屋上ランデブー 18話

 2月最後の土曜日。暮れゆく中、僕は家を出て待電車に揺られ、待ち合わせ場所へと向かう。ふと思う。

 自転車を2人乗りしたことも、電車で隣合わせで座ったことも、僕らはしたことが無い。

 僕らは屋上で出会い日常のひとときを共有しながら、屋上でひとときの別れを告げられた。そして屋上で再会を果たした。

 今日、彼女の笑顔を留めたら後輩らしく我儘を伝えようと思う。屋上以外で逢いたいという願い。

 路線を乗り換えて目的の駅へ辿り着く。都民でも普段は来ない都心に位置する大人な街の最寄り駅とあって、高校生の僕は少したじろぐ。

 エスカレーターに乗り、長いその距離をゆっくりと、しかし確実に運ばれる。

 集合場所は有名なアニメの大きな模型の真下と記憶している。桜色のワイシャツの上にネイビーのジャケットを重ねた僕は辺りを見回しながら高鳴る鼓動の音は聴こえてくる。

 今日の彼女は一体どのようなファッションで身を包んでいるのだろう。

 目の前の高層ビルを眺め想像を馳せる。ビルを見つめていると、まるでお約束のように背後から僕の視界を両手が塞ぐ。

 「誰か分かるよね?」
 「このやりとりも2回目ですね。」
 「だめ?」
 「嫌だなんて一度も言っていないですよ。」
 「じゃあ答えて。」
 「みなみ先輩。」
 「一度目で当てないでよ。」

 振り向くと夜を照らす月光やビルが放つライトに劣らない、その輝きに心がくすぐられる。

 白のニットの上にベージュのダッフルコートと、春らしい色合いと冬の防寒を備えたファッションが街に見事に溶け込む。

 「みなみ先輩のファッション、相変わらず可愛いですね。」
 「ありがとう。風人君も昔より磨かれてるね。」
 「どうも。」

 この日に会う約束を取り付けてから早急に服を買いに行って良かったと、今になって実感する。みなみ先輩が右側を歩きながら、穏やかな声が響く。

 「今日の屋上も楽しみなんだ。」
 「どうしてですか?」
 「夜景が綺麗なんだって。それだけでさ、心弾まない?」
 「夜景か。」
 「好きじゃない?」
 「いや、夜景を眺めたことないから、どんなだろうって。」
 「綺麗に決まってるじゃない。ね、今日は楽しもう。」

 みなみ先輩は両手を伸ばし、前髪が微かにかかる目は星彩のようなそれを灯している。

 僕らはエレベーターに乗り継ぎ、上のフロアにたどり着いて、屋上施設へと足を踏み入れた。

 「わあ、綺麗。」
 「本当だ。綺麗ですね。これが都会の夜景。都民なのに初めての景色でうっとりします。」
 「だね。あ、見てみて。夜景と言っても微妙にビルが放つ色が違うんだね。」

 僕らは辺りを回りながら都会を一望する。名前が空に由来する建物より高度は低い。しかし、都心から眺めると世界の映り方も違うように思う。

 「何というか、これが都会なんだなって。都民の高校生が思いますよ。」
 「はは。何言ってるの。可笑しなこと言う。昔から変わらないのね。」
 「ああ、そういや前もヘンテコなこと言ってましたっけ。」
 「いつも肝心なところで空回ってるかもね。」

 夜を照らす月とは別に、多くのビルの各所から放たれる光を眺めて僕はそこに美しさを汲み取る。

 近くから見ては何とも思わない建物の明かりも、遠くから眺めれば煌めくほどにときめきを覚えるほどに綺麗。

 ちらっと横顔を見る。その横顔は近くから見つめても遠くから見つめても僕にとって綺麗なことに変わりない。

 今し方、都会が映す華美に僕は暗に教えてもらった。

 「すぐそこの建物には日本でもトップクラスのエリートが勤めてるんでしょ。知ってる風人君?」
 「有名ですもんね。みなみ先輩も将来あのビルで働いていたり。」
 「どうだろ。ご縁があれば勤めてみたいかも。」
 「詳しくは知らないけど、ご縁という言葉は就活でお祈りされる時に使う言葉じゃないですか。」

 クスッと笑う。よく知ってるねと流すから僕も笑う。もしかしたら数年後には僕もみなみ先輩も今以上に目の前のビルに強い関心を寄せるかもしれない。

 一つ一つ知識が増えるたびに世界の解像度は上がって、見つめる対象は変わり、眺めるものの意味も変わる。

 それがある種の成長なのかもしれないと、都心で夜景を観ながら考える。もう一度、みなみ先輩の横顔を映す。

 きっと僕は、いくつになってもどれほど離れていても貴方がどんな表情を浮かべても、夜が隠れて朝を迎えるように、季節は必ず巡るように、惹かれるのだろう。

 凱風のように柔らかな優しい気持ちにさせてくれる、君の彩り溢れる素顔を見つめ、掌に収まらない想いのたけを伝えたい。

 「みなみ先輩。」

 僕が声をかけると目の前の夜景から90度角度を変えて向かい合う。

 「ん?なに?」
 「もう、先輩とは学校の屋上で会えないんですよね。」
 「そうだね、もうすぐ卒業だからね。次の世界が待ってるから。」
 「ですよね。」

 都会が放つ光彩を遮るように静寂が訪れる。春の夜風は舞踊り、頬を掠める。僕は今ここで願う。

 「先輩。我儘を一つ聞いてもらっても良いですか。」
 「良いよ。私は風人君の先輩だからね。聞いてあげよう。」
 「あざっす。これからもう、学校の屋上で会えないなら。日常から去ってしまうなら。これからは屋上を介さないで会ってくださいよ。」
 「それって。」

 言葉を探している。おそらく震えるような声が羽ばたく。だから手探りで探す、目の前の少女に響く星彩のように輝く言葉を。

 「からかう姿も。人の目を両手で隠すところも。多彩な表情も。感受性が豊かなところも。ファッションセンスも。扱う言葉も。その全てが好きなんです。みなみ先輩、付き合ってください。」

 そうして告げると、ささやかな風が吹いて前髪が揺れた。花笑みが屋上に咲いた。

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