だって屋上で空を仰いでいた私のところへ駆けつけるくらいの人だもん。」
みなみ先輩は落ち着いたトーンで話し、視線を翔に向けた。屋上に駆けつけることと臆病者ではない相関がイマイチ掴めないけど、ひとまずここは傾聴しよう。
「いや、勿論分かってますよ。風人は気が効くやつですし。周りをよく見てますし。ただ、特定の場合に限り臆病なんですよ。なっ。」
肘で突かれて僕は苦笑いした。それが事実だから重しとなって降りかかる。
みなみ先輩は翔の弁明に安堵したような表情を見せた。
「そう。分かってるならいいんだ。」
優しい声が開放的な空間に響き渡る。さまざまな感情表現の中で最も人を幸福にする。僕はこの人の笑顔が好きだと再認識した。
今日も昼時の屋上は心地良い。
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