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eスポーツ活動と議論のルール

こんにちは、NASEF(North America Scholastic Federation/北米教育eスポーツ連盟、以下NASEF)日本本部です。初めましての方はこちらをご覧ください。

直前の2記事では競技的eスポーツ活動でクリティカルシンキングと問題解決能力を高めるには指導者が環境を整える必要があるという主張をしました。しかしこれまでの記事では「大人が適切な環境を用意すれば」と何度も主張しながら、具体的な案については踏み込むことができませんでした。そこで今回は各分野の専門家による知見を参照しつつ、若者が自分の興味関心分野(eスポーツ)を通じて21世紀型スキル(定義は後述)を獲得するための施策叩き台をまとめてみました。

今回特に注目するのは「議論する環境」です。選択理由は次の通りです。

■議論のファシリテーションは指導者がゲームに詳しくなくても可能である
■ゲームのプレイ時間に次いで時間を費やす活動である
■競技eスポーツはデータを用いるチーム競技である(一部ゲームは個人競技だが議論は同様に可能)
■検証に必要なゲーム環境がその場にあるため、仮説構築・検証・振り返りが自然に行える

議論の教育的目的

細かな内容に踏み込む前に、本稿における「eスポーツ活動グループにおける議論の教育的目的」をできるだけ短くまとめてみたいと思います。

自らの関心分野であるeスポーツをテーマに、学生が理性的な言語コミュニケーションを通じて意見を主張し、裏付けとなるデータを提示し、必要に応じて検証を行う。
このサイクルを繰り返すことで複雑なコミュニケーション能力、問題解決能力、自己管理能力といった現代社会で活躍する上で有効なスキルを育む。

21 世紀型スキル(資質・能力)

続いては先述した「21世紀型スキル」の定義を示したいと思います。引用元は日本及びアメリカにおける次世代型STEM教育の構築 に関する理論的実践的研究 (PDF、2017、研究代表:熊野 善介氏、静岡大学)、 - 「21 世紀型スキル(資質・能力)とSTEM教育改革」P31~33です。

①応用(活用)する能力(Adaptability); 不確実で新しく、尚且つ仕事の在り方が急速に変化する状況に意欲的に挑戦していく能力(中略)
  
② 複雑なコミュニケーション・社会的能力(Complex communication/social skills) ;適切に対応するために他から言語的にあるいは非言語的な内容を解釈したり、遂行したりする能力(中略)

③ ―非日常的な問題解決(Nonroutine problem solving);熟達した問題解決者は幅広い情報を分析し、パターンを認識し、問題の原因 の分析をするために、専門的な思考を活用する。問題の原因の分析を乗り越え て、解決に向かうために、2 つの知識が必要とされる。一つ目は、情報が概念的につなぎあっているのかという知識、二つ目はメタ認知に内容される知識のことである。すなわち、問題解決戦略が機能するかどうか、もしうまくいかないとすると他の戦略に転換するかどうかに反映される能力のことである(Levy and Murnane, 2004)(中略)

④ 自己管理と自己啓発(能力)(Self-management/self-development) 距離を超えて実際のチームと仕事ができること、そして、自己向上力があり、 自己分析する能力があること(中略)

⑤ システム思考(Systems thinking) すべてのシステムがいかに働きあっているかを理解する能力(中略)

引用元 - 米国教育専門家による「21 世紀型スキルと科学教育改革に関する専門家会議」が示した21世紀型スキルの叩き台(p.31)

eスポーツの領域で扱うトピックは当然対象ゲームタイトルになりますが、昨今の競技eスポーツで扱うタイトルでは選択肢の数が極めて多いため、全項目を網羅できるのではないかと考えます。

21 世紀型スキルの獲得条件

続いて「21 世紀型スキルと科学教育改革に関する専門家会議」の資質能力を獲得する条件を同文書のp33より引用します。

21 世紀型資質能力を獲得するための条件 (Anderman and Sinatra, 2009)
1.新しい考えが生まれやすい学習環境を育んでいるかということ。
2.子どもたちの個人的な興味や将来なりたい職業と連動した活発な活動を推奨する こと。
3.科学リテラシーと新しい科学的な仕事のために必要な必須の知識、能力、性質を 伸ばすこと。
4.既知の内容を訂正することによってより深い「学習の進展」(learning progression) を活用すること。
5.科学の教授において、課題基盤型学習アプローチ( problem-based learning approach)を用いることを推奨すること。
6.より質の高い学習に焦点化するためのアセスメント(評価)を用いること。
7.中等の科学教師養成および現職の科学教師に専門性向上のための研修を提供する こと。この研修には発達段階と動機づけに関する内容が含まれること

