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【掌編】『私はSF小説家』

「え?パラレルワールド?...ふふふっ」
私の口から無意識に笑い声が漏れた。
だが、吉村君の顔は真剣そのものだった..
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私はSF小説家。
大学卒業後すぐにデビュー作を発表した。
そして、その小説はベストセラーになった。
続く2作目は映画化されるほどの大ヒット。
私は若くして幼い頃からの夢を実現させた。
憧れだった、売れっ子SF作家。

でも夢を掴んだはずの私の心は満たされなかった。売れる為、編集者から言われるがままに妥協の連続。書店に積まれた小説は私が生み出した物語ではなく、大量生産の消耗品だった。
私には他人を押し退け、自己を貫く強さが圧倒的に足りなかった。

「真理はワガママなんだよ」
2月下旬のこの日、中学からの付き合いで親友の仁美とひと月ぶりに会った。
私のマンションで、赤ら顔の仁美はビール片手に私を諭そうとする。
「真理?あなたは自分がどれだけ恵まれてるか判ってないんだよ。私なんかやりたくもない仕事を毎日、毎日さ..」
私もビールを片手に、苦笑しながら仁美をなだめる。
「はいはい、判ってるよ」
仁美はいじけた顔で口をとがらせた。
「もういいよ!もう!あっ、そうだ!高1の時、私と同じクラスだった吉村君って覚えてる?」

吉村君..
天才と呼ばれていた同級生。
いきなりの思いがけない名前に言葉が出ない。
代わりに彼の控えめな笑顔が脳裏に浮かんだ。

「覚えてないの?薄情だなぁ。いきなり飛び級でアメリカの大学行っちゃった、変わり者の天才だよ」
私は頷いて答えた。
「うん。もちろん覚えてる..」
仁美はニヤリと笑みを浮かべた。
「そう。突然消えた、真理のお気に入りの男子」
私は無理矢理の真顔をつくる。
「知らないわ。それで何の話なの?」
「え?あっ、その吉村君があなたのアドレス教えてくれって。あの人、私の実家に電話してきたみたいでさ。何だろうね?てか、なんでワタシんちの電話番号知ってるんだよ」
「さあ?クラスの連絡簿とかじゃないの...帰ってきてるんだ」
答えながら思案する。
一体、彼は私に何の話があるのだろう?
仁美はそんな私に構わず続けた。
「ねえ?吉村君に、あなたのアドレス教えていい?面白そうだからさ」
私は仁美を一瞬わざと睨み付けてから言った。
「..じゃあ仁美、私に何の用だか聞き出してくれない?それから考える」
仁美はニヤケた顔で答えた。
「わかった。悪い様にはしないから」
「どういう意味よ」
笑い出した仁美につられて、私も笑った。

翌日、早速、仁美からラインが届いた。
【吉村と電話で話したら、なんか投資の話だって。アイツ、真理のお金目当てだね】

高校時代、私と吉村君は市の中央図書館で偶然何度も出会った。その内、彼が話掛けてきた。
図書館の中だけで会う親友のクラスメート。
ただそれだけの関係。
それでも私達は小声で色んな話をした。
お気に入りの小説..
お互いの将来の夢..
後はSF関連の話が多かった。
彼が繰り返ししていた話がある。
『富田さん、パラレルワールドは実在するんだよ』
『え?パラレルワールド?...ふふふっ』
初めて聞いた時、私の口から無意識に笑い声が漏れた。
だが、吉村君の顔は真剣そのものだった。
『僕が証明してみせるよ』

短い間だけど、いつまでも忘れられない記憶。

気がつくと仁美に返信していた。
【吉村君に私のアドレス教えといて】
【え?なんでよ?】
【お願い】
【そう、わかった】

3日後、小雪が降る2月最後の日。
私は近所のカフェで吉村君と再会した。
私の前に座る彼は大人っぽくなっていたけど、目は学生時代と変わらない。
吉村君が口を開く。
「富田さん、もう夢を叶えたんだね」
真剣な顔の彼に私は微笑みで答えた。
「お願いがある。僕に出資して欲しいんだ」
直球で聞いてみる。
「いくら必要なの?」
「できれば2000万」
「何に使うの?」
「パラレルワールドへ行くマシーンのプロトタイプを造る。そして売り込む!」

私はSF小説家。
でも超現実主義者だ。
だからこそ未来を夢想する。
パラレルワールドなど実在するはずがない。
吉村君は何か違う事にそのお金を使うつもりだろう。
私は彼の瞳を見つめる。
彼も視線を逸らさない。
とても真摯な詐欺師。
私には偽りのベストセラーで稼いだお金がある。
そして、それを空っぽにして新たな物語を創造したいと願っている。
だから騙されてあげる。
「いいよ」
吉村君の顔がパッと輝いた。
「ありがとう!これは未来への投資だ。君と僕の約束だよ。じゃあ、この誓約書にサインしてくれる?」
私はその紙を受け取り、ボールペンで自分の名前を書いた。

富田真理

吉村君が書類をまじまじと見る。

「相変わらず綺麗な字だね。後、今日の日付もよろしく」
私は再びボールペンを走らせた。

令和5年2月30日

それを見た吉村君は力強く頷いた。
「よし!僕が別の世界に連れていくよ」

その時、胸に別の世界で力強く生きている私の姿が浮かんだ。その私の隣には吉村君がいる。そんな世界に生きたい..

一瞬だけど、本気でそう願った。


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