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「先生の働き方改革」とはいったいなんなのか(後半)

(この記事は前半からの続きです)

(本記事は一切の組織や団体との関連なく、あくまでも個人的な一意見として書くものです)

前段

前の仕事で僕は、学校の働き方改革のコンサルティングの仕事をしていました。
自治体とともに学校の先生方からアンケートを取ってデータを分析したり、教育委員会にいってあれやこれやと議論したり、学校にいって管理職や現場の先生と直接話をしたり。教育に関わる色々な方々と、協力したりぶつかったり、時に学校に常駐して話し込んだりして、学校の働き方改革について考え、実践してきました。

学校の働き方改革を現場レベルで実現する上で最も早い方法は恐らく、外部から影響力のある人間が学校に入り直接「あれをしましょう」「これをしましょう」と根気よく伝え、補助し続けることだと思います。
ただ、自分の身はひとつしかありませんし、当然効率の良い方法とは言えません。直接話せる先生の数も限られますし、何よりこれから入ってくる先生も大勢いるので、「持続する仕組み作り」にもなりません。

本来、コンサルなんて仕事はなくても自発的に業務改善が回っていく姿が最も望ましいはずです。そのためには、あくまでも既存の組織の中で実践できる方法で、構造的に、少ない労力でなるべく多くの人を動かすにはどうすればよいか、それはどうやったら定着するか、ということを考える必要があります。

それを踏まえた上での、先生の働き方改革についての現場での一つの実践の仕方と考え方を書きます。

1.先生の働き方改革とはなんなのか

先生の働き方改革という言葉がここ数年でよく使われるようになりました。
まずはこの言葉の意味から考える必要があるように感じます。

これは僕自身の解釈ですが、先生の働き方改革とは、「先生の労働環境を改善」し「先生が充実して生活でき仕事に誇りをもてる」ようになることで、「先生が新たな価値観を学び、それを子供に伝えていく」。これにより「更に先生を目指す人が増える」ようになり、結果的に「教育が充実したものになっていく」という一連の流れを生むものと考えています。

今いる先生が生き生きと働いていれば、先生を目指している学生などだけではなく、教育を受けている子供自身も「先生はいい仕事だ」と思えるようになり、将来的に先生を目指そうという人も増えるはずです。
先生は子供が最も触れることの多い職業人である、というメリットを最大限に生かして先生が充実して働けるようになれば、先生はより魅力的な仕事になり、将来的に志望者も増えていくと思います。

この一連のサイクル全体が「先生の働き方改革」だと思っている

また、残業時間を減らすことは、目的ではなく手段です。残業を減らすことそのものが目的化しないように、というのも意識したいところです。

2.先生の働き方改革を考える上での前提

前提として、先生は社会のインフラであり、先生の働き方改革は日本全国すべての学校でおこなう必要がある取組みです。
この点を踏まえた上で、あくまでも先生の働き方改革を進める前提として「人・モノ・金・環境」の4つの要素を整えることが必須だと思っています。

人については、プログラミング教育や外国語教育を中心として、学ばなければならないことが増えた分の専門の人は増やさなければならないですし、その人を増やすためには当然お金がかかります。
また、タブレットや便利な道具を使って時代に合った教育をしていくなら当然、金・モノも必要になります。インフラを強化するという考え方のもと、必要なところに必要な人・モノ・金を投下する必要があります。

ただ、「人・モノ・金」は「法律・予算」が絡むものもありすぐに解決できない、あるいは解決するのに時間がかかる問題と言われます。
ここをどうやって解決していくか、というのはかなり取り組みがいのある課題で面白いのですが、現場レベルではここまで入れると話が大きくなりすぎてしまいます。

予算と法律の壁を超えるのは時間がかかるから今できることを洗い出すの図(課題はちゃんと書き出すと数百以上あるが割愛)

当然、「人・モノ・金」をセットでやらずに環境だけを変えるのは、あくまでも応急処置であり、それだけでは持続可能性も担保されません。(正直に、これらのことをすべてやっても全国の先生の大多数は月45時間の残業ラインをまだ切れないと思います)

ただ、それでもなお、応急処置をしないと致命傷になる可能性があります。それもまた食い止めなければならない。その前提のもと、「人・モノ・金」がかからない、あるいは極力かからないという観点から、「学校現場での取組をどうやって進めるか」、ということに絞って書いていきます。(一部行政分野にも触れますが)

