大好きな作品に出会うきっかけがいつどこで待ち受けているかなんて誰にもわからない。
春と夏の境目を覆い隠すように、つつじは乱れ咲いていた。
つつじが咲いているのを見ると、5月真っ盛りなのだなと思うけれど、
実際は4月の初めにはもうちらほらと咲き始めていて、20日ごろには満開になっている。
私の中に、つつじイコール5月というのが定着したのは、間違いなく子供の頃に読んだ『サマータイム(佐藤多佳子著)』のおかげである。
佐藤多佳子先生の著作は、どれもこれも10代になったばかりの私にはまさに’鮮烈’だった。
先生の著作に触れたのは、サマータイムが初めてで、出会ってから10年経った今でも何度も読み返すほど好きな作品だ。
この記事では、私と『サマータイム』の思い出について回顧しようと思う。
出会い
初めて「この作品の名前は『サマータイム』というのだ」と意識しながら読んだのは、中学1年生か2年生の時だった。
角川文庫かどこかの、ある一つのテーマに沿った児童向けの短編集に収録されていた。
そのときのテーマは「友達」だったと思う。
何気なく読み進めていた最中、とある一文を読んだとき、私の脳内で青緑色のぷるぷるとした塊が弾けた気がした。
私はこれを読んだことがある!と思った。
いつ読んだのか、気のせいなのか、すぐには思い出せず、私は必死で思い出そうと記憶の引き出しをひっくり返して探し回った。
「塾のテストの問題文だ!!」
記憶の点と点が繋がった瞬間のすっきりした感覚と、えもいわれぬようなときめきったらなかった。
そこまで有名でもない進学塾の、小学生向けの国語のテストの文章題が、こんなに素敵な作品だなんて、まるで運命のように感じられた。
テスト中にこの文章を読んだ時も、今と同じくらい「なんて素敵な文章だろう」と感じていたのに、どうして今まで忘れていたのだろう。
その日の放課後には本屋に駆け込んで、文庫本を手にとっていた。
細い線で描かれた海辺の絵。自転車と、風になびく麦わら帽子。露草とクローバー、えのころ草。
新潮文庫の黄緑色の背表紙や、明朝体の題字のすべてが、輝いて見えたのを覚えている。
あまりにも大好きな作品だったので、表紙のイラストを模写しようとしたこともあった。(自転車の絵が難しかったのですぐにやめた)
物語のつづき
テストの問題文に使われていたのはごく一部であったし、短編集に収録されていたのは冒頭の『サマータイム』だけであったので、続きがあることは単行本を開くまで知らなかった。
『サマータイム』を含め、全部で4章からなっている本作だが、私の一番お気に入りの章は第2章にあたる『5月の道しるべ』である。
第1章では、主人公の進からすると「癇癪持ちでやかましくて迷惑な姉」であった佳奈の視点で物語が進んでいく。
佳奈は小学6年生で、当時の私からすると1つか2つ年下だ。
知らない人の前ではつんとすましていて、家族の前ではとにかく気の強い長女。気になる年上の男の子の前では、もちろん素直になんてなれない女の子。
多感な時期の私には、この子はちょっと見てて恥ずかしい感じだな……。というのが正直な感想だった気がする。
典型的な内弁慶で、中にも外にも素直になれない気持ちを抱えていた自分と重なる部分が大いにあったのも、佳奈の行動を直視できなかった原因の一つである。
『5月の道しるべ』は、ほかに比べると短めの章で、幼い頃の佳奈の思い出が主に描かれている。
5月のある日、行けども行けども同じ景色のニュータウンに、見飽きる程溢れかえっている鮮やかな桃色。
'わんさか咲きそろっている'つつじの花を、佳奈はひとつづつちぎっては、ほんのちょっとのミツを吸っていく。
気づいた頃には、佳奈が夢中で歩いた道が、ピンクの線で縁取られていて、そこで佳奈は自分の罪にはっとするのだが、そのあとすぐに、あまりにも子供らしい、罪とも言えないようなかわいらしい罪を重ねてしまう。
つつじのどぎつくてあやしいピンク色と、そこにあるすべてを照らすような5月の日差し、誰もいないニュータウンの道に、ぽつんと取り残された佳奈。
その光景をただ眺めていればいいはずの私の胸も、ひどくどきっとした。
結局この章は、佳奈の1つ下の弟である進の無邪気さのおかげでハッピーエンドで幕を閉じるのだが、26歳の今ですらつつじを見るたびに思い出すくらいには、私の心に深い印象を残してくれた。
おわり
初めての投稿なので、5月の振り返りを書き残しておこう。と思い書き始めたが、ヘッダー画像のつつじになぞらえた書き出しを考えていたら、自然とサマータイムの思い出を書き連ねていた。
10年経っても20年経っても自分の心に止まり続ける作品は、なにも図書館でしか出会えないわけではない。
現代、文章はそこらじゅうにあって、そのどれもに書いた人の気持ちが詰まっている。
あふれるつぶやきにはもちろん、嫌々ながらに書き上げた報告書でも、その人の感じたことが土台にある。
時間に制約のある会社員生活では、厳選した役に立つ本だけを読もう、などと肩肘を張ってしまいがちだが、もっと力を抜いてみたら、子供の頃の輝きがまた戻ってきてくれるのかもしれない。
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