このうち、eスポーツ活動で指導者が整備できるのは(程度の差は生じますが)1~6ではないでしょうか。

これで、目指すスキルとその獲得条件がひとまず出揃いました。

eスポーツ活動で扱えるテーマ

続いてはこの条件を本稿における「子どもたちの個人的な興味」であるeスポーツの文脈に照らしてみます。筆者が想定できたのは次のような場面です。

■取り組んでいるタイトルの現行パッチ(最新バージョン)におけるメタ(主流派のプレイ傾向)分析および新たな戦略に関する議論
■自チーム(あるいはトーナメントであれば対戦予定の相手)の強みと弱み、対応策の議論
■試合後の反省会

これらについて競技ゲーマーである学生側からの疑問を集め、皆で議論することでクリティカルシンキング・問題解決能力の向上が見込めるのではないかと筆者は考えます。たとえば次のような「疑問」です。

「キャラクターAとアイテムBの組み合わせが強いとされているが、アイテムCと比較して何が優れているのか?」
「対戦相手にキャラクターAがいると苦戦するが、良い対策は?」
「先の試合は途中まで勝っていたが、終盤に逆転された。私達はいつ・どこで・どうすれば勝てたか?」

こういった疑問は定期的・日常的に生じるものなので、議論に適した環境を作り出せればゲームの上達とともに議論の練習にもなると考えます。

議論のルール

議論のルールという約束事は生徒にとって馴染みが薄いものであることが考えられるため、参加者全員が慣れるまでは指導者がファシリテーターとして参加するのが理想的でしょう。

口頭でのコミュニケーションが苦手なメンバーがいる場合などは「ブレインライティング」のような手法を用いるのも効果的ではないかと思います。

生徒側に提示するルールとしては、16年前に発行された書籍「図解 フィンランド・メソッド入門」で紹介されているフィンランドの小学5年生が定めた「10のルール」を引用します(対象別並べ替えは筆者による)。

■話し手
話すときは、だらだらとしゃべらない
話すときに、怒ったり泣いたりしない
■聞き手
他人の発言をさえぎらない
わからないことがあったら、すぐに質問する
話を聞くときは、話している人の目を見る
話を聞くときは、他のことをしない
最後まで、きちんと話を聞く
■両者
議論が台無しになるようなことを言わない
どのような意見であっても、間違いと決めつけない
議論が終わったら、議論の内容の話はしない

個人的な意見としては、ここに

「論破」という単語を使わない

を追加したいところです。理由はインターネット上で頻繁に用いられていることと、そのニュアンスに議論に勝敗を持ち込む色合いが強いためです。勝敗のためではなく、複数人だからこそ到達できる回答へたどり着く経験を積むほうがSTEM教育の方向性に沿っていますし、勝敗をつけるのであれば「ディベート」を行うべきですから。

またeスポーツ議題を話し合う時には裏付けや検証が必要になることが多くなるはずなので、

主張・反論する時は裏付けとなるデータを示す

データがない時は検証すべき内容と判断条件(どうなったら仮説を是とするか)を具体的にまとめる

という項目も必要となるでしょう。この2点を加えることで、仮説の構築、検証、振り返りという科学的なプロセスを活動に組み込めます。

指導者(ファシリテーター役)の役割

さて、ルールの逸脱が起きた時に議論の場を正すのはファシリテーターの役割です。
参加者は主張を認めてもらおうとする過程で感情的になったり、立場の強さ(腕前の高さ)を利用したりする可能性があります。これを論理的に諭して正すには参加者とファシリテーターが「この集団における議論の方針」を共有している必要があります。

こちらについてはちょうど「Ground rules of Conversation」(American Library Association Public Programs Office)でファシリテーターが最初に明示するべき事項が挙げられていたので、引用翻訳してみます。

■ここは議論をする場であり、勝敗をつけるディベートや口論の場ではないことを明確に伝える
■「敬意を持って話す」方法を示す(きちんと聞く、思い込みをやめる、質問をする、など)
■議論の目標を示す(判断を下す?選択肢を模索する?相互理解を深める?)
■ファシリテーターの立ち位置を明確にする(議論に参加するのか、指導に努めるのか)

これを最初に伝えた上で議題を示し、参加者が「議論のルール」に沿って話し合い、逸脱した場合はファシリテーターが正す。検証が必要な場合は検証の具体的な内容を詰め、議論の目的を達したところで議論を締めくくる。

このような議論ができれば、競技eスポーツの実力と議論の能力の向上、および科学的なプロセスの習熟が可能になるのではないかと筆者は考えます。

本稿で挙げたルール・方針は一部文言を調整した上で上の文書にまとめました。叩き台として使っていただける場合はぜひフィードバックをお寄せください。継続的に改訂・共有していきたいと考えています(特に検証の役割分担や報告フォーマットについては工夫が必要だと思います)。

お読みいただきありがとうございました。

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北米教育eスポーツ連盟(略称NASEF)は、教育を受け、想像力に富み共感力のある人材を育て、すべての生徒が社会におけるゲームチェンジャー(改革者)になるための知識やスキルを身に着けるために取り組む教育団体です。