学校現場のみでの働き方改革により削減・改善の取組みをすることは、現場にとっては応急処置ではありますが、応急処置も方法を誤ると治りにより時間がかかったりかえって傷口が広がったりすることがあります。ので、正しい応急処置の仕方を考える必要があります。

3.先生の働き方改革で「なにをやって」「なにをやらないか」

先生の働き方改革の前提として、文科省が教員の業務三分類というものを明示しています。これは、教員の業務を「基本的には学校以外が担うべき業務」「学校の業務だが必ずしも教師が担う必要のない業務」「教師の業務だが負担軽減が可能な業務」に分解したものです。
これは文科省が出しているものであり、文科省の後ろ盾とも言えるものなので、教育委員会も学校現場も積極的に活用する必要があります。(*1)

あまり周知されてはいないが、これは文科省からの「後ろ盾として使ってほしい」というメッセージだと思う

4.先生の働き方改革はなぜ進まないのか

こうした方針が出ているにも関わらず、実際に学校の働き方改革をやってみるとなかなか難しいところがあります。それはなぜか。「学校の働き方改革はひとりが頑張ればできるものではない」からです。

例えば、個人の先生が授業を作る際に指導書をみたり、市販の板書ノートを参考にしたり、インスタやツイッターを参考にしたり。こういったことは、先生ひとりでもできる取り組みです。
ただ、先生の仕事は実はいろいろな人との連携が必要な仕事ばかりです。学校全体として働き方改革に取り組もうとする場合、どう連携して協働するかというところがポイントになります。

この連携や協働を阻害する要因となりうるのは、たとえば管理職と教職員の考え方の違いであったり、教職員と保護者の考え方の違いであったり、教職員同士での考え方の違いであったりします。
代表的な例を書いてみます。

働き方改革がなかなか進まない要因として多そうなもの(もちろんほかにもあるが良く聞く例のみ抜粋)

①.保護者からの理解が得られない
・学校管理職から保護者への説明責任
・保護者からの反発・恐れ

②.管理職からの理解が得られない
・これまでのやり方を変えることへの不安
・これまでのやり方への正しさ・信念

③.現場の教職員同士の理解が得られない
・これまでのやり方を変えることへの不安
・これまでのやり方への正しさ・信念対立
・新しいものや新しい考え方への抵抗感(学習形態の変化への戸惑いやICT活用の不慣れ・抵抗感など)

先生に関わる人だけでなく、一般的にほとんどの人は先生と何かしら触れ合ってきているわけで、その人なりの先生のイメージというものもあります。それは良い経験だったかもしれないし、辛い経験だったかもしれない。その経験から作られたイメージは恐らく他のどんな仕事よりも多いと思います。先生の仕事をテーマにしたドラマなども昔から多く放映されてきました。誰の心の中にもその人なりの先生像があるのではと思います。

そしてそれは先生自身も同じです。「ここまで関わるべきだ」「こういうフォローをすべきだ」「こう仕事をすべきだ」という経験からくる信念は、多くの先生の中にも同じようにあります。「あのときこうやったからクラスは平穏に保たれた」、「先生ならば当然ここまでやるべきだ」という成功体験は、多くの先生の心の中にあります。(これは先生に限らず、どの職業でもあると思います)

先生の働き方改革の対義語は、「先生の仕事とはこうあるべきという信念」のように感じます。これは、管理職も現場の教職員同士も保護者も、だれしもが持っている信念やイメージから起因するものだと思います。先生という仕事は、ほとんどの人の中に何かしらの理想像が形作られているという仕事の性質上、特にこの「信念」と対立する部分が大きくなるように思います。

実はこの考え方が、信念を変える必要がある=先生の意識の問題、という話につながりがち

先生の中には、「先生が本来の業務時間を超えて身体を張って子供を助けるものだ」という認識を持っている方も多くいます。僕は、このことが全く悪いとは思いません。自分自身もそうでしたし、また今自分が先生になったら、同じように業務時間外でも子供に関わろうとするかもしれません。

ただ、先生を「社会のインフラ」として考えたときに、持続可能性が担保される形にする必要もあるとも思っています。一人の先生ができても、多くの先生が無理をしなければできないことや、身体に影響を及ぼすまでの残業をしなければできないことは、インフラを維持するという観点で諦めなければならない部分も出てきます。
以前までと比べると、先生がやらなければならないことは増えました。以前のやり方のまま、増えた業務に立ち向かのは難しいのもまた現実です。そのために、以前やっていたやり方は、少しずつ形を変えていかなければならなくなってきます。

