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心のチャンネルを合わせる 合わせてなお どうできる

「*****my******」

 彼の英語を聞きながら、私には何を言っているのかさっぱり理解ができず、ときおり聞き取れたものもあるけれど、それは言葉にならなかった。

 最後に、彼は馬鹿にしたように鼻で笑うと、

「あぁ、ごめんね。ついつい英語で話しちゃって。わからなかった?」

 と、見下したような目で私を見ている。その笑顔も口ぶりの明るさも親密を表すものではなく、ただただ自分の楽しさがこぼれているだけのもので、相手のことなど考慮にも入れていない。
 にやにや、いやらしい口元をしながら、私の言葉を待っている。おそらく、わからなかった、とか、すごいね、とか、そんな言葉を期待して。自分の承認欲求でも満たすために。

 と、私はふと思いついて

※「Я не знал, что вы говорите на вашем английском, но вы понимаете, что означают мои слова?」 

 こうやって聞いてみた。

 先ほどの調子はどこへいったのか、と思うほど、彼は ぽかん 大きく口を開けて、間抜けな顔をしている。期待外れの、というより、予期せぬ言葉に反応すらできない様子であった。もしかしたら、言葉としても捉えていないかもしれない。

 しかし、彼はすぐ気を取り直すと、少しばかり早口に

「それは何? 言葉なの? 適当なこと言っていないでよ」

 あぁ、やっぱり。
 期待通りのことを言ってくれる。

「私が話した言葉はれっきとした言語です。正確には、ロシア語ですよ。わからなかった?」

 と、平生の口調でそう伝える。

 彼の顔がみるみる赤くなる。

「何でロシア語なんだよ? それは本当に合ってるのか? 適当に言ってるんじゃない?」

 口汚い言葉が次々と日本語で出てくる。

「それはあなたにも言えることでしょう? 私に英語はわからないから、本当に合ってるのかもわからないし。それに、」

 私は一息置いて

「会話で必要なのは心のチャンネルを合わせることで、言語の違いではないでしょう? お互いに理解できないならそれは何も意味を持たない。まずは、心のチャンネルを合わせて、相手を見て、認めて、会話をしないと。コミュニケーションにならないよ」

 彼は わなわな 体を震わせながら、真っ赤に染まった表情で私を睨みつけている。しかし、何を言うこともなく、ふとバツの悪そうな顔をしたと思ったら、そのまま勢いよく背を向けて部屋を出ていった。

 私は彼を見送りながら、一時的に増した静けさに飲みこまれて頭がより冷静に冴えた。そうして、落ちついた心持ちで自分の言葉が脳裏に跳ね返ってくると、心のチャンネル、という言葉が妙に残響し、鮮明に残った。

 心のチャンネルを合わせる。

 とっさに出てきた言葉をそのまま繋ぎ合わせて話していたけれど、改めて言葉を振り返ると、その心のチャンネルというものは、とてもとても難しいものだと感じた。

 それは単に言語を合わせるとか、お互いに知った言葉で話すとか、そういったレベルのものではない。文字通り、相手の心に心を合わせる、ということで、それは相手の心を知らなければできないことではないだろうか。完全に心を合わせるではなくても、心に寄り添う言葉でかかわる……。しかし、

 相手の心に寄り添う言葉とは、どんな境地のものであろう。

 彼には申し訳ないけれど、私は私で、そんなことまだまだできてはいない。

 少なくとも、彼との会話では心のチャンネルなんて、合わせられる気もしなければ、合わせようとも思えなかった。おそらくこんな言葉を望んでいる、そんなことがわかっても、私はそれをすなおに認めて、伝えることはできなかった。そもそも、それが本当に心のチャンネルを合わせた会話なのだろうか?

 心と心を合わせる。
 それは、いったい、どんなことなのだろうか。

 私がこれから目指す仕事はまさに、それが必要なことなのだと思う。言語によらない言葉、それぞれの持つ言葉にチャンネルを合わせ、こちらもそれに応える。合わせるだけではない、合わせてなお、どうできるか。

 それが何かはつかめてはいないけれど、とっさとはいえ自分から出てきた必要な、大切な言葉であることには違いない。少しでもそれに近づいていけるように、考えて、感じていかなければ、と。

 私は、私が志すかかわりには到達できない、そう思わざるを得なかった。


※私はあなたが英語で何を言っているのかわかりませんでしたが、私の言葉が何を意味するのか理解できますか? 
注:翻訳サイトにて。正確には合っていないかもしれませんが、この場合それは重要ではないので、悪しからず。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。