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奈良漬けの記憶 [日記と短歌]23,9,17



人生が二度もあっては逝く甲斐もねえとばあばは漬物を切る/夏野ネコ


子供の頃、毎年夏休みになると長野の母方の実家に預けられていました。中央アルプスの麓の村で、まぁなにもなかった。
預けられていた経緯は今もよくわかりません。自然教育みたいなものと捉えていたのか、共働きで疲弊した毎日に子供の夏休みが重たかったのか…。
実際は、でもいいのです。
毎年の長野行きを私は楽しみにしていたし、なにもない、と言っても山を遠望する風景や同世代の親戚の子たちとの遊び、遊び疲れて食べるご飯のおいしさ…なにもない、というかありすぎるくらいあったな。

中でも濃厚に記憶に残っているのが瓜の奈良漬けの味なんですよね、あの塩辛くも甘い奈良漬けが、当時の夏たちの味を象徴しているように思う。
元来が甘めの味付けをする土地柄なのかわかりませんが、祖母の漬物は全般にどれも甘かったし、ちょっとしたご馳走としては鮎の甘露煮、鯉のあんかけなどが甘くて好きでした。あとはイナゴの佃煮とか。
などと言っていると食いしん坊みたいですね。
でも自分ちの味と異なる風味、どこかに山野の青臭い匂いが染みた食べ物の味は忘れがたい。

先日、近所のスーパーで珍しく奈良漬けを見つけて買いました。
あぁーこんな感じの味だったよなと思いました。
長野で食べたやつはもっとキリっとして美味しかった気もしますが、それは思い出補正でしょう。
あの味たちを作ってくれた祖母はもういません。だからあの味はもうこの世では再現不能です。これからも奈良漬けを食べるたび長野の夏を思い出すんでしょうが、でも思いだすたび記憶は少しずつ上書きされるから、ここぞというときにちょっとだけ食べるようにしましょう。

思い出す、ってことは「もう喪われた」ことで、特に夏の記憶は、夏が去ってからの方がその彩度を増していきます。でも、
また少し、奈良漬けの甘さに紐づいた遠い夏への思いが、また少し遠ざかる。

今年ももう、秋なんだな。


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