ただし、だからといって「現場の先生の意識を変える」という、直接的なやり方ではなく、あくまでも環境を整備することで現場の先生だけでなく、管理職も保護者も地域の方も、自然と意識が変わっていくような取組を進める必要があると思っています。

5.先生の働き方改革をどのように進めるか

文科省の示す業務三分類と、働き方改革を阻害しうる要因を前提に置いた上で、働き方改革をどう進めるかに論点を置きます。

先に書いたように、先生の働き方改革をやっていて最もよく聞く意見は、「先生の意識を変える必要がある」です。が、人の意識を変えるというのはそう簡単ではないです。もっというと、意識を変えろと言って意識を変えさせることは、内心の自由を侵害することになります。意識は変えるものではなくて、環境を変えれば構造が変わり、それにより自然と変わるものだというふうに捉え直す必要があると思っています。

個々人の意識を変えるより環境を変える取り組みをした方が全体の意識に自然に浸透していく

さらに踏み込んだ話をすると、僕は「先生の働き方改革にはある程度正解のルートがある」と思っています。もう少し言うと、「環境を変える取組を進めることで構造が変わり、それにより自然と意識が変わっていき、こうあるべきという信念が自然と離れていく状態を目指す」ということが大事だと考えています。

6.働き方改革を「どう進めるか」。どう進めると「環境」が変わるか。

学校の働き方改革を専門とした仕事をしていると、あるあるで聞くのが「うちの学校はこういう地域だから無理。より先生の負担が増える。」という声です。
「学校による」「地域による」「正解はない」「今はできない」という言葉で、「うちの学校ではその取組はできない」というできない理由づけがなされてきた現場を多く見てきました。

気持ちはとてもよくわかりますが、先に述べた通り、学校の業務改善は「ある程度正解のルートがある」というのが僕の意見です。環境を変え、構造を変えるための道筋がある。こういう性質の取組については、「どの学校でもやらなければならない取組」と言っても過言ではないと思っています。

働き方改革とはテコの原理のようなものだと思っています。働き方改革に取り組む順番も、この原理を考える必要があります。もっと言うと、働き方改革におけるテコの原理として「支点(環境作り)ー力点(各事例の取組)ー作用点(時間短縮や余暇充実などの成果)」を連動するものとして捉える必要があると考えています。

先生の働き方改革は「どうやって支点(環境)づくりをするか」

「先生の働き方改革」というと、「力点をどれだけ押すか」、つまり、いろいろな事例をとにかくできるものからやる、という発想になりがちです。が、個人的には、支点づくり(働き方改革が受け入れられる環境をどう浸透させていくか)にポイントを置くべきと思っています。

そして、この支点が土台としてできていれば、つまり環境が整ってくれば、あとは自然と取組が進んでいく状態になってきます。働き方改革事例集の取組が受け入れやすくなったり、いろいろな取り組みをしやすくなったりします。それに付随して、前はできなかった取組もできるようになってきます。
どうやってこの支点を整えるかがポイントになってきます。

また、ここではあえて触れませんが、これは学校現場だけでなく、国・自治体単位でも有効な考え方です。(たとえば、ICTの取組を学校で進めたいのに、十分な台数のPCやタブレットが現場に行き届いていない、あるいはスペックが不足していてスムーズに動かない、といったことは行政にて必ず補完して整えるべき環境です。これは現場レベルではどうしようもない問題ですし、多大な影響を及ぼします)

7.「環境を変える取組」を文科省の働き方改革事例集から考える

令和2年度に文科省の「働き方改革事例集」が刷新されて出されました。
その後、令和3年度には更に事例集が刷新され、「働き方改革動画」とセットで出されています。(この事例集と動画の作成には僕も関わりました)

この事例集は、学校現場に対して新しい取り組みへの恐れを捨てて、一歩踏み出してもらう背中を押すためのものです。「この事例集に書いてあるのだから、あなたの学校でもこれをやっていい。これを後ろ盾にしていい。」という文科省からのメッセージです。

おそらく、学校でできる働き方改革の事例のほとんどは何らかの形でこの事例集に網羅されているはずです。

ただし、この働き方改革事例集に掲載されている多くの実践事例は、働き方改革の「点」の情報です。学校の環境を変えていくためには、働き方改革事例集の「点」の取組のひとつひとつを「線」につなげ、「面」として整えていく必要があります。
「点」の情報だけを頼りに力を押し続けても、なかなか取組は成功しませんし、定着しません。がむしゃらに上から順番になぞっていってもなかなかうまくいかず、「やっぱりうまくいかないなぁ」となる学校が多いと思います。

