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【小説】奥穂高岳に登る 1.桐生 夫の実家にて その2

「小学生の僕でも登れたんだから大丈夫だよ」

俊は私の不安をよそに、相変わらずあっけらかんとしている。

「そりゃ、そうだけどさ。小学生とはいえ私たちは奥穂に行くより前にジョーネン、ツバクロとか、ハクバにだって行ってるじゃない。」

また、新しい山の名前が出た。

「常念岳と燕岳は北アルプスでも奥穂高岳に近いエリアの山で、ハクバというのは白馬岳(しろうまだけ)。同じ北アルプスでも奥穂高岳より北側、富山県側エリアの山です」

誠也さんがフォローしてくれる。

「そこは奥穂高岳より大変じゃないんですか?」

「常念岳と燕岳は登りはきついけど、岩場の危ない感じのところはあまりないわね。白馬岳は大雪渓が大変だけど岩場はそれほどでもないから体力は使うけど危ないという感じではないかな」

今度は龍子さんが解説してくれた。
要するに奥穂高岳のほうは体力を使う上に危ないところがあるということなのか。いやがうえにも不安は膨らんでいく。

「いつきちゃん、山はどんなところ行ったことがあるの?アルプスとか八ヶ岳とか?」
「吾妻山は俊さんと時々登ります。あと鳴神山。赤城山も行ったことがあります。クロビ、でしたっけ?」

龍子さんは何か言いたそうに俊の方を見る。

「結構登ってるよね。山」

俊は姉の意図をまるで解していないようだった。
龍子さんは深いため息をついてから、自分と俊の登山歴について話してくれた。

二人は両親の影響で、それはそれは小さいときから山に登っていたのだという。
小学校に入る前から群馬県内の赤城山や榛名山をはじめ、隣の栃木県、足尾の山などを登っていたのだそうだ。
さらに、龍子さんが小学校に入ったくらいから「夏合宿」が毎年の恒例行事となったらしく、先ほど出てきた白馬岳やら常念岳・燕岳あたりは低学年で経験済みということだった。
つまり、俊の実家、安藤家は筋金入りの登山一家なのである。お気楽に海水浴をしていた私の家族とは違うのだ。
この姉弟にとっては鳴神山はちょっとした運動レベル。吾妻山に至っては俊が所属していた高校山岳部にとっては毎日のトレーニングコースだったそうだ。私には鳴神山も吾妻山も、登るのはちょっとしたイベントなのに。

えらいところにお嫁に来てしまった。今更だけど。

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