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『家庭の中から世界を変えた女性たち: アメリカ家政学の歴史』

家政学のもともとの始まりはフェミニズム。時は19世紀。家庭内の重労働から女性を何とか解放したい。家事労働は非合理的な昔ながらのやり方がずっと放置されている。そんな問題意識を持った女性たちがアメリカ各地にポツポツと現れたの。そして1899年、彼女たちはニューヨーク州レイクプラシッドに集って話し合った。そこで家政学という学問の方針やカリキュラム、家政学という名前(Home Economics)という名称が決まったの。そして各人の精力的な働きかけで、男性にバカにされながらも、大学に家政学部ができたり少しずつ科目として浸透していったの。その過程では大学の偉い人のためにパイを焼くみたいな、本来の仕事ではないことも含まれていたけど、家政学を普及させるためならと我慢して取り組んだのね。

大学の中の家政学とは別の流れに、企業内で活躍する家政学士という存在もあったの。ガス会社、電気会社など、当時普及し始めたエネルギー会社のプロモーション要員として全米各地を回ったり、顧客からの相談を受けたり、こういう一群もいたのね。

アフリカ系アメリカ人の女性も社会的、経済的な大きなハンデを背負いながらも家政学の普及に精力的に動き、キャリアを築く人たちがいて、当時の黒人大学、今でいう歴史的黒人大学にも家政学部が開設され始めた。彼女たちはアメリカ社会で尊敬され大統領からホワイトハウスに呼ばれたりするんだけれど、時代は公民権運動以前。あくまで「白人社会とは別の黒人社会での家政学界の貢献」というカギカッコ付きの評価。家政学のグループも白人社会のものとは別に彼女達独自で発展していくことになる。

第二次大戦勃発。家政学は戦争を契機に地位を得ていくの。軍隊の栄養管理なんかでね。前に、昔からアメリカ軍隊の携帯食は美味しいというのを聞いたことがあるんだけど、もしかしてこの家政学の流れなのかしら。ただ、軍隊の仕事といってもやはり低く見られて当時の彼女たちはちゃんとした地位を与えられたわけではなかったの。

それでも、1940年代までの家政学はそれなりに女性の地位を向上させて、女性がキャリアアップしていくための窓口的存在になるの。いろんな矛盾を孕みながらだけどね。

そんな家政学が1950年代になると、当初の意義が失われてどんどん花嫁学校的な科目になっていくのね。そうなると、そんなのわざわざ大学で勉強する学問なのかみたいな話にもなってくる。

それで「このままじゃダメだよ」みたいに「ちょっと家政学仕切り直そうぜ」みたいな流れも出てきて、時代もちょうどリベラルな気運が高まりつつあった時で、家政学界も「家族」を再定義したり(それが家父長制な感じのしないフラットでいい内容!)、雑誌や出版物を通じて学術性を高めようと頑張ったりするんだけど、ここに爆弾が投下されるのよ。

それが家政学会にゲストで呼ばれていたラディカルフェミニスト、ロビン・モーガンの演説。「家政学は家父長制の手先!フェミニズムの敵!」とゴリゴリの演説して、家政学界に動揺をもたらすの。ここで、家政学を普及するためならと呑み込んできた矛盾が一気に白日の下に晒されるの。人種差別撤廃だって形だけで全く乗り越えられていなかった。

ただロビン・モーガン自身は、家政学の成り立ちとかよく知らずに来ちゃったんだって。だから後日「家政学の始まりってフェミニズムだったんですよ」という話を聞いたときに、「それなら『ああ、力のある者がなんと落ちぶれてしまったものか(聖書の一説)』と言うべきでした」と言ったとか。

その後、家政学は自分たちを見直したり反省したりしながらも、迷走を続けてやっぱり凋落していくのよ。でもね、本書の著者ダニエル・ドライリンガーは「家政学はもっと評価されるべき!」というスタンスなの。本来の家政学の理想に立ち返れってね。それで、本書は現代の注目すべき家政学の教育者を紹介したり、「家政学、復活するにはこれをせよ」みたいな提言で幕を閉じるの。私が印象に残った家政学復活戦略は、「家庭科を男子の必修科目にすること」。

それから、ここで紹介されていた現代の家庭科教師、アンジェラ・ディハート氏の教育がとてもよかった!例えばミシンの各部の名称のテストをする代わりに、ミシンのテクノロジーがどのように世界を変えてきたか、ファストファッション業界の労働問題や環境汚染などを学び議論するとか。要は表層的なことに拘泥するのではなく、構造的なことを学んでいこうってことよね。しかもこのディハート氏は40代になって「有色人種の子どもたちの教育に携わりたい」(ディハート氏はアフリカ系アメリカ人)と教員免許を取り、家政科のスーパーティーチャーとして表彰されるというすごい人。
そう、この本はね、19世紀から現代まで、こうした夢と理想と信念をもって仕事に打ち込んできた女性がたくさん登場するの(そもそもそういうタイトルだったわね!)。それもすごく刺激になった。



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