ここからはこの事例集と事例動画に紐づけて、先生の働き方改革についてもう少し具体に踏み込んだ内容に入ります。
この働き方改革事例の動画の中では取り組みのひとつとして「職員会議をペーパーレスにした中学校」がでてきます。

この学校は、会議資料をマイクロソフトのTeams上で管理するようになり、文書の修正もTeams上でやるようになりました。
前年度なにをやっていたかがすぐに遡れるようになり、これまでタブレット活用に後ろ向きだった先生が、積極的とまではいわずとも恐れなく使えるようになりました。

動画に付随する「働き方改革フォーラム」の中でもこうした内容は語られています。(45:00あたりから。一部画像映ってないですが、小学校の事例も含めて示唆に富む話が多くあります。校長先生は「決断者」ですが、必ずしもリーダーシップの強い校長が必要というわけではない良い事例かと思います)

ICTを活用するだけならいろいろな取り組みがありますが、「会議のペーパーレス」といわれると、「印刷する手間がいらない」「紙の削減になる」くらいしかメリットが思いつかないという人も多いかもしれません。

が、これは表の効果で、裏の効果としては、「資料をギリギリまで修正できる」とか「ひな形が時系列で蓄積される」とか「タブレットを週に1時間必ず見るので、日常的に触る習慣がついてきた」とか、付随する様々な効果が表れてきます。
「印刷するとなると印刷時の微妙なズレをきにしないといけなかったが、ペーパーレスなのでその心配もいらなくなった」など、細かいですが「文書作成そのものに対する苦手意識が薄まった」という効果もあります。「どの先生にひな形があるか聞くのが大変、面倒」といった課題も解決できます。最終的には職員会議自体をなくしてしまい、フォルダの共有のみとしてもいいかもしません。
これらはいずれも「ペーパーレスをきっかけに環境が変わったことにより自然と起きた意識の変化」です。

上の枠「表」の効果「イメージしやすい」効果、裏の効果が「やってみたら確かにそうなったかも」と思える効果

ちなみに少し行政視点で考えると、例えば事務職員なども含めた先生方にも端末が十分に整備されていなければ、職員会議を完璧にペーパーレスにすることができず、一部印刷をする必要が出てきたりします。
上に書いた通りこれは、単純に紙を出すかどうか、端末をどの程度使用するか、という部分では測れない非常に大きな影響があります。「すべてペーパーレスにできる状態」でなければ、裏の意識の変化は起こせないからです。こうしたところもふまえて、行政側も学校にとって本当に必要な環境を適切に整備する必要があります。(当然、行政側が学校に対して過度な印刷を求めてしまっても、この構造は壊れてしまうことになります)

また、ICTへの慣れができてきて、教職員が連携してタブレットを見るようになってくれば、その後にチャットでの情報共有やスケジュールの共有といった新たな取組もできるようになってきます。

もっと進んでくると例えば「職員室にもタブレットを一台置いてスピーカーを繋げ、教室から内線がわりに連絡できるようにしよう」といった取組も生まれたりします。(これは事例集には載っていない発想です)

「点」だけでなく自然と「線」から「面」に繋がることを意識する必要がある

これが例えば安易に「チャットでやりとりしよう」と思ってもできなかったでしょう。ICTに慣れていない先生の「見ていませんでした。直接伝えてください」で頓挫する可能性もあります。
せっかく働き方改革の取組をしようと思ったのに、やる順番がうまくいかなくて結局モチベーションがさがってしまったり、「どうせ無理だ」と思ってしまったり、そういったことが起きるのは悲しいです。(確実に成功する方法はないですが、順番やポイントを押さえれば成功率を上げることはできます)

やりたい取組にたどり着くためには順番があります。これが「環境を変え、構造を変えること」です。簡単ではなく、時間もかかりますが、環境に浸透させていく必要があります。

