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心にひとつ、しまっておけるもの

 心にひとつ、しまっておけるものがあるとしたら、何がいい?

 そんなことを問われて、答えに窮する。
 まごついているうちにその子は他の子に呼ばれて行ってしまった。

 その姿を見守りながら、いまだに頭の中ではその子の言葉が反響している。子どもの戯言、とも思えず、それこそ心に引っ掛かりを覚えるのは、何か、そこに、気になるものがあるからだろう。

 自分で言った言葉も忘れてしまったように、笑顔で「ばいばい!」と言うと、母と一緒に帰っていった。

 それこそ、ひとり、取り残されたように、その言葉と一緒に、取り残されてしまったかのように、静けさがあたりを包みこむ。くしくも、その子のお迎えが最後だった。

 片づけている間も、家に向かって歩いている間も、ずっと、鼓膜を響かせて、答えを求めている。いつまでも徘徊する亡者のように、疲れを知らずにささやいてくる。

 心にひとつ、しまっておける、もの。

 それはいったい、どんなものなのだろう、どんなことなのだろう。それは言葉? 物品? 行動? 事象? それさえもわからず、ぐるり、めぐっている。

 そんなものがあるとしたら、なんだろう。
 それとも、もう、私は持っているのかな。

 床に就きながら、夢と現のはざまでさまよう意識に私のほうから問いかけてみる――

 気がつけば、涙の伝う轍が肌に残る軌跡に知覚する感覚を実感しながら、天井を見上げ、朝を告げる空気の静けさに、包まれて、いた。 
 
 

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。