劇団唐組『さすらいのジェニー』

毎年、春と秋に公演を打つ、劇団唐組。

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今年の春の興行は中止となったため、去年の秋からちょうど1年ぶりです。
どうしても都合がつかず落胆していたのですが、急遽行けることになり、当日券ですべりこみました。


劇団唐組は、1960年代以降のアングラ演劇を牽引した唐十郎さんが座長を務める劇団。その前身は、1963年に旗揚げされた「状況劇場」です。

新宿花園神社の境内に、真っ赤な布のテント、通称「紅テント」を建てて上演するのが恒例ですが、今回の会場は下北沢。上演時間も、いつもは夜のみですが、今回は昼と夜どちらも用意されていました。

通い慣れた夜の新宿から、さすらって昼の下北沢へ――


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灯籠に照らされた鳥居がぼんやり怪しく浮かび上がる夜の神社も実に凄味があって堪らないのですが、線路街空き地の芝生に建てられたテントは何だかサーカス小屋のように可愛らしく、それもまた新鮮で心躍ります。

十分な換気を行うため、今回はいつものテントではなく、50年以上前の初代テントを使用。また、左右の壁を取っ払っているため、テントというより天蓋のような形です。こうなると、風通しが良いどころか、劇場外の音もよく聞こえてきて(劇場内から発せられる役者の声も、街中に響き渡っていたことでしょう)、さらに雨の日は布の隙間という隙間から雨漏りもしたそうで……いつも以上に外と内の境が曖昧な、何ともエキサイティングな空間でした。


さて、今回の演目は『さすらいのジェニー』。
ポール・ギャリコによる同名小説の後日談のような、また別の話のような……?かいつまんで説明することが難しいというのも、唐さんの戯曲の魅力かもしれません。内容については、また改めて書き留めておきたいと思います。


私は(この作品に限ったことではないのですが)、ヒロイン役である藤井由紀さんの、ふたつの人格を行き来する芝居が、とても好きです。
猫の世界から人間の世界にやってきたジェニーと、発がん性が疑われ使用禁止となった人工甘味料チクロに人生をとらわれた鈴木和子(劇中では"チクロ”と名乗っています)。

公演のチラシにも彼女の台詞が。
「あの情熱はどこに行ったの!錆びた顕微鏡の中に見たあのチクロの結晶。その結晶の中に溶けてしまいたい」


そして、ラストの屋台崩し。
これは、唐組の公演に必ずある見せ場です。

なんと、芝居のラストシーンで突然、舞台後方の壁が全て音を立てて倒れるのです。その途端、街の空気が、街の音が、一気にテント内に流れ込んできます。ぽっかり空いた舞台の向こうには、日常そのものといった下北沢の街並みが見えます。劇世界とは何ら関係のない人々が、当たり前のように行き交っています。

この瞬間いつも、私は、自分がどこにいるのかわからなくなります。目の前に広がる景色は、虚構なのだろうか、それとも現実なのだろうかと。
虚構と現実が一瞬にして繋がり、現実世界に果てしない奥行きが生まれてしまうのです。


ジェニーの白い影が、夕暮れの雑踏に消えていきます。
なんて可愛く、なんて哀しく、なんて眩しい!さすらいの白猫。

そして観客もまた、その雑踏へと帰ってゆくのです。

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