8.実際に環境が変わり自然と意識が変わった取組

参考に、環境が変わり自然と意識が変わっていくような取組の例をいくつかあげてみます。

<日課表の見直し>
・中休みを短くする、掃除を何日かに一回にする、下校時間を早める、といった取組です。
・単純に、先生の業務負担が圧倒的に変わります。(単純に早く放課後の作業につけるだけでなく、指導の必要性や心理的負担の軽減に大きく影響します)
・保護者に対して先生の業務改善の方針を理解してもらうきっかけとなることも目的のひとつです。
・開門時間の見直し(適正化)を見据えた取組でもあります。

令和3年度事例集より抜粋。現場レベルでは圧倒的な効果があります

<アンケートのICT化>
・アンケートをGoogleやマイクロソフトなどのフォームから受ける取組です。
・この取組は行政も同様に進めていく必要があります。(紙のアンケートの廃止・移行)
・ICTにある程度慣れておく必要があるので、会議のペーパーレス化などにより「強制的にタブレットを見て、使う機会が与えられている」環境が馴染んでいる状態が望ましいです。
・アンケートの配布、集計のICT化にとどまらず、次のステップとして「保護者との欠席連絡のICT化」まで見込んだ上で取組を進めることが重要です。
・「保護者との欠席連絡のICT化」により、保護者との関係性や徐々に変えていきつつ、学校の考え方を理解してもらう土台として意識していく必要があります。

<留守電の導入>
・学校に環境がない場合、行政側が整備すべきものとなります。
・保護者や地域に対する学校の方針や先生の業務改善を合意する土台となるものです。

業務の適正化のために必須

<土曜授業の見直し>
・教育委員会による取組です。
・土曜授業は全国各地で行われていますが、「土曜授業でどのような取り組みをしているか」「通常授業をどの程度やっているか」「学力にどの程度の影響が出ているか」「先生は代休を消化できているか」についての議論なく土曜授業が継続されている場合は、「土曜授業そのものが目的化」している場合があるため、速やかに見直しが必要です。
・教育委員会と教職員の合意形成や関係構築、環境づくりに必要な取組です。

<予備時数の見直し>
・教育委員会による取組です。(時数管理は学校裁量で可能ですが教育委員会による方針出しも重要)
・必要時間を大きく超えた予備時数を確保して授業をしている学校が多くあることを鑑みた取組です。
・熊本市教育委員会の『学校改革!教職員の時間創造プログラム』が非常に参考になります。
・教育委員会よりこうした方針が学校現場の声とともに語られることそのものがメッセージとなり、教育委員会と教職員の合意形成や関係構築、環境づくりに影響を与えます。
・文科省からも「教師の負担増加に配慮するよう」通知が出ています。(*2)

教育委員会からのメッセージが盛り込まれています
「現場からのアイデア」が盛り込まれている点も重要です。なぜかは後ろの章で説明します


<新年度の授業準備日の十分な確保>
・教育委員会による取組です。
・自治体の日程にもよりますが、4月の平日の1週目の土日に出勤して学級準備をおこなう先生が多いのが現状です。
・始業式までの期間が短く、学級準備や教職員同士のコミュニケーションの不足により学校の組織づくりが疎かになる可能性があり、平日で最低5日は準備期間が設けられるのが望ましいです。(それでも基本的には授業時数に大きな不足はありません)
・学校管理規則に記載されているものの、学校管理規則は変更が可能なものです。
・学校管理規則の変更経験がない自治体にとっては、規則変更の環境づくりの一歩目となります。

入学式まで土日がはさまると平日の準備日はかなり少ない(年度によって平日の準備日の日数が大きく左右されてしまうので土日出勤を余儀なくされる)

9.合意形成と意思決定と説明責任

先生の働き方改革の取組自体は、比較的ハードルの低いものから高いものまであります。ただし、いずれの取組をおこなうにしても、基本的には学校管理職が関わってきます
もう少し言うと、取組を進めるためには学校管理職と現場の先生との「合意形成」、学校管理職による「意思決定」、「説明責任」が必要です。

管理職の意思決定にはつきもの

合意形成については特に、リーダー的ポジションの先生と合意形成を図っておく必要があります。(リーダーシップだけで乗り越えられる時もありますが、基本的には積極的に推進できそうな人間と合意を取れている必要があります。まずは一部の人間のみで試してみるという方法もあります)

また、合意の先に、学校全体で推進していくための意思決定が必要です。管理職から何かしらの宣言をすることになると思いますが、改革当初には痛みを伴います。最初はうまくいかずに負担が増える可能性もあります。
ICTを利用した取組や授業でも、使って慣れるまでに時間がかかったと思います。習得し、定着するまでの多忙さを乗り越える責任と強い意思決定が必要になります。

