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今日も下書きを1本肥やしにした
私は頭脳、身体能力、ユーモア、魅力、友達、コミュ力、何もかもがありません。有能な人が溢れるこの世の中で、私のような無能が発信することは赦されるんでしょうか。
こんにちは、なつぐれです。
今日はいつかやった愚痴記事です。あのときは実験で丁寧語を止めてみましたが、あれはさすがに肌に合わなかったので今回はいつもどおりの文体で行きます。
私のような無能がnoteで発信することは赦されるのだろうか
昨日から『YOUR TIME(鈴木祐・著)』のブックレビューを出そうと思っていたのですが、まとまらなくて断念しました。
この本は時間感覚タイプ別に解決策が分かれていて一タイプだけ取り上げるのは中途半端すぎたのと、どこを切り取っても神書籍なのとで、「ワンポイント」なブックレビューにするのがあまりにも難しかったです。
というか、ビジネス書・実用書のレビューって何の意味があるんでしょうね。小説ならまだしも。
私は高卒なのでなにかの分野で専門家ということもありません。ただ本を読んで知識をつけるのが好きなだけなので、私は本で読んだことしかわかりませんし、創造性が低いのでそこから新たなアイデアとか生めません。
特に以下のような記事を読むと、私のような無能が知識に関する記事を投稿するのは踏みとどまったほうがいいとまで思えてきます。
(この記事は非常に面白いので、ぜひ読んでください。一次情報を読み解くことと、自称知識人の言葉に騙されないことの重要性がわかります。)
知識も経験も創造性もない私が発信する意義とは
電車の運転士であることは、アウトプットする観点では何の価値もありません。
プログラマーとしての私は素人と呼ぶにも恥ずかしい段階ですので、語ることはありません。
筋トレはまだ初心者で、身長168cm、体重53kg、体脂肪率9%台のガリです、
音ゲーは上級者に届かない中途半端な実力です。
読書量は読書家というには読んでいる冊数が少ないです。
ビジネスの人脈はありません。
友達も真の友達と言える人はいません。現にnoteに投稿していることやキャリアに関する悩みを打ち明けた他人は一人もいませんし、他人からそういった人生相談を受けたこともありません。
終いには「自分の無能さ」をテーマに記事を書くなんてどうかしています。
進むも地獄退くも地獄
進むのが苦しいです。とはいえ、ここで投稿を止めたら負けな気がしています。
「誰に向かって発信しているの?」「ペルソナは?」「専門性・一貫性を」
→そんなもんねえよ
最初は言語化能力の強化のために書き始めました。
今は誰にも読まれない記事を書いていることが悔しくて毎日書いています。
読者にとって有益な記事なんて私にはわかりません。書けません。そんな知見は私にはありません。
いしかわゆきさん曰く、
平凡な日常も、誰かにとっては面白くてタメになって、不思議な日常になる。
自分の日常を「ありふれた日常」だと勝手に決めつけているのは、他ならぬ自分自身なのです。
だそうです。
(こちらもめちゃくちゃ良い本なので、ぜひ読んでください。執筆時点ではKindle Unlimitedの対象です。)
なら、私の悩みも誰かのタメになるでしょうか。
電車の免許をとっても、プログラミングの勉強をしても、noteを書いても、筋トレで細マッチョを目指しても、何をやっても光が見えません。
こうして明日の私に毎日投稿継続のタスキを無理やり渡しました。
明日の私はどう苦しむんでしょうか。
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