屋上ランデブー1話 「出会い」

 落ち葉が目立ち始めた11月上旬。街には少し厚めのジャケットを着込み、そそくさと駅へ駆け込む姿が見える。

 僕が立っているこの場所は学校の屋上で人の流れが一望できる。

 流れとは面白いもので、交友範囲も住まいにしても、人は流れるように生きる。心地良いそよ風は数秒後去っていくように。雪が溶けて春の嵐が訪れるように。

 少なくとも高校生の僕にとって上流から下流に降るのが人生だと思う瞬間はままある。

 高校生は小学生より流れる時間の速度が速くて、大人になったら光陰矢の如く、命という名の時間は過ぎて行く。大人にならなくても自明なこと。

 しかし、そのようなモラトリアムめいた発言も数年後には嘲笑しているかもしれない。その言動が大人になる証かもしれない。

 さて、本題に入ろう。モラトリアムは命があってこそ謳歌できる。僕の目の前には見知らぬ同じ学校の女の子が柵に手を添えて動かない。


 ついこの前、高校生の一大イベントたる学祭が終えたばかり。少女は何を思って屋上に来たのか。よもや自殺ではあるまいと願う。


 昼休みの終わり間際、屋上に彼女の姿が現れて僕は急いで駆けて行った。だから僕は今、かなり疲れていて息が上がっている。

 少女の後ろ姿はどことなく寂しげに見えた。

 一歩一歩、彼女に近づく。未知を恐れるように、何かが瓦解しないように、声が届く距離まで縮めた。

「あのさ、そこで何してるの?」

 僕の声に反応して彼女は振り向いては、すぐに真正面を向きながら声を響かせた。
「空を見ているの。」
「どうして?もう授業始まっているよ。」

 僕の声に反応してか、再度身体の向きを変えて目が合った。

「どうして私に構うの?」
彼女のごく当たり前な問いに言葉が詰まった。
「特に理由が無いなら放ってくれない。」

その声に冷たさは微塵も含まれていなかった。寂しさが込められている。そう解釈した。


「視界に入って気になって。どうしてここにいるの?悩みがあるなら聞くよ。」
「初対面なのに?お互い名前も知らないのに?」
「ああ。」
「もう一度言うね、私は空を見ているの。」
「だから何で授業が始まっているのに、そんな柵すれすれの場所にいるのさ。」
「野暮な人。何だっていいじゃない。」

 野暮か。それは肯ける。客観的に見たら授業をサボって見知らぬ女の子に声をかけている。これを野暮と言わず何と言えよう。

「その発言には同意しよう。ただこれだけは言っておく。僕が君に構うことに理由を求めるのはお互い疲れるだろう。」

 アハっ、と彼女は手を口元に当てて笑った。
「ねえ、面倒くさいってよく言われない?」
「たまに言われるよ。」
「正直だね。下手な言葉で繕っても良いのに。」
「言われてみれば確かに。」

 僕とのやり取りで再度彼女は笑った。まるで彼女の表情に呼応するかの如く、空から差す陽は眩しかった。

「随分と晴れた天気だな。」
「そうだね。良い天気。ねえ?」
「ん?」
「教えてあげるよ。私がここに来た本当の理由。」

 やっと本題に入れたところで僕は安心した。何故、彼女はここに来たのか。

「私ね、落ち込んでいるの。初対面の人に詳しく言わないけど落ち込んでいるの。環境が変わって思い出を愛でることで自分を慰める。そういった類のことが起因して落ち込んでいるの。」
 「何となく察しがつくよ。敢えて聞くほど野暮じゃない。」

少女が口にした通り、放っておくのが正解だったかもしれない。僕は少しだけ、自分の突発的な行動と善意を悔いた。


「それで空を仰いでいたの。落ち込むと海を眺めたくなる人いるでしょ?そんな感覚だよ。」
「そっか。邪魔したよ。ごめん。」
「ううん。少し元気が出た。野暮な人と喋ってると、自分の落ち込み具合が少しだけバカらしく思えてね。」
「野暮な奴で悪かった。」

 どうやら僕の行いで彼女の気分は晴れたらしい。複雑な感情に駆られるがこの際構わない。

「あーあ、私も授業に戻らなくちゃ。そういや君は何年何組で名前は?私は2年1組のみなみ。」
「え、先輩じゃん。1年2組の葉山風人です。」

 やらかしたと単純に思った。誰かを助ける気持ちで駆けつけ、憩いの時間の邪魔をした挙句、自然とタメ口を働いていた相手は先輩だった。

 僕の視線は自然と俯きがちになった。

「あー、先輩にタメ語使ってたんだ。」
「ごめんなさい。」

 僕が謝るとクスクス笑い、顔にはご満悦と書いてある。僕の横を通り過ぎた後、振り返り言葉をかけてくれた。

「また会おうよ、この屋上で。今度はランデブーで。」
「ランデブーよりデートの方がメジャーですよ。」
「うるさい、一々指摘しないの。ああ、もう最悪。意味分かってるの?」
「ええまあ。」
「知らないと踏んで、後で自ずとスマホ検索させようとしたのに。」

 恥ずかしそうに吐き捨ててスタスタ駆け足で屋上を去った。去り際に「明日の昼休み」という言葉が聞こえた。

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