さらに、取組に関しての説明責任も必要になります。基本的には先生同士での合意をとるものですが、時に保護者、地域住民への説明責任を果たす必要が出てきます。
ここでは、教育委員会の力を借りるというケースもありますが、その場合は教育委員会との合意形成を取る必要があります。

ここまで、学校管理職の果たすべき役割は極めて大きいです。このため、学校管理職の多忙や、学校管理職によって大きく左右されてしまう学校の在り方、学校管理職の「意識の変わらなさ」が働き方改革の一番のボトルネックだという人も多いです。
そしてこれを解決するためには教育委員会も含めた構造と環境づくりが必要になってくるのですが、それはまた別の機会として一旦割愛させてください。(超大事なんですがここでは書ききれない)

10.働き方改革の環境を「定着させる」サイクル

先生の働き方改革に取り組む際にセットで考えておきたいのは、その取組を「定着させる」ためのサイクルです。

取組の案を立てて、それを実践します。ただ、先に書いたようにどんな取組でもはじめた当初は痛みが伴います。この痛みは「うまくいかないかもしれない」という不安だったり、「先生が言ったことをやってくれない」だったり、「保護者から問合せがくる」だったり、前よりも業務負担や心理的負担が一時的に増えることを意味します。

なるようになる、ということで始める人もいますが、現状があまりにも不安であれば、当然足踏みしてしまう人も多いと思います。
そういうときに、どうやってフォローすればうまく取組が進むのかを考えることも大切な要素になります。下記のようなサイクルまで考えておけば、より取組みやすくなるかもしれません。

簡単にいうとPDCAなんですけど

ひとつの現場での実践例を出します。

保護者からの欠席連絡をGoogleやマイクロソフトなどのフォームから受けるようにするという取組があります。
ここで大事なのは、学校からフォームを作って保護者に「このフォーム(QRコード)から欠席連絡を送ってください」と発信するだけではありません。
そのようなプリントを作って渡しても、電話で連絡する人は必ずいます。そこで、「あぁみんなに浸透しなかった。電話で連絡をしてくる保護者が減らないから電話対応の手間は増えるしこの取り組みは失敗だ」となってしまうと、この取り組みは定着しません。

重要なのは、電話を受けた職員が保護者に対して「今後はフォームから送ってくださいね。わからなければこのメールを確認してくださいね」と案内を続けることだったりします。
こうした取組のフォローも想定した構造的な循環をしていかなければ、取組自体が開始しても定着しづらいです。

もうひとつ、「使う」だけでなく「使って回す」サイクルを作る実践例。

子供との連絡にタブレットを使うという取組があります。
授業で作ったプリントやクラスの時間割、事務連絡などをクラスや部活のグループに送ってメンバーで共有する取組です。こうすると、いつでもプリントが見られて忘れる心配がなくなりますし、プリントをなくしたとかどこかにいってしまったとか、欠席していて連絡を受けていないとか、そういったことも防げます。

ただ、現場レベルでは「子供が確実にチャットを見たかどうかがわからない」という課題もまたありました。
そこで、グループでの投稿を子供が見たらスタンプを押す、というルール付けをするようにします。これにより、誰が受け取ったか確実に把握できるようになります。(もちろん、全員が全員押すかと言われると、そのフォローのサイクルを作る必要もまたありますが、それでも効果はあります)
これが定着してくれば、例えば校外学習のあとに子供が自分で自宅に帰り、スタンプを押して帰った報告をしてもらう、といったこともできるようになります。

ここまで、簡単な心掛けのような気がしますが、ここが意外とハードルになるケースもあります。逆に、取組をどうやってフォローして定着させることができるかまで考えられていれば、不安も少し減ってくると思います。

さらに、こうしたフォローをする一連のサイクルを作った後に、次の項で紹介する「振り返り」までできると、「できる」という感覚を身に着けた上で次の取組にいくことができます。(これは先生同士での取組でも、先生と子供の間での取組でも全く同じことが言えます)

11.時間を削減して、その分で自分が取り組みたいことは何なのか

本来の目的に沿った「先生の働き方改革」をする上で非常に大切です。
単純に時間を少し削減するだけでは、先生が感じている「負担感」は減りません。(残業月60時間が月55時間になっても、負担が減ったという実感値はほとんどありません)

