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【掌編】『コンプラ刑事』

『『そこの君!止まりなさい!』』
パトカーの前を走るバイクの若者へ放った俺の言葉に、助手席の近藤刑事が反応した。
「おい、鈴木。今のはマズイんじゃないか?」
「え?どこがです?」
近藤刑事は呆れた様に首を振る。
「【止まりなさい!】がだよ」
「いや、他の言い方あります?」
近藤刑事は露骨にタメ息を吐く。
「【俺は止まって欲しいと思ってる】くらいの方が人権に配慮してていいんじゃないか?ヘタに強く出れば、反発されるぞ」
ここでもコンプライアンスか..
だが、暴走行為で他のドライバーに迷惑を掛けてる輩に対して、そこまで気を使わなきゃならないのか..
まあ確かに、バイクが止まる気配は無いのだが..
「..じゃあ、試しにそれでいってみます」
俺はこの狭い縦社会に属している事にウンザリしながら、拡声器のマイクを口にあてた。
『『そこの君!俺は止まって欲しいと思ってる!』』
だが、近藤刑事はいまいち納得していない様子だ。
「まだ、言葉が強すぎるな..今の時代、なるべくソフトにいかなきゃな」
「では、なんて言えばいいんですか?」
近藤刑事は少し考える素振りを見せる。
そして、何か閃いた様だ。
「じゃあ、女性の声色で『泊まってくれない?』ってのはどうだ?」
「俺が言うんですか!気持ち悪いですよ!」
近藤刑事は途端に深刻な顔をつくる。
「おい!鈴木!今のは問題発言だぞ!」
「え?何が問題なんですか?」
近藤刑事が俺を睨み付ける。
「お前、差別してるだろうが!」
「差別?..ですか?」
「ああ!差別だよ!俺みたいな普段は真面目ぶってるけど、本当は女装とかして楽しみたい刑事に対しての差別だよ!」
は?..
俺の頭の中に?マークが浮かんだ。
だが俺は、なんなんだコイツと思いながらも仕方なく謝罪した。これが縦社会だ。
「すみませんでした...反省してます」
「…いま何て言った」
「え..反省してます、と…」
すると近藤刑事は突然、大声を上げた!
「お前、ナメてんのか!!」
「え?..いや、ナメてませんが..」
「いや、絶対ナメてんだよ!」
これはさすがに理不尽な気がする..
俺は強い口調で断固として否定した。
「お言葉ですが、俺は近藤刑事をナメたりしてません」
すると近藤刑事はさらにヒートアップして大声で答える。
「バカヤロー!俺に対してじゃないだろう!お前はモノマネをナメてるんだよ!」
「モノマネ?..ですか?」
近藤刑事は激昂している。
「そうだよ!さっきの『反省してま~す』って、スノボの国母選手のモノマネだよ!全然、似てねえんだよ!」
コクボ選手?..一体、誰なんだろうか..
意味不明だが、今は逆らわない方が良さそうだ..
「すみませんでした..じゃあ、コクボ選手のモノマネ、ご教示して頂けないでしょうか?」
近藤刑事は、少し怒りを納めて、ふてくされた態度で答えた。
「しょうがねえなぁ..一回しかやらないから、ちゃんと聞いとけよ」
「はい..勉強させて頂きます」
近藤刑事は真剣な顔をつくる。
集中している様子だ。
「見てろよ」
「はい..」
「まず最初に、舌打ちしてからボソッと『うっせえなぁ』だ」
「はい..『チッ..うっせえなぁ』」
「そして、心を込めないで、『反省してま~す』。こうだ。やってみろ!」
「はい。『反省してま~す』。これでいいですか?」
近藤刑事の顔に笑顔が戻る。
「そう!それだよ!やれば出来んじゃん!」
訳が判らなかったが、何とかこの場を納める事が出来たみたいだ。

俺は前方を確認する。
バイクの姿はどこにも無かった..

【おしまい】

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