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ロジポート東ゲートのおじさん

昨日で、二年八か月勤めた仕事を辞めた。
お昼から夕方までのパートだったけど、私にとって、全くの未経験で恐る恐る飛び込んだ仕事だった。

職場までは、自転車で10分。まあ、近所だ。
その道を車で通ることはあっても、歩きや自転車で通ることはなかった。

うちと職場の真ん中あたりに、大きな物流施設、ロジポートがある。
トラックが一日中出入りしていて、東ゲート出入り口には、必ず警備員さんがいる。

まだ慣れなくて、毎日緊張していた何度目かの出勤のとき、大きな声で、警備員さんにあいさつされた。
「いってらっしゃいませ~!」

ちょっとびっくりしたけど、あ、この人が娘が話していたおじさんか!と思った。

娘は、大学生時代の四年間、隣駅の、あるお店でバイトしていた。
バイトには、自転車で通い、ロジポート東ゲート前を通っていた。

「ロジポートにすごい警備員さんいる。あの人、絶対にいい人だよ。」
「こんな暑いのに、おじさんすごい元気なんだよ」
「おじさんの日焼けがやばい。黒く光ってる。」
「寒いのに、おじさん今日も頑張ってた。」
「誰か、あの人を褒めてほしい。」


何度も警備員のおじさんのことを聞いていた。
娘は、童顔で背も小さいから、大学生の時にも、高校生や、時には中学生に間違われることもあった。

そんな、遊びに行くのか、学校に行くのか、仕事に行くのかわからない娘に、通るたんびに、大きな声であいさつしてくれていたらしい。

「いってらっしゃい!」とか、「ご苦労様です!」とか。

娘が大学を卒業し、その道を通らなくなって三か月後、今度は、私がその道を自転車で通うことになった。

私は、11時半ころ、その道を通って仕事に行く。
警備員さんは何人かいる。
娘が言っていたおじさん以外の警備員さんからは、トラックが通るときなどは業務として会釈されるけど、道行く人に、わざわざ声を出してあいさつはしていない。
それが普通だろう。

そのおじさんは、たぶん道行くすべての人に声をかけているんだと思う。
大人も子どもも関係なく、すべての人に。

11時半という変な時間に、週三回か四回だけ通る私。
おじさんに会うのは、週に一回くらい。
仕事に行く人なのかもわからないだろうに、毎回、いってらっしゃい!と言ってくれた。

いつからか、元気にあいさつをしてくれるおじさんに会うのが楽しみに思えてきた。
今日の警備員さんが、おじさんなら、当たり!ラッキーデー!みたいな。
きっと娘も同じだったんだろう。

少し離れた距離からでも、おじさんか、違う人かわかる。
おじさんだと、あ、今日はいた!って思う。

そして、笑顔で「いってらっしゃいませ~!」と言われる。
自転車だから一瞬で通りすぎるけど、私は、おじさんに会釈する。


二年八か月の間、会えば必ずあいさつしてもらっていた。

昨日、最後の出勤で、いつものようにその道を通った。
ロジポート手前の国道で信号待ちをしながら、思った。
(おじさんだといいな。今日で最後だから。)

警備員さんが見えてきた。
少し背が高い。おじさんではなかった。
ほかの警備員さんの顔は覚えていないし、ほかに何人いるのかも知らない。

少しがっかりしたけど、気を取り直して最後の仕事に向かった。


そして今日
いつもの私なら、車で行っている用事なんだけど、なんとなく自転車で行ってみようかなと思って、あの道を自転車で通った。
時間はお昼過ぎ。いつもより、少し遅い。

あのおじさんだった。

ちょっとだけ自転車のスピードを緩めて、東ゲート出入り口に近づいていった。
トラックが左折して、ロジポートに入っていったのが見えた。

「はい、どうも~!いってらっしゃいませ~!」

いつもの声。いつものあいさつ。
マスクで顔は見えないけど、マスクの下は笑顔に決まってる。

一体、一日に何人の人に、「いってらっしゃい」や「ご苦労様」を言っているのかな。
おじさんは、いつからあの仕事をしているんだろう。

おじさんに会釈して、自転車のスピードを上げた。
マスクの下で、ニヤッとした。

名前も知らない警備員のおじさんの話。





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