教委委員会や学校管理職、学校のリーダー的な立場の人間が学校現場の働き方改革を主導するなら、「削減した時間で個人が何をしたいか」、「学校での目標以外にどういった目標を立てて余暇を充実させるか」といった方針建てまでがセットでできると、本来の目的を見失わない業務改善のサイクルとして回ってくると思います。

学校単位でも同様で、「その時間を何に回せるか」を意識できることは重要です。「環境が変わった」という実感があれば、「もっとこうしたらこういう時間が取れる」と思えることができますし、そういった方針を出すことも有効だと思います。

付随して、例えばペーパーレスで資料を作った先生を褒めたり、アンケートをフォームで集計して分析した先生を称えたり、こんなことができましたという評価を自分たち自身ですることも大事です。基本的にこの役割は、学校管理職が主導して担うべき内容になると思います。

そんな簡単なことが、と思いますが、そもそも先生のモチベーションを上げるのは管理職の役割のひとつでもあるはずなので、その一環として「業務改善ができたことや、その取組を進めた過程を評価する」というのは大きなポイントになります。
また、教職員に対して「この取組を進めること、実現することにより評価される」と認識してもらうのは極めて重要なことです。(子供の教育と全く同じです)

この点については、さらに大きな視点で「行政が学校管理職をどう評価すれば、働き方改革の取組を促進することができるか」という評価構造づくりとも適用できる部分だと考えています。(ここも超重要なんですが、別の機会として割愛します)

結局、行政でも現場でも、問題の根本は個人の意識ではなく、構造によって生み出されるものが意識なので、どういう構造を設計するかという視点がどの立場でも必要になってきます。

さいごに

繰り返しになりますが、問題の根本は「先生の意識」ではありません。
当事者である先生個人の意識のことをどれだけ言っても、構造が変わらなければ結果的に再生産されるだけです。問題の構造を捉え直さなければなりません。
上記ではあえてあげなかったですが、例えば「職員室を整理して紙を減らした」とか「職員室のレイアウトを変えて一人の机を少し広くした」とか、そうしたことでも意識は自然と変わってきます。それくらい環境は大事です。(僕も最近引っ越してから気持ちが明るくなりモチベーションもあがりました。応急処置としては、そういうことでも大事です。)

ただ、正直に言うと、先生の働き方改革が理解をえづらい構造的な問題も大きいと思っています。
小中学校の先生の人数は約65万人ですが、子供は約1,000万人、そして1,000万世帯の保護者がいます。例えば、「保護者が仕事で外出している時に子供を学校に預けてもいいよ」という政策を掲げたとして、この政策は先生からは批判の声が大きいものになると思いますが、保護者からは賛同の声が圧倒的に多いでしょう。そして、現状保護者の方が数が多いので、先生に対しての施策よりも、子供や保護者に対しての施策の方が市民の理解を得やすいです。(実際の事例です)

端的に、先生の働き方のためにお金をかけるよりは、先生が今よりも働いて子供や保護者のためになる、という方が数の理解を得やすい構造になっている、というのが今の社会の現状です。
この構造を打開するためには、まずは先生の置かれている立場と教育の構造的問題を「先生に関心のない人にも知ってもらうこと」が重要だと思っています。(学校現場も含めて、色々な方法での発信により、とにかくこの声はあげつづけていく必要があります)

先生の頑張りに依存する施策は、教育の崩壊の足音になり、まわりまわっていずれは自分自身や自分の子供、日本の将来に対して首を絞めることに繋がります。そして、先生の残業時間や教員不足の問題、病休者や志望者数から鑑みても、今、もうすでに社会のインフラが崩壊の危機の状況です。
これをなんとかしたい。緩やかに衰退していく社会をみて、自分だけ生き残ればいいやとは思えない。それだけです。

あと、すごい個人的なことなんですが。
適正な労働時間の中で「それは先生の仕事ではありません」とはっきり伝え、おかしいことはおかしいといいつつ、子供や保護者、同僚と建設的な関係を作っていけるみたいなドラマ、どなたか作ってください。

【出典】

(*1)【出典】令和3年度教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査(令和3年12月、文部科学省)
https://www.mext.go.jp/content/20220304-mxt_zaimu-000019724_1.pdf

(*2)【出典】平成31年3月29日付け30文科初第1797号「平成30年度公立小・中学校等における教育課程の編成・実施状況調査の結果及び平成31年度以降の教育課程の編成・実施について」(初等中等教育局長通知)に関する補足説明(平成31年3月、文部科学省)


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